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【INTERVIEW】パソコンとAV機器をつなぐ架け橋――デノンの開発者に聞く

2006年08月30日 15時19分更新

文● 編集部 小林久

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このようにCHR-F103は、民生機器の優れた操作性とパソコンとの連携性を両立した充実した製品に仕上がっている。後半では、開発者の言葉を交えつつ、CHR-F103に開発者がこめたオーディオメーカーならではのこだわりの部分を聞いていこう。

お話を伺った開発陣の方々
お話を伺った開発陣の方々


布石となったAV機器の存在

取材に際して、まず始めに紹介されたのが、CHR-F103に先だって開発されたAVアンプの存在だ。CHR-F103は、デノンとしては初めてのHDD内蔵プレーヤーだが、最新の楽曲情報を取得するために、ネットワーク機能が必要であることもあり、AVアンプに搭載されているネットワーク機能を搭載することになったという。

AVC-4320
世界に先駆けてWindows Media Connectの仕組みなどを搭載した『AVC-4320』(米国名はAVR-4306)

CHR-F103に搭載される機能は、基本的に昨年11月に発売されたAVアンプ『AVC-4320』(価格25万2000円)と同等のものだ。デノンは、AVC-4320の上位に当たるフラッグシップ機『AVC-A1XV』(価格69万3000円)と『AVC-A11XV』(価格42万円)に対しても、AVC-4320相当のネットワーク機能を追加する有償アップデートを行なっており、中級以上の製品ではすべてこれらの機能が利用できる状態になっている。CHR-F103では、AVC-4320の機能のうち、パソコンのウェブブラウザーから同機を操作できるリモコン機能“ウェブコントロール”は省略されているが、インターネットラジオやAVレシーバー機能に関しては同等である。

ネットワーク関連の技術開発を担当した、AV設計部主任技師の鈴木康久(すずき やすひさ)氏は、ネットワーク機能に関するデノンの方向性に関して以下のように話す。

鈴木氏
AV設計部主任技師の鈴木康久氏。ネットワーク関係の設計を担当
[鈴木] 開発当初から考えていたのは、自社の規格でクローズしたネットワークではなく、あくまでも“汎用性のあるコネクティビティー”を実現していこうということでした。当時策定されつつあった業界標準に沿った形にすることで、バッファローの『LinkStation』やデジオンの『DiXiM』といった製品と連携を取れるようになりました。また、マイクロソフトがWindows Media ConnectやMicrosoft DRMという技術を提供しており、昨秋あたりからデノンもワールドファーストという形で、対応機器をリリースしています。これらの技術を利用しながら、「操作に関してはなるべくパソコンらしさを見せないようにしよう」というのがコンセプトでした。デノンでは、ネットワーク上のコンテンツも1ソースととらえ、CDプレーヤーやDVDプレーヤーなどと同じように、アンプ前面のスイッチで切り替えられるようにしています。




日本語表示にこだわった結果選択されたFL管

CHR-F103のネットワーク機能は、AVC-4320とほぼ同等と書いたが、一部上回る面もある。それは日本語対応だ。本体には漢字ROMを搭載し、JIS第2水準までの日本語フォントを表示可能。ウムラントやアクサン記号が付いた欧文フォントにも対応する。そして開発者が特にこだわったのは、これらのフォントを、フロントディスプレーでどのように見せるかという部分である。

フロントディスプレー
日本語表示にも対応したフロントディスプレー

本体前面のディスプレーには、視認性と高級感の両面に優れたFL管を採用している。ここに3行(または6行)のメニューを表示するインターフェースとなっており、漢字を使った曲名やアーチスト名も非常に見やすい。CHR-F103の商品企画と設計を担当したプロダクト&マーケティング本部プロダクトマネージャー菊池敦(きくち あつし)氏は以下のように話す。

菊池氏
プロダクト&マーケティング本部プロダクトマネージャーの菊池敦氏
[菊池] フロントディスプレーの開発には初期の段階から携わっていますが、当初はLCD(液晶パネル)でやってしまえばいいんじゃないかという話もありました。しかし、LCDは高級コンポにはそぐわないと考えています。FL管はバックライトは使わず、自分自身が発光するので、小さな文字でも実際よりも大きくハッキリと見えます。そういった“見やすさ”に加え、オーディオ機器ならでは“高級感”も追求しています。FL管で、細かい小さなドットを実現するというのは大変難しい技術で、コストもかかりましたが、そのぶん満足できるものが作れたと自負しています。

商品を企画する上で、菊池氏が重視したの音質と操作性の2点だという。

[菊池] デノンは、まずAVアンプで“ホームネットワークの構築”を行なうための環境を提供しました。CHR-F103は、このAVアンプの機能をシステムコンポにも凝縮したものです。AVアンプのユーザー層は、比較的マニアックで、難しい操作でも受け入れてくれる場合が多いのですが、ミニコンポでは、そうはいきません。取扱説明書すら読んでくれないような層に対して、どれだけ使いやすくできるかという部分がチャレンジでした。同時に、オーディオメーカーとして音に妥協しないこともポイントでした。音に関しては、同シリーズのチューナーアンプ(DRA-F102)に、スピーカー(SC-F103SG)に最適化した“スピーカーオプティマイズ”を追加するなど、システム全体で音を作りこんでいく取り組みも行なっています。高級コンポの“Sシリーズ”を担当していた人間にも開発に参加してもらい、音質の練り上げも行ないました。単品コンポに負けない音になっていると自負しています。




パソコンかコンシューマーエレクトロニクスかの議論があった

CHR-F103を開発するに当たって、社内で議論を重ねたのは「必要な機能をどのようなシステムで実現するかだった」という。CHR-F103では、最終的に2つのDSP(ネットワーク制御用とHDDプレーヤー制御用)を中心にした、家電に近いシステムを採用した。スタンバイから17秒で起動する高速性や、スタンバイ時に0.1W以下になる消費電力などはこれによって実現できたものだと、技術開発本部AV設計部副部長の荒井伸一氏は話す。

荒井氏
技術開発本部AV設計部副部長の荒井伸一氏
[荒井] 開発のプロセスの中でいろいろな議論がありました。チップ構成もそのひとつです。開発の当初には、ITRONやLinuxのようなOSを使って、(パソコン的なシステムを)作り上げるようという提案もありました。しかし、結果的にはそのアプローチは取らず、DSPをベースにしたCE(家電)ベースのチップを利用することになったのです。

荒井氏は、パソコン的なアプローチをとらなかった理由として「消費電力の少なさ」や「起動の高速化」といった課題の克服が難しかった点を挙げた。市場ではHDDビデオレコーダーのように、外見はAV機器でも、実際は汎用性の高いプロセッサーでOSを走らせる、パソコンのアプローチを取っている製品も少なくない。しかし、こういった製品の多くは起動に1~2分程度の時間がかかり、消費電力も大きい。ファンやドライブ類の起動音など、騒音に対する対策が足りない製品も存在する。





ソフトの作り込みには半年掛けた

操作性に関しても複雑さを避け、シンプルに操作できるようにするための工夫がいろいろと盛り込まれている。例えば、CHR-F103ではインターネットラジオ視聴時に電源を落として再度電源を入れた場合でも、選局したチャンネルが記憶される仕組みとなっている。これは、AMやFMラジオの操作に慣れた人なら自然にそうなると期待する挙動だからだ。

HDDプレーヤーの選曲操作に関しても、数千曲のオーダーで保存される楽曲をどうすれば効率よく取り出せるかに苦労したという。“ダイレクトサーチ”や“イニシャルレターサーチ”なども試行錯誤の中から生まれた機能だ、ソフトウェアの開発に当たった、技術開発本部AV設計部技師の大森良夫(おおもり よしお)氏、技術開発本部ソフト設計部主任技師の与儀剛(よぎ つよし)氏は下記のように話す。

与儀氏と大森氏
技術開発本部AV設計部技師の大森良夫氏(右)と技術開発本部ソフト設計部主任技師の与儀剛氏(左)
[与儀] HDDプレーヤーとしては、弊社初の製品となりますので、何回も試行錯誤を繰り返しました。他社製品や『iPod』を触ってみたり、社内の開発者にレポートを書かせたりと、さまざまな意見をもらいました。その積み重ねの中で、弊社として「一番使い勝手がいい」と思う製品が完成したと考えています。
[大森] 自分が1ユーザーになった場合に「どういう製品になってほしいか」をいろいろな人間とディスカッションしました。(個人的な満足度としては)90%ぐらいでしょうか(笑)。満足度は高いですが、ハードやソフトの制約もありましたから、100%できたとは考えていません。残りの10%は、今後よりよい製品を作っていくために生かしていきたいと思います。
[荒井] ソフトの人間も辛かったと思いますよ。こうすればいいと思って仕様を決めた。しかし、作り直しになる。こういったことの積み重ねでできています。現在の姿に落ち着くまでには、さまざまな取り組みがあったわけです。CHR-F103に関しては、開発者ひとりひとりが話しているよりも、もっともっと苦労しているんですよ。苦労話が足りないぐらいかも知れない。


DENON MUSIC MANAGER
パソコンで使用する転送ソフト『DENON MUSIC MANAGER』


信頼性をどう確保していくかもカギになった

松本氏
技術開発本部AV設計部技師の松本義晃氏。フラッグシップ機の『AVC-A1XV』の設計などを担当。これまでの開発の中では、横スクロールなどを利用して、AVアンプのフロントパネルに長い曲名などを表示できるようにしたり、フェードインフェードアウトの技術などを使わず、生の音のまま音を聞かせられるようにするといった部分にこだわったという

品質に関しても、同様の苦労が見られる。特に注力したのは、民生機では初めて扱うことになったHDDの信頼性をどのように確保していくかだったという。HDDは汎用の2.5インチタイプを利用しているが、制御関係のファームウェアに関しては他社との協業のもと設計し直し、寿命を高められるヘッドの動かし方や、静粛性といった部分にも配慮した。「HDDの扱いに関しては、D&Mグループの中にプロ用機材を扱う技術者もおり、経験値としてはあった。民生機の設計者たちも下地の技術は持っていた」と開発者のひとりは話す。

しかし、不慣れなユーザーが使う民生機ではより細かな配慮も必要になる。例えば、横に並べて設置されるスピーカーも振動源となり、難敵になりうる。HDDそのものは大きなG値がかからない限り壊れないが、「微振動が恒常的に発生した状況で果たして信頼性を確保できるのか?」という部分など手探りの部分もあった。また、実際に製品が市場に出回る前の段階――工場のラインプロセスに関しても「いろいろと配慮した」と荒井氏は話す。

[荒井] HDDの品質管理に関しては、製造の現場(中国)までいって確かめています。例えば、ネジを回すだけでもHDDには振動が伝わり、製造の際に無理な力がかかって問題が出る場合がある。そのために試作段階でいろいろな数値を計って、いまのプロセスで大丈夫かどうかを検証しました。工場では電気ドライバーの回転数を下げて組み立てなければいけないとか、細かい取り決めがあるんです。製品の形にするためには、こういう試行錯誤が必要なんですね。

品質に関しては、これ以外にもさまざまなテストが行なわれている。

[荒井] 品質を維持するために、プレイヤビリティー試験も行ないました。40℃の部屋の中で、100時間ぐらい機器を動かして、自動的にリッピングやプレイバックを行なわせるわけですが、当初はエラーが出たり、止まったりします。設計者はその原因を究明するためにはその部屋に入らないといけない。ずっと。過酷な環境に。そうやって原因を追及して、改善して、品質を高める。こういったことをひとつずつやってきているわけです。




パソコンとホームオーディオの架け橋となるか

このような地道な努力の末、CHR-F103は完成した。最後にまとめの言葉をいただきたいという編集部からの依頼に、プロダクトマネージャーの菊池氏は以下のように答えてくれた。

[菊池] CHR-F103はポータブル機器との連動を一番に考えています。家に帰ったときには外で聞いている音楽をよりいい音で、例えば寝る前に聞いたらぐっすり眠れる、そんなふうに聴いていただきたいと思います。普段外出先で聞いている音楽が実はこんなにいい音がしたんだと思えるような製品だと思います。

筆者は主にその機能に引かれて取材を行なった。しかし、そこで語られたのは、品質に対する開発者のこだわりだった。パソコンやネットワークとの連携を考えたAV機器は今後も増えていくと考えられるが、商品としてどのように落とし込むかは、各社、頭を悩ませている部分だと思う。荒井氏はインタビューの最後に「ライフスタイルにとけこんでほしい」と話していたが、そのためには使いやすく、信頼できる製品が必要だ。この点を重視している、デノンのスタンスには好感が持てた。

CHR-F103は、この種の製品としては高価な部類に入るかもしれない。しかし、現在販売されているHDDレコーダー&AVレシーバーとしては、おそらくもっともリッチな機能を提供するものであると思う。パソコンとAV機器の橋渡し的な機器を探しているのなら、まず検討したい製品だろう。

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