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東京大学、“第一次世界大戦期プロパガンダポスターコレクション”をデジタルアーカイブしてインターネットで公開

2006年04月05日 15時16分更新

文● 千葉英寿

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文理融合、新旧技術協力、産学連携で実現した世界的文化遺産のデジタル化

宮本氏、吉見教授、小泉氏
発表会終了後、お三方に話を聞いた。右から宮本氏、吉見教授、小泉氏

東京・本郷にある東京大学大学院情報学環 本郷キャンパスに新設された工学部2号館で4日、記者説明会が開催され、同所が所蔵する第一次世界大戦中に米/英/仏などが制作したプロパガンダ(戦意高揚のための宣伝)ポスター661点をデータベース化し、デジタル・アーカイブ“第一次世界大戦期プロパガンダ・ポスターコレクション”として、4日より情報学環ウェブサイトで一般公開すると発表した。



東京大学大学院情報学環学環長の吉見教授
吉見教授。社会学・文化研究を専門とし、本プロジェクトのプロジェクトリーダーを務めた。著書に『都市のドラマトゥルギー~東京・盛り場の社会学』(弘文堂)などがある

このポスターコレクションは、東京大学大学院の書庫に半世紀以上に渡って所蔵されていたもので、国内はもちろん、世界的にも貴重な文化遺産と言える。第一次世界大戦中に情報戦の発達や国内大衆に向けたプロパガンダの役割を受け、当時の外務省情報部が収集していたもので、第二次世界大戦後に当時の東京大学 新聞研究所(社会情報研究所を経て、現大学院情報学環)に移管され、保管されていた。

女子美術大学大学院美術研究科の森教授
森教授。デザイナーとしてグラフィックや編集などに関わってきており、特にタイポグラフィー分野に造詣の深い権威だ

本プロジェクトは文系と理系の融合、デジタル技術と旧来の職人の目(技)の協力、そして産学連携によって実現されたことが、記者説明会に出席したメンバーから理解できる。出席者は、このプロジェクトのプロジェクトリーダーである東京大学大学院情報学環学環長の吉見俊哉教授、版式調査に協力した女子美術大学大学院美術研究科の森 啓客員教授、(株)印刷学会 出版部の取締役相談役の山本隆太郎氏、凸版印刷(株)が運営する印刷博物館の学芸企画室長の宗村 泉氏、アーカイブ/データベース構築を支援したファイルメーカー(株)の代表取締役社長の宮本高誠氏で、本プロジェクトについてそれぞれの立場から説明を行なった。

データ作成は手作業の人海戦術

印刷学会出版部の相談役の山本氏
山本氏。印刷学会出版部の相談役であり、当然のことながら印刷技術に深い知識を持つ

同学環では、5年の歳月をかけて、661点のポスターコレクションを保存・修復して画像のデジタル化を進めてきた。データベース構築にあたっては、基礎データを調査するとともに、ポスターに含まれるテキストを吉見研究室の小泉氏、山本拓司氏をはじめとする助手・大学院生の人海戦術による“手入力”という、献身的な作業で抽出した。小泉氏は「テキストのほとんどは旧書体であったり、手描きであるために、“OCR(光学文字認識)での抽出ができないと分かったときは愕然としました。今はすべてが終わって心からホッとしています」とリアルな心情を語ってくれた。

吉見研究室の小泉氏
データベース構築の実務を担当した同学環技術補佐員の小泉氏

また、入力するポスターコレクションのテキストには、大半を占める英語のほかに、フランス語やロシア語、なかにはウルドゥー語(パキスタンの国語)やグジャラーティー語(インドの一部での公用語)、マラーティー語(同じくインド一部の公用語)といったあまりなじみのない言語を用いたものもあり、こうしたテキストについては同学に在籍する留学生などに協力を仰ぎ、テキスト入力や翻訳作業が実現した。吉見氏は「こうしたことが可能であるのは総合大学の強みであり、ここでなければ実現しなかったことだと思います」としている。

職人の目が印刷技術の変遷を浮き彫りに

印刷博物館の宗村氏
凸版印刷がメセナ(社会貢献)活動の一環として開設した印刷博物館の宗村氏。今回、同社からの協力におけるキーマンとなった

版式調査は、森氏、山本氏、宗村氏ら印刷の専門家によって綿密に行なわれた。印刷技術の転換期にあたる本コレクションは、19世紀末の職人芸的な印刷技術と当時最新の工業的な印刷技術が混在しており、版式ひとつ取ってみても平版、凸版、凹版、孔版などと実に多彩だ。版式調査ではこれらをカテゴリー分けする調査が行なわれたが、当時の技術を知る人材は現在の印刷の現場には皆無であり、今回凸版印刷の協力のもと、凸版印刷のOBで同社顧問を務める古田春男氏や同社のプリンティグディレクターの小嶋茂子氏といったスペシャリストの協力を得て、職人の知識を総動員し、ルーペをつきあわす調査を重ねることで実現した。

記者発表会の際に森教授は「版式調査では印刷の3要素である版、インキ、紙の技術的要素を探求しました。方法としては25倍と50倍のルーペを用いて印刷面の情報を精査。中にはビニールで封緘(ふうかん)したものを開封して、直接調べる必要のあるものもありました」としており、版式調査の結果として、凸版が191枚で全体の29%、平版は469枚で70%、凹版は9枚で1%、孔版は1枚で0.1%だった。森教授は「網点と三原色をベースとする印刷手法への技術的な転換期の証拠と言えます」と語った。

吉見教授は印刷分野、そして印刷の専門家との出会いについて、「今回のプロジェクトは文部科学省の21世紀COEプログラム“次世代ユビキタス情報社会基盤の形成”の一環として推進されている“戦争とメディア”研究プロジェクトとして、柏木 博先生(武蔵野美術大学 教授)と共同で進めています。柏木先生から、森先生を始めとする印刷の専門家をご紹介いただきました。版式調査ではルーペを使って印刷面を見ることで、網点というものの存在にも触れ、驚きとともに大変興味を持ち、思わずルーペを購入してしまったほどでした。こうした失われつつある技術=職人の知識を継承する重要性を感じるとともに、こうしたもの(印刷技術)に触れる場を作れればと考えています」と語っている。

プロジェクトへの支援で企業の社会的責任を果たす

ファイルメーカーの宮本氏
クラリス時代から10年以上トップとしてファイルメーカーを率いる宮本氏

こうして構築されたデータベースのデジタルアーカイブ作成にあたっては、ファイルメーカーのデータベース構築ソフト『FileMaker Pro 8』が採用された。またインターネットで公開するシステムは『FileMaker Server 8 Advanced』で構築された。FileMakerを選択した理由を、吉見教授は「既に別のプロジェクトで使用していたということもありましたが、第一の理由としては自分たちでデータベースを作成できるということがありました。項目やレイアウトの追加/変更など、研究者の要求に柔軟に応えることができるデータベースソフトだったということも要因です」としている。

ファイルメーカーでは本プロジェクトに際して、サポートスタッフが研究室と密に連携して助言・支援を行なった。このことについて宮本氏に聞いた「このお話をいただいた時に吉見先生を始め、関わったみなさんの熱意と努力に深く感銘を受け、協力させていただくことにしました。企業はビジネスである以上、アカウンタビリティー(株主に対する説明責任)というものがありますが、それだけではなく“社会的責任”というものがあります。今回、こうした文化遺産の継承に関われたことを感謝しています。今後もこうした貢献ができるのであれば、協力していきたいと考えています」と語った。

アーカイブ連携でエンサイクロペディア化

“MORE SHIPS 戦艦に人員を供給しよう!”
“MORE SHIPS 戦艦に人員を供給しよう!”(分類:募集(兵士以外)/制作国:アメリカ/版式:描画石版/使用色:9色)の原板。実際にはこのようにビニールで封緘されている

最後に今後のプロジェクトの展開について吉見教授にうかがったところ、「現在、アーカイブのウェブサイトは英文での検索は可能ですが、日本語のみのサービスになっていますので、今後英文サイトのサービスを提供することで海外の研究者にも大いに利用してもらえるようにしたいと考えています。また、同様の戦時資料を集めた、京都工芸繊維大学美術資料館、島根県立大学現代東アジアプロジェクトなど、異なる方式によるアーカイブがありますが、これらをネットワーク化して連携することでエンサイクロペディアを構築したいと考えています」と語った。



デジタルアーカイブのインターフェース1 デジタルアーカイブのインターフェース2
デジタルアーカイブのインターフェース。“I WANT YOU”という決め台詞をキーワードに検索することで、複数の作品が導きだされる

今回構築されたデジタル・アーカイブは、文化的にも技術的にも大変意義深いものとなった。ただ、惜しむらくは5年以上前から画像のスキャン作業が行なわれていたこともあり、保存形式が一貫性に欠けており(FileMakerを使用しているので、閲覧時にはPDFに変換される)、今後は保存形式を統一するとともに、デジタル修復やカラーマネージメントをしっかり行なうことで、ビジュアルデータベースとしての価値がより高まることを期待したい。

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