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【特別対談】二大企業の重鎮が語る、アップルへの提言――第1回「MacのCPUは何でも構わない」

2006年04月10日 19時37分更新

文● 林 信行、編集部

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*この対談はMac miniとBoot Campの発表前、2月上旬に収録されたものです。

メイン写真左・マイクロソフト(株)元会長・古川 享氏、右・インテル(株)元会長・西岡郁夫氏 撮影:(有)パシャ 篠原孝志 協力:九段会館

「昨日の敵は今日の友」――パソコン業界、特にMacの世界ではしばしばこの言葉が現実になる。

1984年にデビューしたMacの最初の広告は、米IBM社を世界支配を目論む巨大企業にたとえ、Macをその救世主とした。だが、その7年後にはIBMをCPU製造や2つの合弁会社設立における重要なパートナーとして発表している。

1995年に『Windows 95』を発表した米マイクロソフト社は、Macを模倣してシェアを得た憎むべき企業だった。しかし、1997年のスティーブ・ジョブズの基調講演では、スクリーンに大写しになったビル・ゲイツが米アップルコンピュータ社の救世主となった。マイクロソフトとの提携がアップルの未来を保証したのだ。

そして去年、それまでのライバル・WindowsパソコンにCPUを供給していた米インテル社が、MacのCPUを作ることになった。

新しいインテルMacの誕生を機に、アップル陣営の敵方とされていた、いわゆる“Wintel”(ウィンテル)陣営に籍を置きながら、Macに温かいエールを送り続けてきた業界の重鎮2人を招いて、Intel Macへの感想やここへ至るまでの裏話を聞いた。インテル(株)元会長の西岡郁夫(にしおかいくお)氏と、マイクロソフト(株)元会長の古川 享(ふるかわすすむ)氏だ(以下、敬称略)。



西岡郁夫

1969年にシャープ(株)入社。同社の技術本部コンピュータ・システム研究所所長、情報システム事業本部副本部長などを経て、1992年にインテル(株)の副社長に就任。以後、社長、会長を歴任し、199年4月に退任。同年11月にモバイル・インターネットキャピタル(株)を設立。社長に就任し、現在に至る。




古川 享

1979年に(株)アスキー入社。1986年、アスキー退社と同時に米マイクロソフト社の日本法人であるマイクロソフト(株)を設立し、社長に就任。以後、会長や最高技術責任者などを歴任し、2005年6月に退社。現在は“古川 享ブログ”を更新中。





【目次】

第1回「MacのCPUは何でも構わない」

Macの歴史において大きなターニングポイントとなったインテル製CPUの採用。この一大事件について西岡氏と古川氏はともに、「Macは搭載するCPUが重要なのではなく、そこで動作するソフトや実現できるライフスタイルが大切」と指摘する。両氏が語るMacをMacたらしめている独自性について注目だ。


第2回「ユーザーを幸せにするMac互換機とは」

Macの可能性を広げるひとつの選択肢に、“互換機”という戦略が考えられる。なぜ今互換機なのか、どのようなスタイルならMacらしさを失わない互換機になるのか、ユーザーに何の利益をもたらすのか――西岡氏と古川氏の間で激論が交わされる。「ルイ・ヴィトンやアウディなどに自社ブランドのMacを作ってもらえばいい」という刺激的なアイデアも飛び出した。


第3回「望まれるパソコン業界のパラダイムシフト」

長年、パソコン業界をその中心で支えてきた西岡氏と古川氏は、Intel Macに何を期待しているのだろうか? パソコンがコモディティー(生活必需品)化しつつある現状をふまえ、アップル、ひいてはパソコン業界が向かうべき未来について鋭い意見が提示される。

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