日本国内における“iTunes Music Store”(iTMS)のサービスが4日に始まった(関連記事)。
同日に東京国際フォーラムで開催された発表イベントの様子はテレビやインターネット媒体でも大々的に報じられ、その関心の高さをうかがわせる。編集部ではイベント終了後に米アップルコンピュータのナンバー2で、ワールドワイドのプロダクトマーケティングを担当するシニア・バイスプレジデント、フィル・シラー(Philip Shiller)氏をインタビューする機会を得た。
これまでにない完璧なサービスという自信
フィル・シラー氏 |
音楽配信サービスは国内でも5年以上の歴史があるが、市場には完全に根付いていない。その理由のひとつが、制限の多い著作権保護技術、高価な価格設定、限られたラインナップなど、ユーザーというよりは権利者の利益を中心に考えられた不自由さがあったためだ。一方、シラー氏は日本市場に向けた「完璧なサービスが実現できた」と自信を示す。
シラー氏は国内版の提供にあたって、日本の顧客に合わせた多くのカスタマイズを行なったと説明した。同時に日本市場と海外の違いとしてシラー氏は「アーチストの違い」を挙げた。ヒットチャートの上で米国と共通点の多いヨーロッパ市場と異なり、日本には日本固有のアーチストがいて大きな人気を集めている。取材に際して、シラー氏は直接口にはしなかったが、こういったアーチストの楽曲をiTMSにラインアップする点(特に閉鎖的と言われるレコード会社との調整)に関してはかなりの苦労があったのではないかと想像する。
アメリカのティーンズが望むもの──それはスニーカーとiPod
インタビューに際してシラー氏が何度も口にしていたのが“Exploring & Discovering Music”というフレーズだ。これは、膨大なiTunes Music Storeのライブラリーを探検(Explorer)し、自分に合った音楽を発見する(Discover)という意味で、つまり“音楽との出会いの場”を提供するのが“iTMS”ということだ。中でも興味深いのが“iMix”という機能で、iTMS上で自分のプレイリストを公開できる。学生時代にテープやMDに入れたベスト版を友達と交換したといった経験がある読者も多いと思うが、iMixは新たな音楽との出会いや音楽を通じたコミュニケーションにもインパクトを与えそうだ。
プレイリストを共有できる“iMix”。プレイリストの右にある矢印をクリックするだけで簡単に公開できる |
音楽への関心を再び喚起させたiPodとiTMS
イベント終了後の体験コーナーで、記者の質問に答えるシラー氏 |
日本は1980年代にオーディオブームを経験したが、1990年代以降音楽離れが進んでいた。しかし、iPodを始めとした携帯型音楽プレーヤーの登場によってその雰囲気には変化の兆しが見られる。ファッションの一部として若者が持ち始めたiPodが、過去の音楽ブームを体験した40~50代の支持も集めつつあると聞く。
順調な売れ行きを示しているiPodだが、国内ではiPodを“私的録音補償金制度”の対象とするべきといった意見や、輸入版のCDを日本で販売できないようにするべきといった話など、iPodやiTMSの今後のハードルになりそうな問題が生じつつある。シラー氏は「後者に関してはあまり明るくない」と述べたが、著作権保護に関する考え方として下記のようにコメントした。
Amazonと同じインパクトをiTMSは与える
オンラインで音楽を購入するメリットは“便利さにある”と筆者は考えている。レンタルを含めたCDショップと音楽配信サイトの違いは、開店時間や店舗に足を運ぶ手間をかけずに、欲しいときに欲しい楽曲をネットワークから簡単に入手できる点にある。書籍やDVD販売の分野ではすでに国内でも“Amazon.co.jp”がかなりの成果を上げているが、これと同じことが音楽の世界でも起きる可能性は高い。
iTMSでは上述のiMixのほかに“パワーサーチ”という検索機能、アーティストやジャンルごとにiTMSが用意した“ベスト盤”とも言うべき“iTunes Essential”、各種ランキング情報やラインアップされているすべての曲を購入前に30秒間、フルクオリティーで試聴できる機能など、新しい音楽を“開拓する”ための方法が充実している。
検索機能を提供する“パワーサーチ” | トップから“音楽をブラウズ”を選ぶとジャンルやアーティスト名による絞りこみが可能 |
シラー氏はiTunesを利用した音楽配信サービスを「音楽を再び楽しいものにする次世代の技術で、非常にエキサイティングなもの」と表現した。日本のユーザーやレーベル会社に対するコメントを求めた編集部に対して下記のように答えた。
ウルフルズはiTMS用にオリジナルアルバムを提供。1曲目は「iTunes Originals」とシャウトする6秒間の短い曲 | PodCastの一覧も入手できる |
インタビューを通じて筆者が感じたのは、iTMSに対するシラー氏の熱意と“自社の強み”を的確に認識し、それを日本市場でも確実に伸ばしていこうとしている点だった。サービスの骨組みとしてiTMSが優れていることは海外での成功を見るまでもなく明らかだが、不安要素があるとすれば、“Sony Music”など一部の大手国内レーベルがまだ参加を表明していない点だろう。
この点に関しては各社の思惑が絡んだ難しい部分だが、購入できる楽曲の選択肢が増えることがユーザーにとってメリットになるのは確かだし、逆に楽曲をユーザーの手元に届ける手段を自ら制限するというのは、レーベル会社やアーティストにとってもデメリットになるのではないかと考える。
とはいえ、iTMSの発表と時を合わせる形で、大手配信サービスの“Mora”が料金値下げと楽曲配信ルールの制限を緩和するなど国内でも活発な動きが出てきているのも確かで、佐野元春やチャゲ&飛鳥などiTMSの楽曲提供を表明しているアーチストも多く出てきた。iTMSが国内の音楽配信に与えたインパクトは非常に大きい。iTMSの登場によって音楽配信サービスの現状がどう動くのかどうかは、楽しみであり、注目していきたい事柄のひとつだ。