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【こちら秋葉原一丁目ホームページ】Act.0005「“新世界菜館”主人が見た神田の過去・現在・未来」

2005年08月25日 22時10分更新

文● 遠藤諭

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マーケットがあれば、必ず商人は進出する!

――傅さんがもの心ついたときの神田というか神保町というのは、どんなでしたか?

【傅】昭和22年生まれですので、物心ついたのは20年代後半になりますが、良い街でした。前は都電が走っていて、ロータリーは芝の良い遊び場だったし。

――ロータリーはどちらにあったのですか?

【傅】駿河台下のところです。都電しかなかったので都電がなくなってから、都営三田線が通るまで10数年かかって、その間は陸の孤島でした。御茶ノ水、水道橋界隈は非常ににぎやかで、神保町はそういう状況とはかけ離れていましたから。

――冬の時代ですね。

【傅】三田線の工事は大規模なものでした。地面を30メートルも掘って、軒先まで土が山盛りになりました。半蔵門線と3層になることが当時決まっていましたのでね。私がここにビルを建てたのが49年くらいです。修行先から戻ってきたので、どうせやるならビル建てちゃえって。そこへ、地下鉄工事になったという思い出があります。ここらへんは岩波さんがビルを建てて、そしてウチが建てたので「こんなところビル建ててアホじゃないか」って言われました。全部借金でしたから。

――でも駅ができて、人通りができたら、街も変わったんじゃないですか?

【傅】そうなんです、あっという間にビル街になりました。コミュニティもなくなって、裏に神保町市場があったのですが、それもなくなってしまった。その当時のコミュニティで今残っているのはウチだけです。本屋さんも、真正面の本屋街は1キロに渡って、ほかの業種は1軒も入れなかったのに、今はいろいろ入ってきてますでしょ? 向いの“上海朝市”という店も、引き払うというので、私が引き取って。

――そういうことだったんですか! 前は何だったんでしたっけ?

【傅】“進山社”という古本屋さんでした。本当に変わってきました。たまたまウチが古本屋さんの協会と関係がよかったので、「お宅ならいいでしょう」と言っていただけたんですけど。そうでもないと、あそこに出るのは勇気が要ります。

――1丁目の方が再開発されて、神保町は人が増えて元気が出た気がします。奥のほうの古本屋さんや小取り次がなくなったのもあると思いますけどね。人口が増えたのって、重要だと思いますよね。

【傅】ええ、僕は昔から麹町と同じく、もっとグレードの高い建物を確保するべきだと思っていたんです。仕事も便利、生活もしやすい、そういうみんなが魅力を感じるようなグレードの高いところにすべきだと。本の集積地はある、スポーツの街もある、電気の街もある、ここはどこに行くにも便利だし近いので、買い物も便利なんですよ。
 やっと再開発で良いマンションが建ちました。商業施設なんて区が考えるべきでなくて、人が集まれば商人なんてのはどんなに犠牲を払っても出てくるんだと思っていますので。

――商売の人たちは、そうですよね。

【傅】そこにマーケットがあれば、必ず商人は出る! 人が集まるような仕組みだけを作ればいいんです。住めば、税金はあがるんだからそれでいいじゃないか、と。
 でね、街の潤いって“線”じゃダメなんです。“面”じゃないと。だから、表通りにはビル群があってもいいんだけど、一歩裏通りには、例えば“すずらん通り”とかには、いろいろなお店が必要なの。街の魅力って裏通りなんです。僕が危惧しているのは、昔の神保町はとても潤いがあったんです。木造建てだったせいもあるんですけど、今は木造は全部禁止されているんです。

――禁止されているんですか? 知らなかった。

【傅】ダメなんです。だから、僕はあえて変わった店造りをしているんです。こういう店が1軒あるだけで通りのイメージが、半径100メートルや200メートルくらいは変わる。だから意識的にやってね。ここのグレードを相当守っていると思っているんですけどね。



“咸亨酒店”は傅さんの故郷・寧波の家庭料理と紹興酒の店。屋根より高い柳が目印

――神保町の裏のほうの蕎麦屋とか、ありましたね。

【傅】昔の“藪蕎麦”さんとかね。あれがあるだけでどれだけ価値を高めているか。ちょっとホッとするじゃないですか。本屋さんは、共同ビルにして1階はなんとか守ろうという動きもあるんですけどね。
 “すずらん通り”にもっと個性的な店を出すべきなんですよ。……あんまり尖ったことを言うと「お前は」って言われますけど(笑)。
 神保町って文化の香りがしますね。本を媒介に、いろんなカルチャーが出てきているので面白い。昔は本屋のおかげで発展が阻害されているんじゃないかと思っていましたが、そうではないですね。
 日本の中で、一番世界に知られている地名が、京都と神田だそうですよ。

――神田なんですか。アキバじゃないんだ。

 【傅】アキバも知られてますよね。ここで言う神田は神保町のことですよ。みんなJRの神田駅に行っちゃうけど、あれは神田の端っこだから。そこが誤解の元なんです。今、神田を付けないようにしようという動きがあるんですけど、われわれは敢えて神田を付けようとしています。住所も“神田神保町”。



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