マイクロソフト(株)は21日、プレス向けの月例説明会を開催し、同社および米マイクロソフト社の知的財産戦略に関する最新情報の解説を行なった。登壇したのは、米本社の知的財産担当コーポレートバイスプレジデント兼副ゼネラルカウンセルのマーシャル・フェリプス(Marshall Phelps)氏、およびアジア太平洋地域の統括会社であるマイクロソフトアジアリミテッドの法務・政策統括本部長、平野高志氏。
米マイクロソフト社の知的財産担当コーポレートバイスプレジデント兼ゼネラルカウンセル、マーシャル・フェリプス氏 |
マイクロソフトの知的財産への取り組みの流れ。フェリプス氏の入社後、大きな変化を遂げているのがわかる |
フェリプス氏によると、1990年代の半ばまではソフトウェアに関連する著作権を定義する法体系があいまいな状況であり、マイクロソフトはそのような状況の中、先行する企業との競争や協業を続けてきていた、と過去の状況について説明。このような時期の後、ソフトウェア関連特許が増加したことにより知的財産の重要性が非常に高まり、現在では、ネットワーク社会の広がりや複雑な技術の急激なスピードによる発展に伴い、知的財産の面でも各企業・グループの協調の必要性が高まっているという。
マイクロソフトの知的財産ポリシーの概要 |
米マイクロソフトではこのような環境の変化にあわせ、2003年12月にマイクロソフトが所有する知的財産の利用機会を拡大し、業界全体の成長を促進するという新しい知的財産ポリシーを発表している。この発表には、
- パートナーおよび競業する企業とのクロスライセンス契約への積極的取り組みの拡大
- 特許技術の相互利用による業界全体の進化の促進
- 学術機関に対する無償ライセンスプログラムの継続
- マイクロソフトの技術の新たなライセンス提供(“Microsoft Office 2003”シリーズのXMLスキーマ、フォント技術“ClearType”、ファイルシステムの“FAT”)
といった内容が盛り込まれている。フェリプス氏は、マイクロソフトの新しい知的財産ポリシーは、知的財産保護とライセンスは企業および個人の投資の回収、事業の継続、研究開発への再投資の機会をもたらすもので、知的財産の利用機会拡大と相互利用の促進は、IT業界全体の成長と発展に欠かせないものだとして、「ソフトウェアはもはや一社だけで孤立して開発するものではない」と述べている。
この発表に伴ってマイクロソフトが行なった取り組みのひとつに、OEM企業との直接ライセンス契約に盛り込まれていた“特許権非主張条項(NAP、Non-Assertion of Patents(※1))”の撤廃がある。フェリプス氏によると、NAPがライセンス契約に盛り込まれた1993年当時は、マイクロソフトはまだ特許をあまり所有しておらず、かつOEM企業がマイクロソフトのOSを安心して自社製品に組み込むために、この条項が必要だったとしている。しかし現在では、時間の経過とマイクロソフトの成長に伴ってこの条項も陳腐化し、今後はマイクロソフトとOEM企業との知的財産ポリシーを尊重した関係を築いていくべきであるという観点から、削除に至ったという。
※1 マイクロソフトとOEM契約を結んだ企業は、後になって、相互に、またはマイクロソフトに対して、WindowsがOEMの特許を侵害していることを理由に訴訟しないという条項。2月に行なわれた公正取引委員会の立ち入り調査で焦点となった
マイクロソフトが今後取り組みを強化するというクロスライセンス契約の解説スライド |
またフェリプス氏は、「IBMや米ルーセント・テクノロジー社などといった歴史の長い企業も、自社および業界の成長のために何千にもおよぶクロスライセンス契約を結んでいる」と述べており、マイクロソフトのグローバルな知的財産関連の今後の取り組みとして、クロスライセンス契約の重視を強めていくとしている。その理由として、この取り組みは、新製品・新技術の開発を促進するだけではなく、異なるプラットフォームやアプリケーションなどが混在する環境における互換性や相互運用性を必要とする顧客の選択肢を拡げることにもなり、マイクロソフトおよび他企業双方の顧客の利益となるとしている。なお、米サン・マイクロシステムズ社との和解においても両社間におけるクロスライセンス契約が盛り込まれており、今回の一連の取り組みの大きな成果のひとつに挙げられている。
日本における知的財産に関する活動としては、フェリプス氏の今回の来日の目的でもある日本企業との関係強化を挙げている。同氏は、「近年は経済全体の不調こそあれ、日本は技術革新において世界的に重要な地位を占めている」と日本企業の技術開発力を高く評価、日本企業との研究開発の成果を共有し、よりよい製品やサービスの市場への迅速な提供を目指していきたいと述べた。
マイクロソフトアジアリミテッドの法務・政策統括本部長、平野高志氏 |
また、日本法人の取り組みについては平野氏が補足し、日本法人の役割を“グローバル企業の一員である日本法人”という立場と“日本の企業”という立場の2面から説明した。前者については、日本企業との関係作りの前線となることを挙げ、後者については、
- 独自の研究開発
- 産学連携の強化
- 標準化団体への参画や協力
- 知的財産が本当に日本企業の競争力向上に役立っているかを検証する研究への支援活動(6月に正式発表予定)
- 知的財産に関する案件の日本政府に対する働きかけ
といった取り組みを行なうとしている。
質疑応答では、今後公開予定にあるライセンスに関して質問が出たが、フェリプス氏は、具体的な名称は現時点では明らかにできる時期ではないとしながらも、5~6種類のライセンス提供が検討されており、そのうち4~5種類については2ヵ月程度のうちに発表する予定だとした。オープンソース系コミュニティーとの関わり方についての質問については、競争と協調の両面を持ちつつ、「互いに意味のある関係」を継続していきたいと述べた。また、個人の考え方として知的財産という考え方を否定している人が世間にいるのは確かであり、そのような考え方とは今後も戦っていく必要があると理解しているとした。
マイクロソフトの知的財産ポリシーの変更についての感想を求められて同氏は、IBMでも同様の役職についてきた経験から「(IBMと似たような成長の過程をたどっており)映画の続きを見ているようだ」と述べ、「(企業としてはまだ若い)マクロソフトが成長し、成熟した企業になりつつある」証だとし、これまでに生じた知的財産関連の訴訟問題などは、若い企業が急速に規模の大きい企業に成長してしまったことにも原因があるのではないか、という考えを示した。さらに同氏は、マイクロソフトが企業としての成長の過程で「(大規模な)企業として変わらなければならない自覚を持った」とし、「企業規模に見合ったインターフェースを身に着けた」とした。
解説の中で取り上げられたサンとの和解に関して、マイクロソフトからサンに多額の和解金を支払ったことから“マイクロソフトが負けた”と見れるが、この問題の勝者はどちらなのかという質問が挙がったが、フェリプス氏はこれに対して「(別のマスコミでは)“マイクロソフトが勝った”という結論を出しているところもある」と苦笑し、「共通の顧客のためおよび互換性のための和解と提携であり、どちらが勝者であるというわけではない」と述べた。