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印刷機材の展示会“IGAS 2003”が開幕――津野海太郎氏が基調講演“比較メディア論-電子出版と東アジアにおける「ブックロード」再構築”

2003年09月26日 00時00分更新

文● 千葉英寿

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印刷機材の展示会としては世界4大展示会のひとつに数えられる“IGAS 2003(International Graphic Arts Show 2003)”が22日、東京ビッグサイトにおいて開幕した。会期は28日までで、主催は印刷機材団体協議会。初日の24日には『本とコンピュータ』編集室の編集長である津野海太郎氏による基調講演“比較メディア論-電子出版と東アジアにおける「ブックロード」再構築”が行なわれた。

●東アジアのブックロードの記憶を蘇らせる!

和光大学表現学部イメージ文化学科の教授でもある津野氏は、編集者、出版人の視点から出版電子化を見つめ続けているが、『本とコンピュータ』編集室を中心に中国・台湾・韓国の出版人とともに進めている“東アジア国際共同出版プロジェクト”に関する話を中心に講演を行なった。

津野海太郎氏
津野海太郎氏は『ワンダーランド』や『水牛通信』で知られる“伝説的”編集者。演劇評論も多数ある

この“東アジア国際共同出版プロジェクト”は、米子と東京で行なった東アジア出版人会議をきっかけに2002年の秋にスタートしたもの。互いを知らなさすぎる現状にあって、東アジアに新しい本の道=ブックロードを構築することで、無知、無関心の壁を少しでも取り払おうというプロジェクト。この趣旨に参道した中国・台湾・韓国・日本の出版社、編集者が共同で『東アジアに新しい「本の道」をつくる』(仮題)という書籍を制作し、2004年1月に日本語版、英語版を出版し、これに続いて順次、中国の簡体字版、繁体字版、韓国語版を出版する。

津野氏はこのプロジェクトをスタートするに至った経緯を語った。

「欧米で印刷と言えば、15世紀にグーテンベルグが鉛活字による印刷を発明したことを始まりとしており、マーシャル・マクルーハンの名著『グーテンベルグの銀河系』(みすず書房)でもこのように位置づけられている。しかし、これは日本にとってはおかしいのではないか? すでに別の印刷術として、木版を用いて印刷し、軽く薄い本に綴じる印刷製本術が定着しており、活版を印刷の始めとするのは錯覚ではないのだろうか?」と印刷の歴史に対する疑問を提示した。

さらに津野氏は「木版印刷は8世紀から10世紀にかけて唐の時代に完成し、12~3世紀にはヨーロッパに渡ったが、かの地では木版印刷は成熟しなかった。その間、日本や中国、韓国では1000年もの間、木版印刷の本が流通していた。そこには百済を通って日本に至る道、日本と中国を直接結んだ遣唐使による道の2通りのブックロードが存在していた」と東アジアの文化を木版印刷が支えていた事実を提示した。

続いて「19世紀以降の新しい世界抗争の中に埋もれてしまい、やがては消えてしまったブックロードの記憶をこのプロジェクトでよみがえらせる事はできないだろうか? 一度、一緒にやってみることは悪いことではないだろうし、それによってデジタルの未来も見えてくるかもしれない」とプロジェクトを始めるに至った経緯を語った。

●出版電子化は不可避

津野氏は『本とコンピュータ』での仕事をはじめ、出版電子化に関する著書も多数あり、この10年間、出版の電子化を見つめ続けてきた。

津野氏は「この10年の間に出版業界では2つのできごとがあった。ひとつは出版不況であり、いまひとつは出版電子化の挫折だ。“CD-ROMなどの狭義の電子本”“インターネットで流通するオンライン本”“オンデマンド出版”があるが、そのどれもが目覚ましい成功は収めていない」としつつも、「それでも出版の電子化は“不可避”だ。それは一度味わったものを忘れることはできないからだ。時間をかけてゆっくり定着していくはずだ。そして、いずれはかなりの部分が電子化されるだろう。と同時に印刷という楽しみもまたそう簡単には捨てられないだろう。こういうことがわかってきた」と語った。

そして、津野氏は「印刷とは何か? 印刷本とは何か? を考えるようになった。そのひとつとして『東アジア国際共同出版プロジェクト』をはじめた。昔の記憶を蘇らせる作業の中で、印刷本、出版の電子化に対して再アタックしてみたい」と締めくくった。

●テクノロジーも電子書籍を追う?

津野氏の講演では出版の電子化ということがテーマのひとつとなっていたが、進展していないとされる電子出版の世界に関わりが深い液晶ディスプレーの研究はますます盛んのようだ。印刷関連産業に影響が大きく、先進的な技術情報を日本から発信する特別企画として“テック・トレンド・ゾーン”(TTZ)と名づけた特別展示コーナーが設けられた。ニューテクノロジーコーナーでは、日頃見ることの少ない大学・大学院や研究所における最先端の技術や研究成果が展示された。“ペーパーライクディスプレイコーナー”では、最先端の薄型ディスプレーの参考展示が行なわれた。いずれも以前から有機ELなどの最先端技術を研究している企業の出展となった。

ペーパーライクディスプレイコーナー
テック・トレンド・ゾーンに展開されたペーパーライクディスプレイコーナー

その中でもシャープ(株)は同社のPDA“ザウルス”に採用し、実際に商品化されている“システム液晶(System LCD)”を紹介していた。
同社のシステム液晶は、アモルファスシリコン液晶と周辺機能素子をガラス基板上に集積化する“CGSllicon(連続粒界液晶シリコン)”技術を(株)半導体エネルギー研究所と共同開発したもので、これを応用した透過型システム液晶をザウルスに採用している。さらに透過型に加えて、必要に応じて選択できるように開発している反射型システム液晶、アドバンストシステム液晶を参考出品していた。いずれも高精細VGA(480×640ドット)表示の3.7インチ画面を採用している。同社ブースの担当者によれば、同社としては出品していたシステム液晶のサイズ(=3.7インチ)を電子書籍のひとつの形と見ているようで、他社の電子書籍専用端末のようなサイズは必要がないのでは、としている。また、有機ELディスプレーも開発しているとのことだが、他社より優れたものになってから公表したい、としていた。

反射型システム液晶 アドバンストシステム液晶
反射型システム液晶アドバンストシステム液晶
シャープが参考出品した反射型システム液晶とアドバンストシステム液晶

富士ゼロックス(株)が開発している薄いフィルム状の光書き込み型電子ペーパー“E-Paper Photo”は、専用の書き込み装置から画像を写し込んで持ち歩くものだ。写し込んだ画像とともにリンク情報を持ち歩くことが可能で、電子ペーパーをパソコンに接続した読み出し端子にかざして、この画像にリンクされたデータをパソコンの画面に表示させる、というデモを行なっていた。

大日本インキ化学工業(株)はポリマーネットワーク液晶を用いた反射型ディスプレーを展示していた。このディスプレーはセル内のポリマーネットワーク中の液晶分子が電界をONすることで透過(=吸収)され黒に見え、OFFすることで散乱し白く見える、というしくみになっている。

このほか、凸版印刷(株)は米イー・インク(E-ink)社と共同開発している電子ペーパー、大日本印刷(株)はフレキシブル有機ELを出展していた。電子書籍の世界では松下電器産業(株)が“ΣBook”として電子書籍端末を商品化しており、(株)東芝もDRM対応SDメモリカードを用いたSDBookの実用化を急いでいる。各社にビジネスが立ち上がっていく中、今回出展した印刷関連各社の今後の同行に注目したいところだ。

大日本インキの反射型ディスプレー
大日本インキの反射型ディスプレー。驚くほどに白地が紙のように白く、システム手帳の紙と比較して違和感のないものだ

●日本における近代印刷技術に学ぶ

このほか、ユニークな展示として印象的だったのは、(株)モリサワのブースに併設されていた“本木昌造・活字復元プロジェクト”に関する展示だ。本木昌造氏は、明治期に初めて日本に西洋式活版印刷術導入した人物だ。展示では、鉛鋳造活字を復元し、蝋型電胎法を用いた活字を再現し、これによって印刷まで行なう近代印刷技術を現代に復元させようという同プロジェクトとその制作プロセスを紹介していた。

本木その1 本木その2
モリサワブースに併設された“本木昌造・活字復元プロジェクト”の関連展示。実際に復元した活字や道具が展示されていた

前述の通り、津野氏は活版以前の木版印刷という東アジア共通の印刷技術を振り返る作業を行なっており、本木昌造・活字復元プロジェクトでは現在の活版印刷技術の原点を振り返っている。これはどちらも決して懐古趣味なわけではなく、新しい技術が押し寄せてくる中にあって、印刷の意味を改めて考えてみるきっかけを作ってくれている。

次回のIGASではいったいどれほど印刷の世界が変化しているか? どれほど出版電子化が進んでいるのか? 興味の尽きないところだ。

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