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【SIGGRAPH 2003 Vol.2】Xboxおよびパソコン用3Dゲーム『Splinter Cell』3Dプログラマーが講演を実施――成功の秘訣とグラフィックステクノロジーを解説

2003年07月30日 14時12分更新

文● (有)トライゼット 西川善司

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『Splinter Cell』が成功したのはなぜか。リペイジ氏は理由をいくつか挙げている。

主人公サムの肉体アクションも本作の魅力である
1つは、競合作品のリリースが遅れたために市場に最初に投入できたことだという。『Splinter Cell』のお披露目は2002年のE3で、この年、もっとも注目を集めたタイトルは米id Software社の『Doom III』だった。リペイジ氏も『Doom III』はライバル視していたようで、「Doom IIIは未だ発売されていない」と皮肉を織り交ぜつつ、2002年内にちゃんと発売開始できた『Splinter Cell』を「勝者」と称した。

『Splinter Cell』は人気サイバースリラー小説家トム・クランシー(Tom Crancy)氏の原作付きゲーム作品であり、大ヒットを狙うべきならば『PlayStation2』で出すべきだったのではないか、という指摘もあるという。このアイデアについてはリペイジ氏は否定的で、『Splinter Cell』が成功を収められたのは、「そのゲーム性を完璧な形で再現できるプラットフォームの選択が正しかったことにある」と述べた。つまり、『Splinter Cell』のゲーム性の要となるリアルタイム光源処理と影生成を行なうには『Xbox』というプラットフォームが最適だったということだ。なお、『Splinter Cell』は後に『PlayStation2』と『GAMECUBE』への移植も行なわれているが、移植版はグラフィックスに関して若干の簡略化が行なわれている。

さて、この他、リペイジ氏は

  • アクション&アニメーションのおもしろさ→主人公サムの肉体アクション
  • アートディレクションの完成度の高さ
  • グラフィックス表現の先進性→ソフトボディ(肉体等)、影生成、画像処理系エフェクト
  • 原作者トム・クランシー氏のネームバリュー

といった要素も『Splinter Cell』が成功した要因として挙げている。高い評価が得られたのは3Dグラフィックだけでなく、結局はゲームそのもののおもしろさも含めて、トータルな完成度が高かった、ということを言いたいようだ。

『Splinter Cell』は確かに先進的なグラフィックスが満載の3Dゲームだが、リペイジ氏に言わせると妥協点もかなりあるのだという。しかし、この妥協こそが『Splinter Cell』の成功に結びついたと彼は自己分析する。

「ゲームビジネスを成功させる上で重要なのは、その年の一番を狙わないことだ。なぜか。どうせ次の年はそれで勝てないのが分かり切っているから」(リペイジ氏)

彼が言いたいのは、「最新テクノロジーをインプリメントすることに夢中になっていると、ゲームの売り時を逸してしまう……だから、適当なところでやめて発売しろ」ということだ。なんだか、これも年内発売が絶望的な『Doom III』に対するメッセージのようでおもしろい。

ところで、モントリオールにあるUbi Softの開発スタジオでは、“1ゲーム、1エンジン制”というスタイルを導入しているのだそうだ。現在同社では7つのプロジェクトが走っているが7つのゲームエンジンがそれぞれのチームで制作されているとのこと。このチームの独立性が、各プロジェクトにおいて表現の独自性を生むために効果的なのだという。とはいえ、『Splinter Cell』のエンジンはUnreal(3Dアクションゲーム)エンジンの独自拡張版であり、ゼロから開発しているわけではない。Ubi SoftはUnrealエンジンベースの作品が多いので、彼の言っているチームごとのエンジンの独立性というのは、その拡張部分のことを行なっているのだと思われる。

『Splinter Cell』グラフィックスの秘密

セッション内ではリペイジ氏、自らが『Splinter Cell』の3Dグラフィックスの技術解説を行なった。

非常に評価の高い同作品の3Dグラフィックスだが、細かく見ていくと、影生成部分以外では比較的伝統的な技術の組み合わせのみで作り込まれているという(たとえば、地形などのライティングはリアルタイムライティングではなく、セミ動的ライトマップを行なっている)。

シーン内の柔らかい照明は通常の3Dゲーム同様のライトマップによるもの

逆に『Splinter Cell』ならでは、というのは

  • シャドウマッピング(シャドウバッファー)技法の積極的なインプリメント
  • ボリュームレンダリングの利用

といった部分になる。

ライティングが劇的に変わった場合はライトマップを動的に切り替えることでそれっぽく見せている

シャドウマッピング技法とはマルチパスレンダリングによる影生成方の一つ。光源を視点としてシーンの深度情報をレンダリング(Zバッファーレンダリング)して“シャドウマップ”を作成、最終レンダリングパスではこれを参照しつつ、これから描画する場所が遮蔽されていれば影、そうでなければ光源処理を行なう、といった処理系でレンダリングしていく。未だ多くの3Dゲームが影表現にまで手が回らない中、『Splinter Cell』の複雑でリアルな影表現はこの技法によって実現されているのだ。

ちなみに、この技法をハードウェアアクセラレートできるのは今のところ『GeForce3/4 Ti/FX』シリーズのみとなっている(RADEON系はプログラマブルシェーダーを活用すれば実現可能)。余談になるが、『Splinter Cell』のPC版も『GeForce』系以外では簡易影表現になってしまう。

ボリュームレンダリングは断面図の積み重ねで立体を表現するレンダリング技法で、医療分野ではCTスキャン映像の可視化などお馴染みの技術だ。『Splinter Cell』では、光筋の表現にこの手法を使っているように見えるが、実は基本的には伝統的なフェイクの発展系なのだという。

ブラインドの影が主人公サムに投射される。このブラインドの影は投射テクスチャーマッピングによるもの
光筋を表現するクラシックな技法として、光筋に見立てた半透明立体を配置するというものがある。だが、これでは、3Dキャラクターがその光筋を浴びても、その陰影処理になんの影響も与えないため、“光”筋でないということがばれてしまう。そこで『Splinter Cell』ではこの手法を一歩推し進め、この光筋にぴったり合うような光筋断面テクスチャーを用意し、これを投射テクスチャーマップを利用して3Dオブジェクトに投射することで光筋ライティングを実現しているのだ。

ちなみに、投射テクスチャーマップとは、ある方向から映像を投影するような形でシーンに対してテクスチャーマッピングを行なう方法で、最近の多くのGPUではサポートされている機能だ。なお、『Splinter Cell』では、光筋表現以外に光源の切り抜き表現等でもこの機能を使っている。

「実写映画だって照明は作り込みの世界。物理現象的には嘘の塊だ。ゲームがそれをやったって悪くあるまい」(リペイジ氏)

物理現象のシミュレーションに固執せずに、「やりたい表現を既存のテクノロジーの組み合わせでどう実現するか」。こうした開き直りの積み重ねで『Splinter Cell』グラフィックスのリアリティーは作り込まれていったわけだ。



リアルタイムサーモグラフィーはピクセルシェーダーを使った画像処理によって作り出されている
複雑なシーンの影を正確に投射することが出来るシャドウマッピング技法だが、リペイジ氏によれば「非常に調整が難しい技法である」という。『Xbox』ではシャドウマップ解像度が1024×512ドットまでしか取れず、屋外シーンなどでは限定的に活用しないと精度不足やジャギーに悩まされることになる。『Splinter Cell』の場合はほとんどが屋内シーンなので、その設定が技法にマッチしていたともいえるだろう
炎の光があまりにも強いため、サムの輪郭を飲み込んでいる。これはDirectX 9世代GPU用のデモで見かけるハイダイナミックレンジ(HDR)レンダリング表現。もちろん『Splinter Cell』はDirectX8ベースのアプリなのでフェィクだ。それでも、それっぽく見せることに成功している

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