この試験サービスは、冒頭に挙げたように個人ユーザーにも便利な利用シーンが思い浮かぶが、商用サービスを絡めることで、新規ビジネスの開拓/発展や、小規模な業者/業態の新たなビジネス機会の創出といった応用も現実味を帯びてくる。
例えば、旅行で家を空けるために愛犬をペットホテルなどに預けた場合、飼い主は旅先でもペットの“今の様子”が気になることがあるはず。もしケージにカメラが設置され、24時間いつでもペットの“今の映像”をFOMA端末で確認できれば、安心して旅行を楽しめるだろう。また、ホテルが利用客にFOMA端末を貸し出し、観光ガイドや道案内、外国人利用者に代わって希望を伝える通訳など、離れた場所でもコンシェルジュサービスを提供できる。もっと身近な例としては、アイドルやアーティストのファンクラブ会員向けの特典として、本人と直接TV電話ができる権利が用意されていれば、ファンにはたまらない高付加価値サービスとなるに違いない。あるいは、通信販売のコールセンターにTV電話が導入されると、オペレータの顔を見ながら買い物相談ができることでユーザーに安心感が生まれ、オペレータ側も相手の反応を見ながら関連する商品を薦めるなど柔軟な応対が可能になる。
NTTが掲げる『レゾナントコミュニケーション』は、“リテラシーフリー”“ユビキタス”“光による双方向・高速ブロードバンド”をキーワードに、利用者のスキルを問わず、どんな場所からも高速通信回線がもたらすメリットを享受できる未来を目指している。今回の試験サービスはその一環だが、NTTのTV電話への取り組みは実に歴史が長い。1985年にはその一号機が開発されており、今の洗濯機ほどの大きさがあった当時のTV電話端末は、NTT自身によるLSIの高集積化で今では映像/音声コーデックを硬貨大の1チップにするところまで小型化が進んでいる。特にリアルタイム性には当時からこだわりを持ち、“遅延は最大でも7フレーム”と自ら線引きをすることでタイムラグ解消のノウハウを蓄積してきた。
“ISIL”こと『SuperENC-III』。最大で720/30Pの高精細映像のMPEG-2圧縮/伸長に対応する。プロセスルール0.13μmの457ピンBGAパッケージで、チップのサイズは100円玉よりも小さい。消費電力は1.5W以下に抑えられている |
その結晶ともいえるのが、2月13日に発表されたMPEG-2コーデック“ISIL”こと『SuperENC-III』だ。1チップコーデックとしては世界で初めて、有効走査線数480本/毎秒60フレーム(480/60P)でMPEG-2圧縮/伸長の同時処理を実現している。つまり、現行のTV放送以上にちらつきの少ないきれいな映像を双方向通信できるわけだ。圧縮と伸長どちらか単独であれば、より高精細な720本/30フレーム(720/30P)の映像を処理できる。このチップは、3月上旬に発売された日本ビクターのMPEG-2対応DVカム『GR-HD1』にいち早く採用されており、民生向けビデオカメラとしては世界初のハイビジョン録画(720/30P)対応を実現している。
初代SuperENCを搭載したMPEG-2エンコーダー/デコーダーカード。PCIフルサイズで、価格はなんと450万円。最大7フレームという許容遅延時間は、当時からのこだわりだ |
今後SuperENC-IIIがパソコンやセットトップボックス、インターネット家電に搭載され、光ネットワークによる高速回線がさらに普及すれば、現行の地上波放送と同等の画質でリアルタイム双方向通信を行なえるようになる。TV電話などの映像通信は、即時性に加えて高画質をも手に入れることになるのだ。
誰もが携帯電話を持ち、安価なIP電話も普及し始めたことで音声通話の需要は高まる一方だが、NTTが見据えているのはもう一歩先、音声にとどまらず映像も含めた“リアルタイムのビジュアルコミュニケーション”だ。光ネットワークが日本全国、世界各国に広がれば、臨場感あふれる高精細映像での双方向通信も夢ではない。近い将来には、パソコンや携帯電話といった従来のデバイスにとどまらず、リビングのTVで、キッチンで、ベッドルームでと、さまざまな場所・形態から高画質なTV電話を楽しんでいることだろう。NTTが提示する新しいコミュニケーションのスタイルは、その姿を確実に具体化し始めている。
TV電話の“今はむかし”
1984年当時のTV電話 | 1988年のTV電話。こちらは表示部と操作部が一体化しているが、どちらも机に置いたまま使うほかなく、現在の携帯電話のように気軽に好きな場所や好きな姿勢で顔を見ながら対話する、という使い方には程遠かった |