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ノートPC 裏 技術情報 前編:日本IBM ThinkPad

ノートPC 裏 技術情報 前編:日本IBM ThinkPad

2002年09月14日 06時25分更新

文● 田中 裕子

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TrackPointの動作原理

TrackPointの動作原理
図1、2 TrackPointの根元には図1のように「ひずみゲージ」が取り付けられている。カーソルを動かすと図2のように台座部分が圧縮/伸長するので、それをひずみゲージを利用して電気信号化する。
 TrackPointのスティック部分はジョイスティックのように倒れるわけではない。力をかけた際にわずかに生じる歪みを検出することでカーソル移動を行っているのである。TrackPoint基本的な仕組みは、図1、2に示したとおりだ。スティックの頭の部分に力をかけることで底部に生じる歪みを、スティックの根本部分にある「ひずみゲージ」で検出する。ひずみゲージはスティックの上下左右4個所に配置されており、それぞれの検出結果を演算することで「移動方向」「移動速度」「停止位置」といったポインタの動きを決定する。
 ひずみゲージとは、その名の通り物体の歪みを電気信号に変換するセンサである。金属(抵抗体)は、外力を与えて伸縮させるとある範囲で抵抗値が増減する。ひずみゲージは薄い絶縁体の上に銅/ニッケルなどの抵抗体を取り付け、その両端から電線を引き出した構造になっている。これを歪みが生じる部分に貼り付け、抵抗値の変化を検出するわけだ。



モジュール
写真2 ThinkPadに実際に取り付けられている、TrackPointのモジュール。実際の部品製造はキーボード製造メーカーが行っている。
 TrackPointの基本原理はこのように単純だが、人間の感覚に合ったカーソル移動を実現するには、歪みを電気信号に置き換えるだけでは不十分だ。例えば、TrackPointのドライバは、ひずみゲージにかかる力が弱まってくると目標位置にポインタが近付いたと判断し、カーソルの移動方向とは逆向きの方向に力を付加している。このような制御を行うことで、オーバーランすることなく目的の位置でポインタが止まり、ポインタを画面のすみに移動しても見失うことがなくなるのだ。もしThinkPadシリーズが手元にあるなら、試しにポインタを画面のすみに勢いよく移動して手を離してみてほしい。ポインタが少し画面の内側に跳ね返ってくるのがわかるはずだ。

 トレードマークの赤いキャップ(※1)も地道な努力の結晶だ。このキャップはゴム製で、当初は表面に凹凸がなく、汗などで滑りやすいと不評だった。そこで考え出されたのが表面にコーティングされた細かな突起、ThinkPadユーザーなら誰もが知っているあの「イボイボ」である。この突起は短い樹脂製の繊維を静電気で立てて植毛(接着)し、何重ものコーティングを重ねて作られたものだ。小さな部品だが、その製造工程は15工程にも渡り、原価も数円と(何銭という単位が当たり前の)この種の部品としてはかなり高価だ。このことからもTrackPointにかけるIBMの情熱が伝わってくる。

※1 赤いキャップ イボイボは「滑らない」をテーマに試行錯誤の上で生まれたものだが、使用しているうちにケバケバ感が落ちるのが今後の課題だという。ちなみにこのキャップはIBMの直販Webサイト「IBM Direct」では一番人気オプションとのこと。価格も3個入りで300円とお手ごろなうえ、送料も無料だ。



TrackPointの利点
タッチパッドの利点

 TrackPointの設置にはある程度の高さが必要(キャップ部分だけでも5mm程度)であるため、薄型化を狙うノートPCでは敬遠される傾向があるが、設置面積が小さく、キーボードのホームポジションに手を置いたままでも操作できるのは、タッチパッドにはない特徴だ。また、ひずみゲージに使用する抵抗体のゲージ率(ひずみに対する抵抗変化率)を上げれば、わずかな歪みでも大きな出力が得られるため、高い分解能を持つ(小さな力にも敏感に反応する)TrackPointを作ることが可能である。TrackPointは少しの力を加えただけでカーソルが動くため、操作に慣れるまでの敷き居が高いものの、一度慣れてしまえば手放せないポインティングデバイスになる。

タッチパッドの原理
図3 静電容量方式のタッチパッドでは、指が近づくことによって生じる電界の歪みを検出して座標を決める。
 一方のタッチパッドは、パッド上に置かれた指の位置を検出し、カーソル移動やクリック/ドラッグといった操作を行っている。その構造は平面上にたくさんのコンデンサが配置されたものと考えると理解しやすい。2枚の金属を、間に絶縁層を挟んで配置して両側に電圧をかけると間に電荷が蓄えられる。この性質を利用したのがコンデンサだ。タッチパッドは図3~5に示したように、直交する電極で絶縁体を挟みこむ構造となっている。
 ここで、X電極とY電極間に電圧をかけると、XY電極の交点ひとつひとつがコンデンサを形成して、一定の電荷がたまった状態になる。その上に指が近付くと、指も導体(電流を通すもの)なので、XY極の間に生じていた電界が指の方向に一部引きつけられる。つまりX電極と指との間にもうひとつのコンデンサが形成され、指が触れた部分のXY電極間にあった電荷の量が減る。これによって、X電極とY電極それぞれに流れる電流に変化が生じる。電流に変化が生じたX電極とY電極をモニタし、X軸方向の電極とY軸方向の電極が交わる点を見つければ、指がどこに触れたかを決定できる仕組みだ。



タッチパッドの原理
図4、5 XY電極は図4のように絶縁体を挟んで直交した状態で配置されており、電荷の量が減った電極を検出し、指の位置を決定している。
 また、タッチパッドにはドライバの機能でクリックやドラッグなどの操作が実現できるものがあるが、これはタッチパッド上に指が置かれた時間を計測し、一定時間未満ならクリック、押されたまましばらく離れなければカーソル移動といった具合に、信号の変化をソフト的に解釈して特定の操作を実行するようにしている。

 タッチパッドは薄く作ることができるため、厚みの制約がある薄型ノートに搭載しやすい。逆にある程度の設置面積が必要になるので、フットプリントの小さいミニノートには搭載しにくい。指で面をなぞる距離を何倍かに拡大する感覚で使えるので、初心者でも扱いやすく、操作に慣れているユーザーの絶対数が多いのも事実だ。
 ThinkPad T30のタッチパッドは、ある時はなかなかTrackPointに慣れることができない人のためにはメインのポインティングデバイスとして、またある時は、TrackPointをより使いやすくするための補助デバイスとして無駄なく使える入力デバイスと言える。



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