インフィニオンテクノロジーズジャパン(株)は19日、都内で記者発表会を開催し、衣料と電子機器を一体化させる電子機器集積衣料技術“ウェアラブル・エレクトロニクス”を開発したと発表した。発表会ではこの技術を使って作られたMP3プレーヤー機能を持つジャケットやセーターなどを披露した。メモリーカードやバッテリーをはずせば“そのまま洗える”としている。商品化は数年後になる見込み。
| MP3プレーヤーを組み込んだウェアラブル・エレクトロニクス衣料。左の袖口にある5つの赤い部分はタッチパッドになっている |
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このウェアラブル・エレクトロニクスは、5月にドイツ・フランクフルトで開催された繊維関連の展示会“Avantex”で、親会社の独インフィニオンテクノロジーズ社が発表した技術で、独インフィニオンの中央研究部門で研究開発した。今回、ドイツ本国外では初めて、シンガポール(現地時間17日)と日本でお披露目した。この技術によって、低消費電力の集積チップと微少なセンサーを特殊なパッケージに封入するとともに、細い電線を繊維生地に織り込んで、衣料の中に電子機器を組み込んだ“電子機器衣料”を可能にするとしている。
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ウェアラブル・エレクトロニクスについて説明する、独インフィニオンの中央研究部門のヴァーナー・ヴィーバー氏 |
今回はウェアラブル・エレクトロニクス技術実証のためのプロトタイプとして、オーディオモジュール(マイクロコントローラー/サウンド処理チップ)、取り外し可能なバッテリー/マルチメディアカードモジュール、イヤフォン/マイクロフォン、センサー/キーパッドと、それらを接続する電線を埋め込んだリボン状の生地からなるMP3プレーヤーコンポーネントを作り、ミュンヘンの“ドイツ・モード・マスタースクール(Deutsche Meisterschule fuer Mode)”の若手デザイナーがデザインした衣服に組み込んでいる。
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試作したMP3プレーヤー。右下に見える白いモジュールにマルチメディアカードスロットとバッテリーが収められている。このモジュールとイヤフォンを取り外せばのこりの部分は洗濯しても大丈夫という |
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実際に音声(ドイツ語)で指示を与えるヴィーバー氏 |
MP3プレーヤーの操作は5つのキーを持つキーパッドか、マイクを使いドイツ語による音声命令で行なう仕組み。オーディオモジュール部分は25mm角で厚さは3mm。ほかのモジュールと接続しているリボンには銀とポリエステルでカバーした配線が織り込まれている。モジュールと配線は、集積チップとICパッケージの配線を接続する“ボンディング”技術と同様の方法で接続するか、またはモジュールをプラスチックフィルム状のフレキシブル回路基板に置きフレキシブル回路基板の接点に配線をハンダ付けして接続する。チップ本体、およびチップと配線の接続部分は合成樹脂で密封する。
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MP3プレーヤーのオーディオモジュール部分 |
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樹脂で密封されたオーディオモジュール部分 |
封止される集積チップ自体は一般的なプロセス技術で作られたもので、特殊なものではない。ウェアラブル・エレクトロニクス技術でキーとなっているのは、モジュールと配線の結線と、それらを水分や衝撃から守る密封の技術だ。
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ウェアラブル・エレクトロニクスのキーとなる技術の1つである、モジュール部分と配線の結線(インターリンク)技術 |
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リボン状の生地に織り込まれた配線(心線は銅) |
また、今回のMP3プレーヤーではバッテリーにリチウムポリマー充電池を利用しているが、インフィニオンではウェアラブル・エレクトロニクスを支える技術の1つとして、人間の体温と外気の温度差を利用して発電する“サーモジェネレーター”を開発したという。サーモジェネレーターは宇宙分野など特殊な分野ではすでに実用化されているが、インフィニオンでは低コストの製造技術を用いてシリコンベースのサーモジェネレーターを試作し、1cm2あたり数μWの出力を得たという。利用できる温度差が5度あれば、1cm2あたり5Vの電圧負荷を作り出せるので、センサーやチップ用の電源として利用可能だとしている。
発表会では、ウェアラブル・エレクトロニクスの概要とその将来展望について、独インフィニオン中央研究部門エマージングテクノロジー研究グループシニアディレクターのヴァーナー・ヴィーバー(Werner Weber)氏が語った。
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ヴィーバー氏が“否定する”ウェアラブル・エレクトロニクス |
ヴィーバー氏によると、ウェアラブル・エレクトロニクス技術は、エレクトロニクスの存在が人間の環境にとけ込んで見えなくなり、そうした見えないエレクトロニクスが人間の役に立つといった“アンビエント・インテリジェンス”(※1)という考えから生まれたものだという。同社が考えているアンビエント・インテリジェンスの具体例としては、ウェアラブル・エレクトロニクスのほか、塗料に混ぜて壁に塗れる電子機器、話し言葉に従って動作する旅行ガイド、単独のデバイスに演算機能を集中させずローカルに配置された多数の小さなシステムによって機能するコンピューター、インテリジェントな冷蔵庫などが、将来の可能性のあるアプリケーションとして考えられているという。そして、ウェアラブル・エレクトロニクスは、アンビエント・インテリジェンスを実現する“マイクロエレクトロニクス”の重要なステップだと位置づけた。
※1
アンビエント・インテリジェンス:インフィニオンでの呼び名だが、“ユビキタス・コンピューティング”とほぼ同義だとしている。
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ウェアラブル・エレクトロニクスで検討されている機能や技術 |
記者との質疑応答では、ウェアラブル・エレクトロニクスの具体的な点がいくつか明らかになった。まずこうした製品がいつごろ市場に登場するかという点では、2年以内になんらかの製品を商品化するという。ただ、最初に登場する製品では、MP3プレーヤーではなくスマートタグ(電子的なバーコード)になるだろうという。その後、医療用センサーなどに発展していくだろうとしている。価格については、あまり高価では意味がないとして、エレクトロニクス部分の価格で10ユーロ(約1160円)程度(バッテリーやメモリーカードなどは含まない)を想定しているという。なお、インフィニオンが直接こうしたウェアラブル・エレクトロニクス製品や、それを使った衣料を販売することはなく、アパレルメーカーを通じて供給することになるとしている。市場の予測としては、どのような製品・サービスに使われるかで異なるが、ヴィバー氏の個人的見通しとしては10年で1億ユーロ(約116億円)という目標を立てているという。
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ヴィーバー氏が示したジョーク。男が“インテリジェントな冷蔵庫”に「ビールをもう1本」というと、冷蔵庫が「申し訳ありませんが、ビールは出せません。バスルームの体重計と玄関の鏡が警告しています」と答えている |
発表会には、ドイツでデザインしたウェアラブル・エレクトロニクス衣料10点のうち、コートからブラウス、セーターなど8点を身にまとったモデルが登場し、ファッションショーのような雰囲気となった。いずれもエレクトロニクス部分はごく自然に衣料と一体化しており、キーパッドなどを注意して見ていなければそうした機能を持つとは分からないものだった。今後、各種のセンサーをはじめ、BluetoothやGSM携帯電話などの通信機能も搭載する計画ということで、携帯電話やPDAを持ち運ぶような現在のモバイルコンピューティングスタイルから、ユビキタス・コンピューティング(アンビエント・インテリジェンス)へ、技術が進みつつあることを感じた。
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ジョギング・ベスト(左)とスポーツ・ジャケット(右) |
| このブラウスでは、襟のひだの部分に配線を含んだ生地が縫い込まれているという |
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ヴィーバー氏と一緒に記念撮影。コンピューター関連メディアはもちろん、新聞やTVの取材陣も多数出席していた |