このページの本文へ

ITとスポーツイベント

2002年02月19日 08時10分更新

文● 渡邉 利和(toshi-w@tt.rim.or.jp)

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

多くの人の関心を集めるスポーツイベントは、広告・宣伝の場としても一種の晴舞台となる。現在は、Salt Lake Cityで開催中の冬季オリンピックが旬ということになるのだろう。Sunも当然、ここで存在感をアピールしているが、単に広告宣伝の場として利用しているだけにはとどまらない。

スポーツイベントには、“冠イベント”と呼ばれるものがあり、企業がスポンサードして実施されるものがけっこうある。多くの人が注目するスポーツイベントは、企業名を認知してもらうにも絶好の媒体だし、そのイベントのステータスが上がればスポンサー企業のイメージアップにも繋がるので、スポーツイベントのスポンサーとなる企業はたくさんある。しかし、IT企業の場合は、単にスポンサーとなるケースよりも、“うちの技術が使われています”というアピールの方が目立つように感じる。

スポーツイベントでのIT活用

スポーツとITとではあまり縁がなさそうに思われるかもしれないが、もちろんそんなことはない。もっとも、ITを活用できる分野というのは極めて幅広いものがあり、世の中のたいていの動きにはITが何らかの形で関与しているというのが現状だろう。スポーツイベントでも同様である。

オリンピックの公式Webサイトが注目されるようになったのは、1996年のAtlantaの時からだろうか。1998年の長野では、PHSを活用したコミュニケーションシステムなど、モバイル大国日本ならではIT活用事例もずいぶんと注目を集めたものだった。こうした、いかにも“IT”といった利用例も目立つが、もう少し地味だがずっと重要性の高い、いわば“ミッションクリティカル”な分野でもITの活用なしには成立しないという状況になっているのだ。たとえば、タイムを競う競技では当然計時システムが必要となるが、これは今どき「審判がストップウォッチを手で止め、針を読む」なんて代物ではない。ほぼ全自動化され、ほぼリアルタイムにすべての計時データを集計してさまざまなメディアに配信するような大規模なシステムになっている。当然、これには各種のコンピュータやソフトウェア、ネットワーク技術などが、そのままの形であったり、あるいは従来型の装置に組み込まれる形になっていたりして活用されている。イベントの裏方としてITが働いているわけだ。

こうした裏方のシステムは、一般向けに販売されるようなものではないことも珍しくない。そのたびごとにSIが構築するというスタイルになるし、専用ハードウェアに組み込む形で利用するケースも多いため、一般ユーザー向けに販売されている製品とはまるで縁がない場合もあるが、IT企業のイメージ戦略としては、多くの人が注目するスポーツイベントで自社の技術が使われているとアピールできれば好印象を期待できるというものだ。Sunも例外ではなく、さまざまなスポーツイベントで自社の技術が利用されていることをアピールしている。現在開催されているSalt Lake Cityの冬季オリンピックでは、Sunは“公式UNIXサーバ・サプライヤー”に選定されたと発表しているし、北米のアイスホッケーリーグNHLの公式WebサイトでSunの技術が採用されていることも紹介されている。

ご覧いただくと一目瞭然だが、NHL.COMにアクセスすると、ページの上部にはmsn Sportsのメニューが表示され、その下に“POWERED BY Sun”というロゴが表示されている。なんだか呉越同舟的で妙な光景ではある。

道具としてのIT

時節柄オリンピックの話のようになってしまったが、こうしたイベントの裏方でITが活用されるというのは、実はITの本来的な在り方として至極真っ当なことだといえるだろう。

個人ユーザーがPCを見る場合、単体で販売されている“製品”というイメージを強く受けるが、通常コンピュータというのは道具であり、しかも“システム”を構築する際に利用される一コンポーネントに過ぎないのが普通だ。最近では、個人ユーザーでもLANを構築し、複数台のPCを組み合わせてシステムを作っている例が珍しくない。そうした使い方をしている人にとっては容易に実感できる話だと思うが、単体のPCがそれだけで役に立つ分野ももちろんあるが、多くはソフトウェアやネットワークなど、他のさまざまなコンポーネントを組み合わせ、所定の目的を実現するシステムを構築して始めてモノの役に立つことになるわけだ。当然、一般的な注目はシステムによって実現された“目的”のほうに向かい、システムそのものや、システムを組み上げるために使われたコンポーネントはあくまでも裏方として目立たず役立つ、という役割になる。

IT業界では、システムという観点からは単なる“部品”的な存在でしかないハードウェアやソフトウェアが殊さらに注目されることから、つい「木を見て森を見ず」といった状況になりがちだ。最近Microsoftが「機能よりもセキュリティを重視しよう」というメッセージを打ち出したことが話題になったが、これもある意味では典型的な例といえる。システムを構成するための一要素、という見地からは単体の機能よりもシステム全体にどう寄与するかという点が重要で、システム全体を「使いものになる」ものとするためにはセキュリティや信頼性が重要なのは改めていう必要はない。こうしたメッセージが重要な方針転換として打ち出されることの裏には、Microsoftは自社のOSやソフトウェアを「単体製品」として設計/販売しており、「システム構築のためのコンポーネント」とは見ていなかったことがあると思う。店頭で箱売りされるソフトウェアパッケージを主力製品として成長してきたMicrosoftは、どうしてもその根本部分に「消費者向け小売業」の発想が染みついているように筆者には感じられる。

さて、スポーツイベントから話がそれてきたが、ここで昨年秋に鈴鹿サーキットで開催されたF1最終戦でSunの技術がまさに裏方として活用されているようすを見る機会があったので、スポーツ繋がりということでここでご紹介したい。2001年10月12~14日の開催なので、もうすでに大昔という感があるが、ご容赦いただきたい。

SunはF1の有力チームの1つであるWest McLaren Mercedesのスポンサーになっているが、実はこれもほかのスポーツイベントの例と同様に、まずSunの技術が使われているということがあった上での話である。単に、スポンサーフィーを払ってロゴを貼っただけということではない。

ドライバー写真このレースを最後に休養に入ってしまったドライバーのMika Hakkinen。彼がピットに姿を見せたとたんに辺りは黒山の人だかりとなり、F1の主役は車とドライバーであってITではないことを再確認させられた

F1レースとITの関連に関しては、すでにあちこちで紹介されているので多くの方がよくご存じのことと思う。車体の設計にCADが使われるのはもちろん、リアルタイムで各種の情報を集めて診断を行ない、結果をフィードバックすることでレース自体の戦術決定にも影響を与える。車体には120個以上のセンサが取り付けられており、さまざまなデータを収集している。このデータは無線リンクを通じて周回ごとにピットのシステムに転送されるのだが、このデータ量は周回ごとに約3MB程度だという。車体に記録されて、ガレージでの有線接続で取り出すデータもあり、サイズは一定しないようだが、おおよそ1回のレースで収集される総データ量は2GB程度になるようだ。このデータは、生のままでは単なる数値の羅列でしかないため、ビジュアライズし、レースの専門家に分かりやすい形式に変更して表示することでレース中の重要な判断、たとえば、ピットインするかしないかとか、ペースを落とすべきかどうかといった判断の際の材料として使われることになる。

ワークステーションF1マシン設計にSunのワークステーションが使われている、というイメージ写真。ここで写っているのはSun Blade 100のようだが

Sunの技術が使われているのは、まず最初のレースカーの設計や空力性能のシミュレーションなどから始まり、レース中のテレメトリーシステムによる情報収集やビジュアライズ等まで、広い範囲に及んでいる。F1では結局、「レースに勝ったかどうか」が問題になるのであり、システムにSunの技術が使われていることが中心的な話題になることはないが、これがITの正しい在り方であろう。

コンソール
ピットの奥に設けられたコンソール。よく見るとSunのロゴが付いている。ただ、すべてがSunの技術のみということでもないようで、明らかにWindowsの画面が写っているモニタがあったりもした

ITバブル、ドットコムバブルと言われた時期には、どうもITそのものが前面に出る使い方に注目が集まりすぎた結果、もしかしたら“サイバースペース”での活用こそがITの本質であるかのように語られた面があったようにも思われる。しかし、スポーツイベントを運営し、レーシングカーを設計し、効率よく走らせるといったリアルな世界でもITは確実に成果を上げている。もちろん、ドットコム企業以外の既存企業の効率改善にも大きく寄与している。リアルな世界もITの恩恵を大きく受けているのである。ITバブルの崩壊も、サイバーな市場で需要が急速に盛り上がり、そしてしぼんだ結果だが、リアルな市場での活用は堅実なペースで進展しつつあり、まだまだこれから大きな成果を生み続けるはずだ。Sunも一時期の急成長ペースこそスローダウンしたものの、そろそろまた「次に向けた」動きが次々と表に出て来つつある。今年もまた、Sun発のニュースがさまざまな興味深い話題を提供してくれるだろう。特に、リアルな世界を変えていく新しいコンセプト、新しいアイデアの出現に期待したい。

Ferrari
McLarenのピットの隣はFerrariだったので、“McLarenがJavaならFerrariは何だ? ”と探してみて見つけたのがこれ。コンソールの下にCompaqのPCがそのまま放り込んであった。PCが単なるコンポーネントとして扱われている実例かもしれない

カテゴリートップへ

アスキー・ビジネスセレクション

ASCII.jp ビジネスヘッドライン

ピックアップ