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「企業が生き残るには“暗黙知”が必要だ」――“Adobe Acrobat ビジネス イノベーション フォーラム2002”で中谷巌氏が講演

2002年01月31日 23時52分更新

文● 千葉英寿

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●キーノートセッションには1000人を超える参加が

アドビシステムズ(株)は、30日、ウェスティンホテル東京(東京都目黒区)において、“Adobe Acrobat ビジネス イノベーション フォーラム2002”を開催した。同イベントは、政府のe-Japan構想を要とする電子政府、電子自治体といった官庁などの政府機関や自治体、教育機関のデジタル化、ならびに一般企業のデジタル化に不可欠となるPDF(Portable Document Format)を中心に『Adobe Acrobat 5.0日本語版』(以下、Acrobat 5.0J)を紹介するとともに、同社のパートナー企業の提供するドキュメントのデジタル化や文書の共有、電子申請システムのテクノロジーならびにソリューションを紹介することを目的に開催されたもの。

メインとなったセミナー第1部のキーノートセッションでは、多摩大学学長ならびに三和総合研究所理事長を務める経済学者の中谷巌氏による特別講演が行なわれた。定員600名の同会場には、一般企業ユーザーを中心に1000名を超える参加者が詰めかけた。

特別講演を行なった中谷巌氏は、テレビ東京系列の経済ニュース番組“ワールドビジネス・サテライト”のレギュラーコメンテーターとして知られる人物でもあり、中谷氏の人気も今回のセミナー集客に一役買ったと言えるだろう。同時に、キーノートセッションの後半に行われた同社代表取締役副社長、石井幹氏の講演にも、熱心に耳を傾け、メモを取る参加者が数多くおり、PDF=電子ドキュメントへの関心が高かったことも付け加えるべきだろう。

●なぜネットバブルは崩壊したのか?

特別講演において中谷氏は、「IT革命下における『勝つため』のビジネス戦略」をテーマとし、本格的なIT革命時代を迎えて経営環境が激変する中にあって企業に求められる戦略とは何かについて語った。

中谷巌氏
中谷巌氏。軽快な中にも思慮深い発言で講演を進め、紳士的なジョークで会場を沸かせるトークが印象的だった

はじめに中谷氏はネットバブルが崩壊した理由を解説した。それにはいくつかの理由があったという。

ネット革命は“消費者主権革命”だった。これまで情報収集に限界のあった顧客は、インターネットによって情報にアクセスすることで、どこが安いかを知ることとなった。インターネットビジネスは、消費者の厳しい目を生み出し、顧客に主権を移す役割を果たしたわけだ。そのために“商品のコモディティ化”(※1)が急速に進んだ。また、インターネットビジネスは小さな資本投入で済むことから“参入障壁が低い”ために競争が激化した。イーベイ(オークションサイト)のようなビジネスは一社だけなら儲かったが、過当競争のために“マージンが確保できない”状況が続いた。これを打開する唯一の方法は、マーケットシェアを広げて単価を安くすることだったが、そのために広告費が増大してしまった。これらはすべて“暗黙知”(※2)が不足していたためと言える。

※ 商品のコモディティ化 一物一価が成立し、商品価格が最低価格に集約されてしまった。

※ 暗黙知 文字や言葉、数字といった情報や知識を示す「形式知」に対し、それらでは表現できない伝達しにくい情報や知識を「暗黙知」という。

インターネットはブロードバンド時代になって日常生活に革命をもたらしており、今後さらに急速に延びると思われる。産業革命は筋肉労働から人間を解放し、余った時間を使って知恵を出し、新しい技術やサービスをこの200年間生み出し続け、消費社会を作り上げてきた。そして、IT革命は情報処理などの雑用から開放し、さらにインターネットでアウトソースできることで、“形式知”を徹底してITにのせていくことができるようになった。それではその余った時間でなにをすればいいのか?

日本的経営はなぜ苦しいといわれるのだろう。ビジネス環境が変わったこの20年の間で日本企業は変わっただろうか? 日本的経営の特徴は、終身雇用や企業同士のなれ合い的な関係、社内の強い仲間意識といった「長期継続的関係」にある。企業同士の関係は情報共有が安くできたことに価値があったが、それはITによって変化し、“暗黙知”以外の情報には簡単にアクセスできるようになった。ドライな関係で十分処理できる状況が整っているにもかかわらず、いまだ「長期継続的関係」を維持しようとしているのが日本的経営といえる。こうした日本的経営のために日本企業は、IT化、グローバル化から乗り遅れてきた。コモディティ化においても、その膨大な人的資源による10年前と変わることない賃金(日本の3分の1)とますます向上してきている技術模倣力によって延び続ける中国との競争には勝てないだろう。

中谷氏は「こうした状況から脱却するには、“形式知”(デジタル的)と“暗黙知”(アナログ的)を区別し、仕事のやり方や組織の作り方を変えることが必要だ。形式知のデジタル化(=IT化)が中途半端ではコア・コンピタンス(=暗黙知)を生み出すことはできないだろう」とし、「それができる企業が生き残っていける」と語った。

●バリューを生み出す4つのビジネスモデル

引き続き、中谷氏はバリューを生み出す4つのビジネスモデルを紹介した。

  1. コスト削減追及型
  2. 企業統合、中国進出、規模拡大などでコスト削減を実行する、不得意なものはどんどんアウトソースするというモデル。しかし、半年で20%コストを下げても、売り値が30%下がっては実質的にコスト削減にはならない。後追い型のコスト削減では先行企業には追いつけないのだ。

    成功例としては「ユニクロ」があげられる。自ら価格破壊をおこし、中国に進出、直販を実行し、20代の若手店長を起用して売り上げをボーナスに直結した。商品をカジュアルに限定し、対象を家族全般にすることで裾野を広くし、ものすごいスケールメリットを生み出した。しかし、その破竹の勢いは昨年夏で止まった。ユニクロのやり方は「先に行って待ち受ける」ことだった。今は次のフェーズに進むためにロンドンに進出し、うまくいけば次はヨーロッパ、米国を視野に入れている。これが成功すれば5~6年は大丈夫だ。

  3. バリュー・スライサー型
  4. 完成商品の一部に徹底的に特化するモデル。例としては、「インテルのペンティアム・プロセッサ」、「マイクロソフトのウィンドウズ」、「キーエンスのセンサー」、「錆びないねじ」など。「アドビシステムズのAcrobat」もそうだ。これらには高収益企業が多い。

  5. バリュー・オーガナイザー型
  6. バリュー・スライサーの部品を“編集”して完成品として組み立て、ブランド価値をつけるモデル。例としては、「ルイ・ヴィトンのブランド戦略」、「カルロス・ゴーンのブランド戦略」、「ソニーのバイオ」が挙げられる。

    日産の場合、これまでは無個性な車種しか生み出すことができなかった。それはデザインを担当する部署の部長がヒラであったために、営業、購買といったデザインとは関係のない部署から手を入れられ、訳のわからない無個性なものになってしまった。ゴーンはこれを改め、新しいデザイン責任者を外部(いすゞ)から迎え、上級常務とした。現在、新しいデザイン責任者は「首を賭けて」個性のある車づくりを進めているという。これまでとは全然違うものが生み出されつつあり、私(中谷氏)の価値観を信じてもらえれば、日産株は上がる(笑)。

    ソニーの場合は、バイオが後発のパソコンでありながら、バリュー・スライサーであるペンティアム、ウィンドウズを使ってうまく編集した。そのため、ソニーはよく勉強し、バイオをオーディオなどのパーソナルユースとして仕立てた。これらのブランドはまさに説明できないものであり“暗黙知”の世界である。説明できないから、誰にも真似できないのだ。しかし、ブランドの構築には時間がかかる上に、すぐに潰されるということも忘れてはならない。『雪印』がそのいい例だろう。

  7. トータル・ソリューション型
  8. 顧客の複雑な欲求を充足することで「個別化したサービス」を提供するモデル。例として、「アスクル」、「GEのメンテナンス」、「IBM、富士通のトータルサポート」などだ。アスクルはプラスの子会社として販売代理を行なっていたが、顧客ニーズをピックアップすることで“購買代理”へと変化した。GEは製造業から投資を一切なしでメインテナンス業へ移行することができた。トータルソリューション型の欠点は、顧客の徹底管理が必要であることとサービスコストがかかることだ。

以上の4つのビジネスモデルについては、どこでもちょっとずつ取り組んでいると思われる。しかし、それでは圧倒的な力は生まれない。誰もが考えることでは、世界的にコモディティ化が加速的に進むことになる。それには独自性をどうやって上乗せするのか、という課題があるのだ。

最後に中谷氏は、「企業の構造改革なしには日本企業の復活はない。しかし、“組織の論理”が日本企業の構造改革を遅れさせている。そこにはコーポレートガバナンス、IT戦略、リーダーシップ、この3点が欠如しているからだ。そして、ブロードバンド戦略を“CEOマター”と位置づけることで、新しいビジネスモデルを作っていくことができる」と締めくくった。さらに「言うのは簡単だが、実行するのは大変なことだ」と参加者の心情に配慮した一言を付け加え、講演を終えた。

●アドビのビジョン、ネットワークパブリッシングを紹介

第一部の後半は、本題であるAcrobat 5.0Jの紹介を中心に、同社の代表取締役副社長、石井幹氏が「『ネットワークパブリッシング』そして『Adobe Acrobat』が会社・社会を変える」をテーマにAcrobatが実現する経営改革の手法を提案した。

石井幹副社長
アドビシステムズの石井幹副社長。さまざまな場所で“ネットワークパブリッシング”について熱弁を奮っている、経営とテクノロジーの関連性に深く言及したものを期待したのだが、参加者に合わせたためかあまり突っ込んだ話は飛び出さなかった

まず、石井氏はパブリッシングを中心としてきた同社20年の動きを簡単に紹介し、「『情報発信の新しい波』として“ネットワークパブリッシング”がある」と語った。ネットワークパブリッシングのもたらす利益として、効率と生産性の向上、ビジネス上重要な情報に世界中どこからでも安全にアクセス可能である点、意思決定の高速化、市場投入の高速化などをあげ、さらに静止画から動画などのビジュアルリッチなコンテンツが個人でも必要としており、これをパーソナライズして提供できる点も加えた。

そして、ネットワークパブリッシングにおいて同社が果たす役割として「製作」「管理」「配信/伝達」をインターネットというインフラの上で、横断的に行ない、コンテンツを共有して流すことができる同社の技術と統合されたワークフローとして、“クロスメディアパブリッシング”、“Webパブリッシング”、“ePaperソリューション”といった3つのソリューションのカテゴリーを紹介した。

●PDFはHTMLに次ぐウェブ技術の要

3つのカテゴリーの中で参加者にとって最も関連深い“ePaperソリューション”について話は進んだ。

まず、要となるAdobe PDFについて「中身を公開していることで、安心して使える将来性の高いフォーマットである」とし、「PDFのビューワーであるAcrobat Readerは、すでに3億2000万コピー以上が配付されている。再配布を許しているので、実際にはそれ以上ということになる。5億のウェブサイトを調査したところ、最も使用されている技術として、(当然ながら)1位はHTMLで、2位はPDFだった。同様にHTMLの補佐的な技術にはRealやFlash、QuickTimeがあるが、それらの中でPDFは50%を占めた」とAdobe PDFおよびAcrobat Readerが名実ともにデファクトスタンダードであることを再確認した。

さらに市場への浸透の度合として、日本における1府12省庁と47都道府県、米国連邦司法府といった世界中の行政機関で採用していることを紹介した。中でも、新薬申請というデリケートかつ膨大な文書を必要する作業において日米欧で導入している点を強調した。石井氏はその中の一例として、「ファイザー製薬がバイアグラを申請する際に、これまでより4ヵ月早く申請を終えることができた。新薬開発にとって4ヵ月の先行は大変なアドバンテージだ。PDFが企業競争力を高めた」と語った。このほか、製造、金融・証券・保険、建設などでの導入が進んでいるとした。

続いて石井氏は、経営におけるITの有益性について話を移した。現在の経営上の課題として、IT投資についても厳しく選別される時代になったとし、その中で競争優位性をどうやって上げるかが課題であるとした。そして、IT投資への期待として、

  • 知的情報の資産化 (組織や個人が持っているドキュメントをネットワークに上げる)
  • 業務プロセスの自動化
  • 企業間の情報インフラの違いを克服
  • (アウトソーシングを積極的に行い、情報共有化を進める)
  • 行政のイニシアティブ(電子政府)への対応
  • 紙の資源とコストの削減
  • 既存のIT資源が有効活用(ネットワークを導入する)

を提示した。そして、誰もが(IT投資に対して)「何倍にも化けて返ってくることを期待しているはず」とし、その期待を現実のものとするのがAdobe Acrobatだと語った。

後半はAdobe Acrobatを使った電子申請のデモンストレーションを富山県の申請書ダウンロードサービスを例に取って行なった。このケースでは申請書請求のオンライン化が実現しており、その手順として、まず、申請者が自治体のウェブサイトにアクセスして申請書PDFをダウンロードし、そのPDFに必要事項を入力したら申請書を返信、自治体は申請内容を確認し、認定書を発行/返信する、というもの。電子申請システムとしては、ごくごくシンプルなものだったが、電子印鑑などのソリューションが出てくると、深く頷いたり、目を凝らして見入ったりする参加者の熱心な姿があちこちで見られた。

●Acrobatの次は?

今回のイベントでは、キーノートセッションのほかに、Adobe Acrobatを活用した企業の成功事例を紹介するセミナーやパートナー企業によるAdobe PDFを基礎としたソリューションを紹介するセミナーなどが行なわれた。また、別会場には大塚商会、翼システム(株)、(株)ハンモック、三菱電機インフォメーションシステムズ(株)といったパートナー企業17社による展示・商談コーナーが設けられ、セミナーの合間に熱心に説明員のデモに見入る参加者の姿が多く見られた。

キヤノン販売のデモ1
数少ないハードウェアを持ち込んでの展示を行なっていたキヤノン販売は、ドキュメントステーション『imageRUNNER iR3250』にPDF化したいドキュメントをセットし、同機のディスプレーの“Adobe”ボタンを押すだけで、イメージをスキャンして、OCR機能により自動的にPDFを生成するというもの。
キヤノン販売のデモ2
『imageRUNNER iR3250』では、OCR機能に、隣にブースを構えるクセロのAcrobat OCRプラグインユーティリティー『PDF OCR』を使用していた
パートナー企業17社による展示・商談コーナー
パートナー企業17社による展示・商談コーナー。そのほとんどが、電子申請システムやドキュメント管理シシテムのソリューションだった。大塚商会はロータスノーツを使ったエンタープライズ型の電子化を提案していた

通常、アドビが行なうイベントと言えば、そのほとんどがデザイン・プロフェッショナルを対象としたものであり、こうした一般ビジネスマンを対象したイベントはこのAcrobat関連だけが突出している。しかし、中谷氏の示す“暗黙知”がこれからの企業に不可欠なものであるとすれば、本イベントの参加者は、Acrobatの次は“暗黙知”を形のあるものに変えることができるソリューションである、同社のグラフィック、パブリッシング製品に注目すべきかもしれない。

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