筆者自身の行動範囲の狭さもあり、記憶している“戦争”は、時間的にかあるいは地理的にかのどちらかにおいて“遠い”ものだったが、今回の「同時多発テロ」と呼ばれるNew YorkのWTCビル破壊とペンタゴン突入は、いずれも身近とは言えないものの、直接肉眼で見たことのある建物であったため、これまでにないリアル感を感じている。この事件について思うこともいろいろあるが、今回はそのちょっと前に発表されたHP(米Hewlett-Packard)のCompaq(米Compaq Computer)買収を取り上げたい。
「もはや戦後ではない」というのは、昭和31年の経済白書の中の言葉なのだそうだ。9月11日に米国で「同時多発テロ」が発生して以来、まるで「戦前」という気分が世界を覆っているようだが、確かに、「戦後」が終わって時代が変わるタイミングというのは存在するようだ。筆者の関心分野では、HPとCompaqの合併も、こうした時代の区切りと意識される出来事であった。
Hewlett PackardがCompaq Computerを買収することを発表したのは、9月3日のことだった。IT不況が長引き、PC業界も低迷している現在、この合併をその直前のGatewayの日本撤退と合わせて「PCメーカーの生き残り策」と見るのも分かるが、筆者にとっては、この2社はPCメーカーとは感じられず、「ワークステーションメーカー」の数少ない生き残りと思えてならない。
ワークステーションの「戦争」
現在、Web Serviceを巡ってMicrosoft、IBM、そしてSun Microsystemsが争っているように伝えられることも多い。しかし、この3社が直接競合するライバルと見なされるようになったのはそう古い話でもない。かつては、Microsoftは「PC向けのOSメーカー」、IBMは「メインフレーム」、そしてSunは「ワークステーション」と、それぞれ異なるセグメントに属していて、それぞれ違う戦いを争っていると考えられていた時代があった。
Sunが戦い、生き残ってきた戦場は、PCよりも上、メインフレームよりも下という中間層であった。かつて、この部分にはワークステーションと呼ばれた「業務用個人向けコンピュータ」があった。現在ではネットワーク環境を前提とした「サーバ」が重要な存在となっている。とりあえず、PCとメインフレームの間、という位置づけだけは変わらないようだ。
ここでSunと争っていたメーカーは、もちろん時代によっても違うのだが、HPとDECの存在感が大きかった。筆者にとっては、Compaqは「DECを買っちゃった会社」であるため、今回の合併も「HPとDECが合併した」と見えていたりするのでこういう捉え方になる。
かつてのワークステーションは、メーカーごとに異なるアーキテクチャのハードウェアに独自のOSを組み合わせたシステムであった。CPUもそれぞれ独自に設計したものを使っており、バイナリ互換性どころの騒ぎではなかった。こうした「独自アーキテクチャ」間の激しい競争は、結果としてアーキテクチャのバリエーションの減少という形で決着していく。HPは、それ以前にはDomainを吸収したApolloを丸ごと飲み込んでおり、3種類のシステムを統合する形で製品を整理していた。結果として、RISC時代にはPA-RISC+HP-UXのHPと、Alphaプロセッサ+Ultrix(後にDigital UNIX、Tru64 UNIXと名前が変わっていく)という構成のDEC、そしてSPARC+Solaris(以前はSunOS)のSunの3社が中核的な存在となっていった。RISC時代ということでは、Powerアーキテクチャ+AIXという構成のIBMも参入したし、MIPSを擁したSGIもあった。また、もっと遡ればSmallTalkマシンでこの分野を切り開いたXeroxもユニークな存在であった。独自アーキテクチャが競い合う時代は、確かに個性のぶつかり合いでもあり、基本的に価格競争でしかない現在のPC市場とは質の違ったおもしろさがあったのだ。もちろん、ユーザーにとっては「使用中のシステム(アーキテクチャ)の未来が閉ざされる」という痛みを伴う結末に陥るリスクがあったため、面白いでは済まされない真剣勝負でもあった。
多様性の減少
実は、SPARCは、性能面で最高の評価を得たことはあまり多くない。さまざまなベンチマークが行なわれたが、浮動小数点演算性能では同時期のAlphaやPA-RISCの後塵を拝することも珍しくなかった。そんな状況下、正確な時期を記憶していないが(1997年頃だったと思う)、Scott McNealyが「将来生き残る3種のCPUアーキテクチャ」について語ったことがある。
Scottが挙げたのは「Intel x86、IBM Power、SPARC」の3種で、当時直接競合していたAlphaやPA-RISCは含めてもらえなかったのだ。それぞれの生き残る根拠は、Intelはその巨大なマーケットシェア、PowerはIBMの企業としての強力な力であった。いずれも、継続的に投資を続け、改良を重ねて生き延びるだろうと言ったわけだ。もちろん、SPARCに関してもSunが同様に投資を続けるという宣言が同時にあった。当時この発言を聞いて、「性能で負けている面もあるPA-RISCとAlphaを無視するとは、負けず嫌いのScottらしい」と感じもしたが、現時点で振り返ればその予言は見事に的中している。もっとも、将来IBMがPowerを諦める可能性は当時よりも高まっているようだが。
Itaniumがまだコードネーム「Marced」と呼ばれていたときに、HPはPA-RISCとMarcedの将来的な統合計画を明らかにしている。Marcedのインストラクションセットの設計はHPが担当したと言われており、その点からもPA-RISCは将来Intel CPUに統合されるのが自然な流れである。また、DECを買収したCompaqはAlphaプロセッサのリソースをIntelに売却してしまったので、AlphaもまたIntelに飲み込まれてしまったわけだ。OSに関しても、HP-UXもTru64 UNIXもその先行きは明るくはない。HP-UXの方がまだ寿命が長そうだが、最終的にはSunのライバル達はWintelアーキテクチャに押しつぶされてしまいそうだ。
Sunは今も生き残っている。昨今のIT不況ではさすがにダメージを受けているが、それでも存在感を失ってはいない。しかし、この間を勝ち続けてきたわけでもなく、局地的には負けることもあった。以前本連載でも触れたが、ウィンドウシステムやユーザーインターフェイスの部分では分が悪かった。NeWSはX11に負けたし、次いで取り組んだOpenLookはMotifに屈した。ただ、Motifを擁したOSFの中核メンバーにHPとDECがいたことは、結局この争いも局地戦でしかなかったことを意味するのだろう。
Sunは現在、サーバメーカーとして地位を確立し、MSやIBMとの戦いも激しくなってきている。ワークステーション市場で展開された激烈な競争は過去の話となり、HPとCompaqの合併によって「戦後」も終わった印象だ。約束通りSPARCとSolarisは残っているが、競争相手が減ることはSunにとってもいいことばかりではないだろう。この先はさらに、さまざまなRISCアーキテクチャを吸収してさらに強力になったIntelの本格的なサーバ市場進出を迎えるし、IBMも、Powerはともかくサーバ市場ではかなり元気である。この先の展開はかなり厳しいものになりそうだが、Scottはここから先の出来事にどんな「予言」を下すのだろうか?
渡邉利和