9月8日、“第7回アスペン国際デザイン会議 in Japan”(IDCAJ SAITAMA 2001)が埼玉県・越谷市の埼玉県立大学において開催された。ここでは午後に行なわれた分科会から“分科会1 生命科学とデザイン”をリポートする。
●“共生”とは、なあなあの関係ではない
午後は6つの会場に分かれてさまざまなテーマで分科会が持たれた。
その一つである“分科会1 生命科学とデザイン”が、北野共生システムプロジェクト共生系知能グループ研究員の松井龍哉氏のモデレーターにより行なわれた。スピーカ-は、松井氏と同じプロジェクトでシステムバイオロジーグループのリーダーを務める大浪修一氏、宇宙開発事業団宇宙環境利用システム本部JEMプロジェクトチーム副主任開発部員の山口孝夫氏で、それぞれ全く異なる分野からの参加となった。さらに松井氏の隣にはロボットの『PINO』と『POSY』が並ぶという豪華なセッションとなった。
舞台上で披露された『PINO』と『POSY』。分科会終了後は来場者が舞台へと押し掛けたが、残念ながら海外出張直後ということで2体が動くことはなかった |
冒頭、松井氏が午前のパネルディスカッションでの北野氏と浅田氏の話を受け、「設計やデザインを一つの目標を達成するためのものだけではなく、分解して理解していくためのものと認識をしてほしい」と補足、「“共生”とは決してなあなあの関係を築いていくことではなく、多くの中から取捨選択し、相互作用していく中で未来への可能性を探ること」と語った。
●大人気のPINOとPOSY
続いて、3氏の日ごろの仕事や研究が紹介された。
まず、松井氏が開発したPINOとPOSYをビデオで紹介した。ビデオではPINOとPOSYのデザインから、PINOが2足歩行を行なったベネチア芸術際建築展での模様など、各国でのロボットを紹介する場面が盛り込まれていた。
モデレーターを務めた北野共生システムプロジェクトにレジデント・アーティストとして参加している共生系知能グループ研究員の松井龍哉氏 |
その中では、ロボットの隣に絵を描けるスペースを設けて子供たちがそこにロボットの絵を描きこめたり、ファッションショーでモデルと共演させたりなど、ロボットと人が共に生活をしていく姿を人が想像できるように展示に工夫を凝らし、大勢の人が参加できる形をとっていた。松井氏は「このようにすることでテクノロジーを崇めるのではなく、入り込んでいけるようにしたいと思う」と語った。
ビデオではヨチヨチあるきだったPINOが、初の2足歩行の成功から1年の間に確実に歩けるようになる様子が記録されており、ロボットであるにもかかわらず、あたかもそれが子供の成長記録のように思える、印象深いものだった。PINOとPOSYは会場でも大人気で、講演終了後には来場者が舞台のPINOとPOSYの前に押し掛ける一幕もあった。
●受精卵の核の動きをPCで再現
続く、大浪氏は専門のシステムバイオロジーのテーマの一つである“線虫C.elegansの受精卵の細胞分裂時の核の動きをコンピューター上で再現する研究”を紹介した。
北野共生システムプロジェクトでシステムバイオロジーグループのリーダーを務める大浪修一氏 |
この研究は、精子と卵子の核が融合から受精卵が細胞分裂し、線虫の形を形成していく過程を時間で追いかけて断面写真を撮り、画像処理を施して核の3次元位置座標を算出、それをパソコン上で再現するというもの。再現されたものを見ると、それぞれの核が統一された動きで分裂をくり返し、線虫の形を作り上げている様子が分かる。
大浪氏は「このことは生命が発生の初期段階からすでに細かくデザインされ、生命のスタートの時点で個々の細胞のキャラクター(運命)が決定されることを示唆している」と語った。
非常に専門的で一般には分かりにくい分野であるが、大浪氏はこの研究が生命を完全に理解していく上でのアプローチの一つであることを強調した。
●宇宙人になることで地球人の起源を知る
最後の山口氏の専門は宇宙航空学である。山口氏は、有人飛行において宇宙飛行士の心理状態や宇宙での環境変化に人間がどう適応していくかを解説した。
宇宙開発事業団宇宙環境利用システム本部JEMプロジェクトチーム副主任開発部員の山口孝夫氏 |
初めに山口氏は宇宙から見た球状の地球の美しい写真と、欠けた地球が月の地平線から昇る写真を挙げ、この写真から人間が宇宙に出た際に地球上で持っていた価値観がどれほど変わってしまうかを語った。
山口氏は「現在の宇宙船の技術はまだ未熟で、大きさにも機能にも限りがある。いったん宇宙に出た人間は何ヵ月もの間、無重力、高真空、プラスマイナス120度にも及ぶ寒暖の差、さまざまな宇宙線の照射など多くの物理的なリスクを背負う。さらに狭く閉鎖的な場所に隔離され、他の飛行士との共同生活を営むことによるストレスを抱えることになる。これらの問題をどのように解決または軽減していくかが宇宙開発における課題の一つ」と語った。
そして、「地球上に無い環境である宇宙空間はこれからの科学の発展(新しい材料や薬品の開発など)において大きな期待が持たれている」とし、「人間が諸問題を解決して宇宙に適応し、地球人から宇宙人となる可能性を探ることは地球人の起源を求めることにもなるはず」と、山口氏は語った。
●目先の利益ではなく、100年、200年先のグランドデザインを
このように前半は3氏の専門分野についての話だったが、中には一般の参加者が理解するには少し難しい内容も含まれていた。それでも、壇上の3氏はお互いの研究に真剣な面持ちで聞き入っており、松井氏に至っては机に身を乗り出さんばかりの熱意で他の2人の研究内容についてメモをとっていた。
一見するとロボットデザインに受精卵の観察というミクロな研究、宇宙開発というマクロな計画と、全くかみ合わない分野に思えるが、山口氏は、「自分の生活の大半を費す研究をエネルギーを失わずに続けるには研究に対するモテベーションが大切である」と語り、それぞれの研究にかける熱意に共感しているのが受け取れた。
松井氏は人工物であるロボットを人間に近いものとして開発することで、生命とは何か? 人間の存在とは何か?を知りたいと願っており、大浪氏は生命の完全な理解を目指し、山口氏は宇宙を通して人間の起源や潜在的な可能性を引きだすことを目標としている。
最後に松井氏は「月は地球の衛星だが月から見た地球は月のように満ち欠けがある。人から見たバクテリアは寄生者ですが、バクテリアから見た人はただの環境なのかもしれない。このようにそれぞれに自己中心的な、自分を頂点としたヒエラルキーが形成されている世界があるわけです。視点を変えるということは、これらの世界一つ一つを考えていくことではないでしょうか。地球も月も人もバクテリアも単独では存在できず、大小の区別無く互いに相互作用を及ぼしている。上から下へのシステムとしてだけで生物や社会を捉えるのではなく、個々でいかなる関係を築いているのかを理解していくことがこれからの科学といえます」と語った。
3氏のアプローチ方法はそれぞれ違うが、人間を、自分自身を知りたいという願望がその根底にあり、これは科学の基本的な考えである。松井氏は「目標を達成するための切り口は多くあるが目先の利益の追求手段としてのテクノロジーやデザインではなく、100年、200年後にも通用するような価値を持たせたグランドデザインを考えていくべき」とまとめた。
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