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【INTERVIEW】電子書籍の未来とその可能性――イーブック代表取締役社長の鈴木雄介氏にきく

2000年11月25日 17時35分更新

文● インタビュアー アスキーWEB企画室/早稲田大学客員教授中野潔、文/船木万里

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株式会社イーブック・イニシアティブ ジャパンは、11月より電子書籍の流通・販売を本格的に始動した。イーブック代表取締役社長の鈴木雄介氏に、電子書籍の可能性と今後の戦略についてお話を伺った。

[中野] イーブック設立の経緯は?
[鈴木氏] 「私は“電子書籍コンソーシアム”の発起人として、総務会長を務めていました。イーブックという会社は、このコンソーシアムで開発した、電子書籍に関する技術を事業化するために立ち上げたものです。コンソーシアムは'98年の秋に出版社が中心となって、書籍を電子化し衛星で全国の書店に配信する実験をするために発足したのですが、1年半の実験の結果、とりあえず現時点では時期尚早であったという結論を得て、今年3月で終了ということになりました。しかし、“時期尚早”だからこそビジネスチャンスがあるという熱心な意見もあって、会社を設立して事業化することにしたのです」
[中野] どのような形態でビジネスを進めるのですか?
[鈴木氏] 「まず、どの本を電子化するかを当社が決め、著作権を持っている出版社および著者と交渉します。売り上げ比例分の前払いとして最初にいくらかのアドバンスを支払い、“電子化して売ることを”を許諾してもらいます。それ以上売れた場合は、さらにその分の印税を支払うという形です。普通のお店のように、商品の仕入れ、製作、販売、宣伝すべてを当社がやっていきます。だいたい、取次から流れてきた本をそのまま並べ、売れなければ返品するという書店のビジネス形態が、一般的じゃないんですよ。八百屋さんなら、自分の目利きでおいしそうな食材を仕入れて、売るでしょう。売れ残ったら自分のリスクです。イーブックも同じように、自分の眼で選んだ“本”を仕入れ、電子データに作り替えて売るという商売をやっていきます」
[中野] 会社の設立メンバーはどういう方々ですか?
[鈴木氏] 「私は小学館にいたのですが、退職して今回の事業化に踏み切りました。後はNTTやシャープ、日経BP社などを辞めたメンバー4人とともに設立しました。全員、出向などではなく、ここ一本です。共通点としては、皆とにかく本が好きですね。そして、紙の本に対して非常に危機感を持っています。紙の書籍の持つ問題点の解決策としての電子書籍事業に賛同して、集まってきたメンバーです」
[中野] 紙の持つ問題点とはどのようなものですか?
[鈴木氏] 「まず、流通ですね。ある本を全国に行き渡らせるのは大変です。書店に注文しても時間が掛かる。この問題は、電子的に流通すれば瞬時に手に入るわけですから、すぐに解決します」
[鈴木氏] 「また、物理的なコストの問題もなくなります。どんなにプロの編集者でも、初版の部数を的確に決めることはできないんです。作りすぎて余るかもしれないし、すぐに在庫切れになってしまうかも知れない。それにからむ、税金や倉庫代などのコストも大きいですよね。書店側でも棚のスペースは一定ですから、新しい本が入ってくれば古い本を返品しなくてはならない。こうした物理的な限界のため、どんなにいい本でも、売れなければすぐに回収され、断裁されていくことになります。このような物理的問題が、電子書籍ならすべて解決します。初版は何部などと決めなくても、1部からでも販売できるのですから」
[鈴木氏] 「現在、流通している書籍は52万点、1年間に出る新刊書籍は6万点。新刊と同じ数だけ、古い書籍が店頭から消えていくのです。しかし電子化してしまえば、何点であろうが置いておけますから、何年かすれば100万点以上の書籍を我々は自由に閲覧することができるようになります。これは、出版文化を変革するパワーになり得るのではないでしょうか」
[中野] 電子書籍は、どうやって買うのですか?
[鈴木氏] 「電子書籍のデータを、我々のウェブサイトから高速回線を使ってダウンロードしてもらったり、コンビニや書店などに置いた端末から買ってもらったりという形で準備しています。CD-ROMにデータを入れて配布し、パスワードだけをダウンロードしてもらうという販売形態の準備も進めています。決済には、ウェブマネーなど複数の方法を利用できるようにします」
[中野] 価格はどのように付けるのですか?
[鈴木氏] 「価格はとりあえず実験段階として、紙の本の半額を目安に、マンガなら1点300円くらいと考えています。紙の本に定価をつける場合、需要と供給のバランスに加えて、流通や材料のコストを上乗せします。印刷や紙の値段の関係で、部数が多ければ多いほど、つまり売れるものほど定価が安くなります。電子書籍の場合、紙などのコストがかからない分、売れる本も売れない本も、変わらない価格で提供できるのです。逆に、需要の高い商品は高い値段でも構わないわけで、本の中身の価値が、そのまま価格に反映されることになるのではないかと考えています」
[中野] 専用端末ではなく、パソコンの画面上で読むのですか?
[鈴木氏] 「そうです。お手持ちのパソコンに専用ビューアーをインストールして、画面上で読んでもらいます。数年前の、コンソーシアムの実験構想段階では、パソコンの液晶画面はまだ低機能で、ビューアーとして利用できないものでしたが、最近は非常にきれいな液晶画面が低価格で手に入るようになってきたので、特に問題はないと判断しました。電子書籍コンソーシアムというと専用端末を思い浮かべるかもしれませんが、それにこだわったわけではなく、“紙ではなく液晶画面で文章を読んでも感動できるのか”という問題を中心に実験を行なっていたのです。その結果、液晶で本を読んで涙を流すこともできるのだということが実証されました。今後、電子書籍が一般的なものとなれば、パソコンメーカー側が電子書籍専用端末に近い商品を出すなどの市場展開もあるでしょう」
[中野] データの形式は?
[鈴木氏] 「出版社が紙の本を当社に渡して“これで”ということになれば、それをそのままスキャンした画像ファイルになります。出版社側が用意するというのであれば、pdfファイルでもテキストファイルでもかまいません。こちら側でデータを作る場合には、完成した紙の本を1冊預かって、それを1ページずつ画像にするケースが多くなるでしょう」
[中野] 無許諾複製の防止策は?
[鈴木氏] 「無許諾複製を防ぐ技術の実現には一応めどが立っています。今のところ、配布するビューアーに独自のIDをふり、ダウンロードしたコンテンツファイルにもIDを付けて、指定したビューアーでなければ読めないようにする、という提供方法を考えています。会社のパソコンでも家のパソコンでも読めるような方法については、現在検討中です」
[中野] プリント・オン・デマンド、つまりデータをダウンロードしてそのままプリント、製本できる機械を書店などに設置する、というような形態は考えていないのですか?
[鈴木氏] 「我々は、紙資源の問題も深刻に捉えています。“紙の値段は変わらない”というのは砂上の楼閣にすぎない。今後、インドネシアや中国、インドなど人口の大きな国で生活レベルが向上すれば、トイレットペーパーや生理用品など紙製品の需要がぐっと上がります。紙の値段が10%上がれば、つぶれる出版社はいっぱいあるでしょうね。それに、日本ほど紙を浪費している国はありません。1週間に発行される少年マンガ誌は1000万部。文化という名の下に隠れた、出版ゴミの問題は深刻です。紙資源が逼迫(ひっぱく)すれば、まず日本が叩かれることになります。こうした資源問題からも、我々は本の中身を伝えるコンテナとして、紙ではなく、液晶を利用していこうと考えているのです」
[中野] 電子書籍のみで読める本はないのですか?
[鈴木氏] 「現在は、電子書籍のみで提供するコンテンツはありません。作家に書いてもらったり編集する余裕もありませんし、書いてもらうにはまず電子書籍という形態に信用をつけることが先決ですね。よい評判を得られるようになれば、さらに電子書籍を広める戦略として、考えていきたいと思っています」
[中野] 具体的なラインナップは?
[鈴木氏] 「マンガとミステリーが中心です。年末には1000タイトルを揃える予定です。絶版や品切れ状態のものなどを中心にしています。少し前には書店にあったのに、今は欲しくても手に入らないという状況を、電子書籍がカバーしていければと思っています」
[中野] 電子書籍は、紙の本との競合ではないのですね。
[鈴木氏] 「紙の本があるからこそ、電子書籍というものも成り立つわけです。電子書籍と競合するのではなく、紙書籍の市場も、このまま発展してほしいですね。現在の目標としては、電子書籍としては出版の全売り上げの5%、新たな市場が生まれれば大成功だと考えています」

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