このページの本文へ

【INTERVIEW】「日本のIT産業は世界に通用しない」──CyberIQ Systems坂本会長に聞く

2000年10月11日 04時34分更新

文● 聞き手、構成:編集部 佐々木千之

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

米CyberIQ Systems社は、ネットワーク負荷分散装置『HyperFlow』や『HyperWAN』といった製品群を持ち、この分野で急成長しているシリコンバレーの企業だ。同社は'96年に現会長である坂本明男氏が起した企業で、全世界に拠点を持つ。シリコンバレーに新興企業が多い中でも日本人が起業し、世界に製品を販売するほどに成功している企業はほかにない。

日本では政府をはじめ、米国のIT企業トップに、日本のIT産業に対する助言を求めるようなことが多いが、アメリカ人のトップにはわからない日本の状況をわかっていて、なおかつアメリカのIT産業の状況がわかる、坂本会長は貴重な存在だ。坂本会長に会社を起したいきさつと、日本の企業に対する提言をうかがった。

[編集部] まずCyberIQ Systemsのなりたちについてお話いただけますか。
CyberIQ Systemsの創業者で現会長の坂本明男氏
[坂本] 私はずっとNECに勤めていまして、'87年に希望してNECアメリカに出向しました。それで10年くらいNECアメリカにいたのですが、'96年の7月にNECを辞めてこの会社を設立しました。

なぜ作ったかということですが、米国にある日系の企業というのはみんな、日本の会社の子会社なので、ストックオプションが無いのです。シリコンバレーやボストン、特にシリコンバレーではストックオプションのない会社はありません。給与プラスボーナスプラスストックオプションがないと、優秀な人材は入ってこないんです。ストックオプションというのは、必要最低条件です。すべての従業員がストックオプションを持って、ストックオプションが紙切れから本物のドルになることを目指して働くわけです。給与というのは生活のための金であって、大金持ちになるのはIPO(株式上場)か、どっかの会社に買収されて、ストックオプションで手に入れた株がが本物のドルになるということです。だいたいエンジニアだと、うまいこといくと1億円くらいの金が入ってきます。秘書でも何千万円かのお金になります。

例えばストックオプションを1万株もらったとする。1万株をもらったら、4年間会社に在籍しないとそれを自分で買えないんですよ。だから、会社に4年間いることになる。少なくとも1年間はいないと、1万株すべてを失ってしまいます。1年いると4分の1の株を買うことができて、1年後からは毎月毎月48分の1ずつ買う権利が出てくる仕組みです。ですから、ストックオプションはその会社に引き留めておくという手法でもあるんですね。ですから会社は4年経ったらまたストックオプションを提供するわけです。ストックオプションがなくなったら辞めてしまいますから。夢を持って仕事をやるということと、その会社にとどめておくという手段の両方の意味があるわけです。

NECを辞めてこういう会社を起こして、最初はNECが出資してくれました。いまはNECの出資比率は24パーセントまで下がっていて、そのほかはルーセント・テクノロジーとかワイヤレス会社のSKTelecomだとか、クアンタムなどのコーポレートインベスター、それにベンチャーキャピタリスト(VC)です。残りの30パーセントは従業員が持っています。

現在は、開発拠点のサンノゼだけで100名、セールスなどを含めると、全世界に150名の社員がいます。サンノゼが手狭になったので10日くらい前に引っ越しました。オフィスには日本人は私だけしかいません。後はアメリカ人ばかりです。

アメリカ人といっても技術系の開発をやっている連中は、シリコンバレーなどではゼロです。開発しているのはインド人、中国人、フィリピン人など、そういう意味ではアジア系の人ですね。マーケティングやセールスに関してはほとんどが白人、これはどこの会社でも同じで、シリコンバレーの企業の典型的なパターンです。ただ、始めた人が日本人ということが違うのです。

中国人、インド人が始めた会社がシリコンバレーに30パーセントくらいあります。だけど日本人が始めた会社というのはほとんどゼロに近いですね。うちはここまでで4000万ドル(約43億円)投資してもらっていますが、そこまで資金を集めてやっている会社というのはないですね。日本人が始めた会社でここまで大きくなっている会社なんてありません。日本人が始めた会社で、2、3人でやってるなんていうのは、最近結構多くなったけど、10社くらいでしょうか。

自分が努力をして会社を成功させるためにも、フレキシブルなストックオプションがあったり、フレキシブルなボーナスがあったり、フレキシブルなことができないと、優秀な人が採用できないわけです。自分自身についてもも同じで、例えば1日16時間働くとしたら、成功の確率の高い方がやりたい。同じ努力だったら成功の確率の高い努力をしたい。それをやるためには日本の会社にいたんではできない。それで自分の会社を起こしたのです。

CyberIQ Systemsがやっているのは、インターネットトラフィックマネージメントと呼ばれる技術です。いいサイトを24時間365日ダウンタイム無く動くようにして、そのサイトがどんどん大きくなったときに、いままで投資したハードウェア資産を捨てることなく追加することによってもっともっと大きくなれるということをやっています。

CyberIQ Systemsは、北米に4拠点、ヨーロッパではイギリス、フランス、イタリア、ドイツに拠点があります。アジアはシンガポール、香港、韓国、日本とあります。

今はインターネット時代ですから、新しい製品を作ったら、全世界で一気に売り出さないとだめです。アメリカで成功したら他の国へ行こうなんて考えていたら、他の国でシェアがとれません。小さな会社でも全世界に拠点を持って全世界のマーケットを相手にしてやらないとだめなのです。日本でも10年も前から、全世界を相手に商品を売っていかないと商売が成り立たないんだといわれていますが、残念ながらそうはいっていても日本の会社でやってるところはほんの少しですね。特にIT関係の会社でそういうことをやっているのはゼロでしょう。我々は80人くらいの規模になったときに全世界展開を始めました。シリコンバレーでは100人規模の会社であれば全世界に展開しようとしています。

以前はアメリカと日本、シリコンバレーと日本のタイムギャップが例えば3年程度あったものが、今はほとんどなくなりました。一番進んでいるアメリカで使っているものはどこの国でも使いたいわけです。日本でも当たり前になったオンライントレーディングですが、そういうことをやっている会社はアメリカで使われているものをすぐに使いたいわけです。全世界で使えなければ、結局そういう会社では使わない。だからわれわれも全世界で売り出しているのです。

もっともっとマーケティングを

[編集部] アメリカに出向された時点で、独立しようとか、そういったことを考えていらっしゃったのですか?
[坂本] 考えてなかったですね。私は'79年からずっとパケット通信技術ばかりやっていました。いま通信はほとんどがパケットの世界になっていますね。NECで私がパケットを始めて'86年くらいに売り上げで100億を超えたんです。でも日本で勝ってただけじゃ世界一とはいえない。アメリカに行って製品を開発してそれを全世界に売りたいと、そういうことでアメリカに行ったんです。

ところがアメリカに行って7、8年経ったら「どうも日本の会社は違う」と感じ始めた。じゃなにが違うんだろうと。アメリカでは2、3人で会社を起こして10年でぱっと大きくなってしまう。今だと5、6年ですが、当時は10年かかりました。日本の会社ではどうもそういうことはない。ということを考えまして、いろいろ調べたら理由の1つはストックオプションだった。

また別の1つには、日本の会社はマーケティングというのがゼロに近いということがあった。アメリカの会社はマーケティングにかなりお金を使って、全世界にブランドを売りこんで、自社の製品を全世界に知らしめることをやります。“Perception is Everything”(※1)なんてことを言うんです。こういう会社があって、こういう製品があるよということを世の中に知らしめることができれば自然とものは売れる。反対に、いくらいいものでもPerceptionを作れなければ、Brandingができなければ、売れない。

Perception is Everything。認知(させること)がすべて、広告がすべてという考え



だけど日本の会社でBrandingとかPerceptionとかやっているところはほとんどない。結局開発には金を使ってもマーケティングの方には金を使わない。もう少しクリエイティブなマーケティングをやらないと。マーケティングをいかにやるかというのが、会社が成功するかどうかのかなりの部分を占めるわけですよね。日本の企業では、マーケティングに金を使っているといえるのはソニーくらいじゃないでしょうか。

ストックオプションにしてもマーケティングにしても、経営の仕方もフレキシブルというか、ビジネスゲームを自由に展開できないと、会社は成功しないわけです。逆にビジネスプランがあって、いい人が雇えて実行できれば成功できると。そういう会社の経営的な問題を自分でやりたいと考えて始めたわけです。
[編集部] 起業されるときにほかの日本人とでなく1人だったのは、パートナーとして適当な日本人がいなかったからですか?
CyberIQ Systemsの創業者で現会長の坂本明男氏
[坂本] そうですね。例えば中国人の会社では、社内のほとんどが中国人です。もちろんセールスとかマーケティングとか白人もいますけれど、経営陣は中国人ですね。インド人ならインド人、韓国人なら韓国人といった具合です。日本人は、日本人同士でやっているという会社はないですね。だから、シリコンバレーで、エグゼクティブになるくらいの実力がある人で、1人でシリコンバレーに行って成功させようという考えの人は非常に少ないということでしょう。

中国、インド、台湾、香港、韓国の人々は、もう大学はアメリカで出て、マスターをとって、MBA(経営管理学修士号)をとってそれでアメリカの会社に入り、何年か経ったら自分で会社を起こそうという人がものすごくいます。日本の場合、日本人でスタンフォード大学でMBAをとるとか、ハーバードでマスターをとるとかいうのは、大企業からの派遣の人ばかり。だから卒業すると日本に戻っていく。だけど、先ほどの国々ではアメリカの企業経験をした人が会社を経営しています。日本はそういう点で恐ろしいほど遅れているんですよ。みんな日本のやり方しか知らなくてね。

変わらない日本企業のビジネス感

[編集部] それは坂本会長が渡米された'86年当時から変わっていないのでしょうか?
[坂本] 変わっていません。シリコンバレーの日本人が1万人いるのか5000人いるのか知らないですけれど、個人できているのはその中の5パーセントくらいでしょう。あとはみんな出向ですね。それも日本の子会社に出向で来ている。だから、誰か日本人がシリコンバレーで会社を起こそうと思ったとき、日本人でパートナーが見つけられるかと言ったら非常に見つけにくい。だけど本当は、日本人同士で始めた方が理解しやすいはずです。お互い文化が同じだから。成功するチャンスも高いんじゃないでしょうか。
[編集部] シリコンバレーでは小さな企業でも全世界に一斉に製品を売ろうとするというお話がありましたが、それにはかなり資金が必要だと思います。各社はVCにお金を出してもらってそういうことをやっているのでしょうか。そうであれば、大企業は別にして日本企業が世界的マーケティングをしないのは、シリコンバレーにおけるVCのような資金の流れがないからでしょうか?
[坂本] そういうことも考えられますね。それに、まだまだ日本の経営というものに対する考え方は、「赤字はいけない。だから、儲かったお金で次のことをするんだ」という、いわゆる“スモールスタート”なのです。儲かったら儲かったお金で、地域を広げるとか製品のラインアップを広げるとか、徐々に拡大していく。ビジネス経営というものはそういうものなんだというのが日本の経営学です。しかしそれはインターネット時代には通用しないということがまだ浸透していない。だから日本のVCもそういうことがわからない。

経営方法をもっともっとドラスティックに変えて行かなくてはいけないということが、日本企業はまだわかっていない。そういう点で日本企業はこれからワールドワイドで勝っていけるのかなと。もう、日本のIT産業は危機的状況にある。自分ではなにも作れなくなって、みんな外国からものを買わなくちゃいけなくなってしまう。

私が小さい頃は、日本は資源がないんだから原材料を輸入して加工しそれを売って、そうやって日本の国を成していくんだと習った。ところが今後、インターネット時代、インフォメーション時代になったら、そういうやり方が、どうも日本はできなくなってくる。そうしたら、日本はどうやっていくのか。いまは輸出の超過分で、外貨がどんどん貯まっているけれど、その貯まった外貨で何年間か食っていくしかなくなっちゃうのかと。

このままIT産業にどんどんシフトしていくと、日本はものを作れなくなってしまう。作ったものは国内でしか競争力がなくなる、そうなると輸出できないから外貨獲得もできない。今は危機的状態にある。しかも勝つ方程式が見つからない。いまは外から見ていると負ける方程式しか見えない。ここを何とかクリアしないと大変なことになる。でもちょっとやそっとじゃクリアできないなと感じています。

先ほどいったように、中国や台湾や韓国の人はスタンフォードなんかでMBAをとって、アメリカで経験を積んで、経営はこういう風にやらないと今後はだめなんだというのをみんな学んでいる。しかし日本は学んでいない。経営に関してもアメリカのやり方がワールドスタンダードになってきて、アメリカのやり方のゲーム展開になってきています。だから今までと同じ日本のやり方でやって、全世界に勝っていける状況ではないのです。
[編集部] アメリカのVCの意識というのはどのようなものでしょうか。企業を育てるという意識なのか、あくまでも投資の対象というビジネスライクな意識なのでしょうか。
[坂本] VCはほとんどが自分たちはその企業を助けるんだという考えです。助けるというのは、経営に対してああしろこうしろというのではなく、取締役会議に出て話を聞いて、例えばうちが、「今マーケティングのトップがほしいんだ。だれか知っている人はいないか」というと、VCが一生懸命探してくる。あるいは次に新しい事業をやるんで、もう少し金が必要だというと、いろんなVCにあたってくれる。助けてくれるというのはそういうこと。経営の仕方を、ここが間違っているんじゃないか、あそこが間違っているんじゃないかというようなことはあまりない。ただ、あまり業績がよくないようなら、そこの経営会議でこのCEOじゃない方がいいんじゃないか、ということでCEOを探してくることもやる。
[編集部] 最近は海外のIT系企業の日本進出が多いのですが、そういう企業の記者発表会では「日本は米国に次ぐ第2のIT市場」だという言葉をよく聞くのですが、坂本会長から見て日本市場はいかがでしょう。
[坂本] 最近はクエスチョンマークになってきていますね。むしろヨーロッパの方が大きい。日本よりもそのほかの国の方が売りやすいということがあります。日本に売ると、品質に対する考え方が世界標準と違って、非常に品質を追求するということで、工数がかかって、コスト高になるということがある。

ことITにかけては日本はまだまだ大きなマーケットではありません。携帯ということだけは大きなマーケットかもしれませんが。ITマーケット、IP(Internet Protocol)マーケットでは第2の大国では無いんじゃないかという気がします。人口比でいえば韓国なんか日本市場に比べて大きいですね。

“品質”に対する考え方

[編集部] 日本がアメリカに比べて品質を気にする市場であるということはなんとなく理解できるのですが、ほかのアジア諸国と比較してもそうなのでしょうか。
[坂本] 日本以外はみんなアメリカンスタンダードで大丈夫ですね。日本の品質に対する考え方は、社会効率全体から考えた品質ではないように思います。要するに、品質オーバーだということです。99.99パーセントの品質を、99.999パーセントに上げるには、倍の工数、倍の開発費をかけないとできません。いまソフトウェアではバグフリーなんてありえないですよね。OSが大きくなり、その上のソフトウェアも大きくなっている。通信機器だってハングアップするんです。ただ日本ではその理由を徹底的に追及する。どこの会社でもそうそう理由はわからない部分もある。10人で1年間かければわかるかもしれませんが。
[編集部] 品質を非常に重視する日本の考え方は、世界で通用しないのでしょうか。
[坂本] 何年か前までは東京=大阪間の電話代が1分間200円位したでしょう? アメリカで同じ時期、ニューヨーク=サンフランシスコ間が1分間50セントですからおよそ4分の1の値段です。でも距離は東京=大阪の10倍くらいある。交換機なんかもニューヨーク=サンフランシスコ間の方が多いわけですが、それでも安い。それが社会効率というか経済効率が優れているということです。

つまり日本で要求されているところまで品質をよくしたとして、それが日本の社会効率や生産性にどれだけ貢献しているのかということを考えてみてください。貢献とは東京=大阪が200円でなく50円で通話できることでしょう。それが高いということは社会効率がよくないということです。

もちろん、日本の品質にあわせれば世界で通用する品質であるという考えもあるし、努力はしているが日本企業ですら、現在のコストレベルでは要求する品質にあわせられなくなっている。その辺も日本は社会効率という、全体から見た考え方に変えないといけないと思います。バランスの問題なんです。代替えのきかないものについては品質をよくしないといけないですが、代わりがあるとかリトライすればできるとかであれば、そこまで品質を追求しなくてもよいのでは無いかと思います。

戦後、日本の製品は安かろう悪かろうということをいわれて、品質を良くしようとしてきたが、ある点を超えてしまったんでしょうね。ここいらでちょっと是正しないと日本経済が世界に太刀打ちできないのではないでしょうか。

(10月5日、CyberIQ Systems日本事務所にて)

カテゴリートップへ

注目ニュース

ASCII倶楽部

プレミアムPC試用レポート

ピックアップ

ASCII.jp RSS2.0 配信中

ASCII.jpメール デジタルMac/iPodマガジン