このページの本文へ

【連載コラム メディア呑氣堂】第18回 本日の出物――楽器を作る(IAMAS“DSPサマースクール”の場合)

2000年09月19日 18時20分更新

文● by Yuko Nexus6

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷
Max/MSPってこんな感じ。佐近田展康氏のワークショップで配られたプログラムを講義中に筆者が編集したもの

前回本欄でご紹介した“フィリピン・カリンガ族の手作り楽器”とはうって変わって、今回はDSP(デジタル信号処理)を駆使した音楽プログラミングの世界へ。かたや素朴な竹製楽器、こなたCPUフル回転の最先端コンピューターミュージック。しかし“楽器を手作りする”という点では同じ……。大垣市のIAMAS(岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー)にて9月13日から17日に行なわれた“DSPサマースクール2000”の模様をお伝えいたします。

昨年に続いて2回目の開催となるこのワークショップでは、Macintosh上で動作するMax/MSPというプログラミング環境を、パワーユーザーである国内外のアーティストが直伝。65名(定員一杯)の受講者はイーサネットで繋がれた手元のマシンで実際のプログラムを走らせながら学んでいく、という趣向。連休がらみとはいえ平日を含む5日間の講座に、仕事や学校を休んで日本各地(国外1名)から集まった受講者は、さて何を得たのでしょう?

何が彼らを惹きつけるのか……

「Max/MSPとは何か?」を語るなら分厚い本一冊書いても足りないでしょう。非常に単純に言えば“自分好みの楽器(シンセ、サンプラー、エフェクタetc.)を自在に作り出せるツール”。しかしそれだけではありません。様々な情報を操り特別な場を作り出すインスタレーション作品にも多く使われていますし、「Max/MSPでプログラムを組むこと自体が作曲行為である」と語るコンポーザーもいます。

僕の好きなアーティストが使ってるって、雑誌で読んだんすよね。だからどんなものか知りたくって」

「チュートリアルはひと通りやったんですけど、独習の限界を感じて……」

「回りにユーザーが誰もいなくて、いくら『Max/MSPってすごいんだ!』って言っても全然わかってもらえない。どんな人がどんな風に使ってるのか興味あるんです」

こうして受講の動機を聞いてみると、Max/MSPのプロフィールが浮かび上がってきます――その存在を知ると気になって気になってしょうがない。いったんハマると決して手放せない。クリエイターの創造力を刺激してやまない汎用性。そして誰もが知っているツールではなく、一部の濃いユーザーに支持された“秘儀”。もちろん道具とわりきり軽い気持ちで使うのもOK――。

受講者のプロフィールも様々。美大、音大、メディアアート系専門学校の学生や講師にはじまりゲーム業界人(プログラマ、ゲーム音楽)、情報処理関係、音響・楽器メーカー勤務、サウンドエンジニア、プロアマの作曲家やミュージシャンなどなど。受講生の興味感心のベクトル、Max/MSPに対する知識やスキルがばらばらなこともあって、手取り足取り式の講習会を行なうことは不可能かつ無意味――おそらく主催者側ははそう考えたのでしょう。講師それぞれが自分の作品を紹介しつつ、その中でいかにMax/MSPを活用しているか、というケーススタディ方式でワークショップが行なわれました。

ひとコマ2時間半、5日間10コマの内容を抜粋すると……

'70年代からのキャリアを誇る現代音楽家カール・ストーン氏(サンフランシスコ)は、初期のテープ作品から語り始めます。パソコン以前の機材で作られた作品のアイデアをいかにデジタル環境で発展させつつ新しいものを生み出すか。Max/MSPで自作した機能的なモジュールを紹介しつつ、作曲の秘密を明かす、といった内容。

『Sound&Recording Magazine』誌でMSPに関する連載を担当する佐近田展康氏は“機械歌唱の未来”と題したワークショップを展開。“マシンが歌う”曲がいくつも紹介されます。MacのPlain Talkを使うもの、DSP処理によるフォルマント合成など「いかに機械に自然に歌わせるか」というテーマを追求。まるで人間のように歌うコンピューター。しかし、いかに人声に近づこうとも抜きがたくあるキカイっぽさ。そこから生まれる独特のなまめかしさ……うーん、たまりません! このあたりにビッと来た方は10月16日発売の彼のソロCD『時計仕掛けのエルメス』(childisc records)を購入されてはいかがでしょう?

パリ在住の後藤英氏は、Max/MSPに強力なビジュアル表現力を与えるライブラリー『NATO』の他、アムステルダムのSTEIMで作られた『BigEye』、『Image/ine』を紹介。音だけでなく映像も自在に操れる、また外部の映像情報とインターラクションするツールを作品例とともにデモしてくれました。

赤松正行氏(IAMAS)は、ネットワークに繋がれた50台のiMacを使用したインスタレーション“incubator”('99年、神戸ジーベックホール)のシステムをそっくり教室内に再現。インターネットにおいて音声やビデオのストリーミングに使われているUDP/IPプロトコルを使った授業を行ないました。

講師席の赤松氏がMIDIノートをブロードキャストすると、受講者65人分のマシンから一斉に「ポーン!」と音がとび出します。送信先を個別指定すれば、音の伝言ゲームやランダムな送信も可能。MIDIデータよりもかさばるオーディオデータの場合はパケットごとに送り出されます。44.1kHz1秒間の音声データはMax/MSP上で4万4100個のデータに分けられ、0.01秒ごとに1個ずつ送信。こうするとまるでボーレート2400のモデムが一般的だったむか~しの通信のように、1秒の曲を受信するのに44100×0.01=441秒もかかっちゃうんですが、とにかく届く! そして時々刻々送信されるデータをメーラーやブラウザーからではなく、音楽用(?)のプログラムから監視できるという不思議。

「いままで何の気なしにネットとか使ってたけど、データってあんな風に流れてたんだなぁ。ネットの仕組みを耳で聞いて肌で感じるなんて初めての体験!」――ある受講者の感想です。ひとつ講座が終るごとに、受講者同士アイデアや感想・疑問を交換するのがまた楽しい。充実した講義内容にも増して、こうしたMax/MSPユーザー間の交流が得がたい体験となっていったのです。

生きた作品の中の“技術”

一部の受講者からは「初心者向けの特別コースを作ってほしかった」、「あんなすごいプログラム見せられてもわかんない」という声があがっていたのも事実。各ワークショップやディスカッションタイムにおいて、プログラミング技術よりむしろ、作品論、芸術論、哲学が重視されています。「そんなややこしい話どうでもいいよ。ちゃんとMax/MSPの使い方教えろよ!」とイライラしていた参加者がいたかもしれません。

しかし、生きた会話を知らずして文法規則をつめこむ英語教育がてんで役に立たないのと同様、作品の実例とその背景を抜きにしてMax/MSPのテクだけを伝授するなら有り難みも激減するでしょう。事実“作品論”を語る中で紹介されるプログラムに、かなりのTips(それこそ料理名人のコツのようなもの)が含まれている――ある程度Max/MSPを使ってきた人間なら、それを発見することができます。そしてビギナーにとって今は遠くにかすんで見える“アーティストの芸術論”も、いざ彼や彼女が作品づくりをする段階に到った時には、腹の底からじわじわと(それこそ七年殺しのように)効いてくることでしょう。

講師の中で最も多く哲学的な問を発し続けた三輪眞弘氏(IAMAS)は、『目には目を、テクノロジーにはテクノロジーを』と題するワークショップでこのように語りました。

「テクノロジーを使った作品に対して『技術的には凄いものを使っているが、内容がない』といった批判がよく聞かれるけど、みんな無意識に“技術”と“内容”を分けて考えてるみたいだ。これは現代的な“技術による心の疎外”に見えて、実はヨーロッパに昔からある“科学”と“宗教”を分離して考える古典的な思考法じゃないだろうか。僕は、空気のように今の社会を覆っているテクノロジーの本質を、テクノロジーを使って批評する態度でいたい」

三輪氏が今年発表した創作オペラ『新しい時代』他、数々の作品で使われたプログラムは当人曰く「少ない知識をなんとか組み合わせて目的を達成する式の洗練されていないもの」。そのプログラムに、しっかりと意味づけをすることの方が大切だと強調されていました。たとえば、ランダムに重複しない旋律を奏でるプログラムを作ってうまく動いたとして、そこで終るなら“実験が成功した”というレベル。その“重複しない旋律”に意味を見つけ、与え、表現するところからが作品づくり、というわけです。このことはMax/MSPに限らずあらゆるテクノロジー(と、それを使った芸術表現)にあてはまるのではないでしょうか。

何かを手を動かして作ることは、我身に対象を引き寄せます。Max/MSPについていえば、自分の目的にかなった楽器や音楽づくりのシステムを作ることで音楽がより近しいものとして新しく聞こえてくることでしょう。科学技術の世紀であった20世紀から、21世紀に行こうとしている我々にとって、この“実際にやってみる”ことは、大切でそして実に楽しいこと。試行錯誤の苦しみ、発見と達成の喜び、思わぬ結果に驚き呆れ驚喜する――それがMax/MSPの醍醐味!

さあ、この長々とした文章を読んでいるうちに「Max/MSPって一体なに!?」と気になってきた人、いませんか? ひょっとしたら貴方は来年の夏、大垣に来ることになるかもしれませんね。

最後に今回のワークショップで通訳の任を果たされたモーリー・ロバートソン氏、裏方をつとめたIAMASの学生さんたちに拍手を贈り、本日の呑氣堂閉店とさせていただきます。

Yuko Nexus6プロフィール

ライター&Mac音楽家。滋賀県彦根市在住。'95年に翔泳社から出版された著作『サイバーキッチンミュージック』(絶版)は、Macintoshを使った"カンタン音楽制作"のバイブルとして一部で有名。'99年にはヲノサトル・プロデュースによるCD『NEKO-SAN KILL! KILL!』(KACA0085)をカエルカフェからリリース。Web絵本『かえるさんレイクサイド』ではイラストを担当……など、おとぼけ路線の活動を主体に地方都市でのんびり暮らしている。http://www02.so-net.ne.jp/~nexus6/index.html

カテゴリートップへ

注目ニュース

ASCII倶楽部

プレミアムPC試用レポート

ピックアップ

ASCII.jp RSS2.0 配信中

ASCII.jpメール デジタルMac/iPodマガジン