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進まぬサイバー美術館構想。デジタルアーカイブの期待と現実

2000年09月18日 20時01分更新

文● ジャーナリスト/高松平藏

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京都市や京都商工会議所が中心に'98年から進めてきた“京都デジタルアーカイブ推進機構”。このプロジェクトを発展させた“京都デジタルアーカイブ研究センター”が設立され、今月14日に本格的な稼動を開始した。今回は同センターの1事業である“マルチメディアモデル美術館”の実際に焦点を当てる。

“京都市大学のまち交流センター”。今月14日から本格稼動した京都デジタルアーカイブ研究センターがある

業務に反映しにくいデジタルアーカイブの意義

京都の歴史や伝統、文化をデジタル化することで保存および蓄積を図る、さらには活用することで新産業の創造につなげる――これがデジタルアーカイブ事業の目的だ。

このほど設立された京都デジタルアーカイブ研究センターの1事業には“サイバー美術館構想”というものがある。同市市内にある約150の美術館や博物館をネットワーク化し、ネット上であたかもひとつのミュージアムを登場させようというものだ。

同事業は郵政省の外郭団体、通信・放送機構(TAO)のマルチメディアパイロットタウン構想などの一環で、京都市がその企画立案を担当するもの。'99年度に採択され、2004年までの継続的事業として進められている。

同市は“京都ベンチャー”と呼ばれるように、ハイテクやITのベンチャー企業が集積している。また、アーカイブ事業の推進をはじめ、“デジタルシティ京都”といった構想を産官学をあげて打ち出している。伝統的な都市である一方で、デジタルに対して進取の気風がある。しかし、サイバー美術館事業の進み具合は思わしくない。

サイバー美術館とは、市内美術館のリンクを張ったサイトということになる。しかしながらリンクを張ろうとしても、肝心のミュージアムがホームページを持っていなかったり、収蔵品のデジタルアーカイブ化が進んでいないのだ。同事業のまとめ役である、中村好宏氏(同市総合企画局 情報化推進室)によると「市内の美術館は所蔵品のデジタル化に積極的ではない」という。

「アーカイブ事業のメリットを提示している」という京都市市総合企画局、情報化推進室の中村好宏氏

大きな理由のひとつは、ミュージアム側の意識だ。ウェブで収蔵品を公開すると、来館者が減るという考え方が支配的だという。しかしながら、公開することで、逆に来館者が増えるというケースが海外には多いという。「人はネット上で所蔵品を見てしまうことで、実物が見たくなるというものだ」(同氏)。

また、日本の美術館運営のあり方にも原因がありそうだ。美術館で働く学芸員は“雑芸員”と呼ばれるほど、あらゆる業務をこなさねばならない。その上に所蔵品のアーカイブ化などといった仕事が増えてはたまったものではないというわけだ。中村氏は市内ミュージアムを結ぶ団体と交渉を続けているが、なお理解と実行には時間がかかりそうだ。

京都市には大小さまざまな約150のミュージアムがある。文化の集積度は高い(写真は京都文化博物館)

自己増殖のムーブメントづくりがカギ

「アーカイブ完成後の価値が見えないのが難点です」

と中村氏は言う。ここ数年、ようやく“デジタルアーカイブ”という言葉そのものはよく知られるようになってきた。しかしながら、デジタル化の作業そのものは地味で時間もかかる。アーカイブ事業の真価は見えにくい。「事業の成功は、その価値を理解してもらうことが大切だ」(京都デジタルアーカイブ研究センター副所長、清水宏一)

ところで、デジタルアーカイブの持つ価値に早々と目をつけた人物がいる。ビル・ゲイツ氏がそうだ。'89年、同氏の出資によってCorbis社が設立された。同社は写真とファインアートのコンテンツプロバイダーで、博物館、図書館、一般のコレクター、プロの写真家、イメージプロバイダーらと次々と協力関係を構築している。'99年5月にはニュース写真のエージェンシー、Sygmaを買収している。

こうして収集した世界中の写真コレクションは6500万にもおよぶ。オンラインで210万以上のものが利用できるという。同社は版権を獲得しているかたちだが、こんな動きに対して、「デジタルアーカイブに価値を見出した大企業だからこそできる資本投入だ。しかし、行政にはそれほどの資金力はない」と中村氏は言う。ちなみに、今年7月には本年度の京都市美術館の作品購入積立金の予算化を見送りが決まるなど、同市の財政状況は厳しさを増している。

それだけに、京都市内のミュージアムが自律的に所蔵品のアーカイブ化に着手できるようなムーブメントを作り出せるかがカギになってくる。とはいえ、コストは誰が負担するのかといった現実的な問題もある。「アーカイブによる成功例がほしい」(同氏)。

京都の文化資産を活かせるか(写真は京都市市役所)

文化が経済を興隆させる時代だ

ウェブによる所蔵品公開に抵抗感のある京都市内のミュージアムだが、中村氏は教育利用が“はずみ車”になると見出している。たとえば、子供たちがレポートを作成するようなときだ。ミュージアム所蔵品の写真を能動的にアクセスし、使用できるようにするといったケースが考えられる。こういった提案に対して、「比較的ミュージアム側のハードルは低い」(同氏)。

いずれにせよ、これまでは産業が文化を創ってきたという枠組みはある。しかしながら、「文化が経済をさばく時代に入った」と中村氏はみている。文化の情報化によって新たな産業創出のポテンシャルは高い。

ちなみに、'99年7月には三大寺隆繁氏(京都経済同友会副代表幹事)を会長とする京滋奈三・広域交流圏研究会は“日本の新文化創造エリア”を発表。文化を重視した産業や生活圏づくりを提言している。

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