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【連載コラム メディア呑氣堂】第17回 本日の出物――楽器を作る(フィリピン・カリンガ族の場合)

2000年09月08日 21時43分更新

文● by Yuko Nexus6

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この世で最もシンプルな(?)楽器『Tungatung』の演奏風景

夏は各種研修会、ワークショップが行なわれる季節。今回の呑氣堂では、8月22日神戸ジーベックホールで行なわれた“第6回世界の民族楽器紹介・体験会――フィリピン・カリンガ族の音楽と楽器”の見聞記をお伝えいたしましょう。ルソン島の山岳民族であるカリンガ族を招いて彼らの民族楽器を実際に手作りし演奏方法も教えてもらっちゃおう!という面白げな内容。そして特筆すべきはこのワークショップが“教員対象”であったことです。

どうなる!? 日本の音楽教育

2002年度からの文部省学習指導要領改正には「音楽教育に日本の伝統音楽・世界の民族音楽を取り上げること」と明記されています。今まで西洋音楽一辺倒だった日本の音楽教育に新風を吹き込む実にナイスな発想と見受けられますが、現場は大揺れに揺れております。とても量産できそうもない和楽器をどうやって生徒に行き渡らせようっての?という即物的な問題。何より音楽教師自身が西洋音楽以外の教育を受けていないという現実。そこで老舗の音響機器メーカーTOAが「先生方の悩みや戸惑いを解決する一助ともなれば」と自社運営のジーベックホールを開放しワークショップ開催とあいなったわけ。

午前11時、会場には50名あまりの小中学校の先生が集合。企画立案にあたった神戸大学岩井正浩教授の前説に続いて案内役の中川博志氏から講師が紹介されます。ミュージシャン、アーネル・バナサン氏とその弟で楽器職人のエドガー・バナサン氏。午前中はお二人の解説付きビデオで「カリンガ族の音楽ってどんなの?」ってところをお勉強。

美しい棚田が広がるフィリピンの山岳地帯。ここには文化・言語を異にする5つの民族が暮らしているが、なかでもカリンガ族は音楽と舞踊に優れた民。素朴な村の生活、そして祭の音楽……と、一通り紹介を終えて昼食休憩。ここまでは教育番組をひとつ見たようなもの。「田舎には変わった風俗や音楽があるのねぇ」とまるで自分とは何ら関係のない世界を遠くから鑑賞している段階と申せましょう。が、午後になっていよいよ実際の楽器制作が始まりますと“よそごと”がどんどん“我がこと”となり、ぐんぐん楽しくなってくるのであります。

さあ、楽器を作ろう!――簡単だよ

カリンガ族の楽器のほとんどは竹製です。ホール内の椅子はすべてとり片づけられ、スタッフが六甲山麓から切り出してきたという竹がごろごろ。鉈や鋸、カッターなど道具がずらり。そして現地から持ってきたカリンガの伝統楽器が並べられました。素朴な竹細工である彼らの楽器――打楽器、笛、口琴etc。Balingbingという打楽器は竹筒に切れ目を入れたもので、打ち鳴らすと「びぃ~~ん!」と豊かな倍音が響きわたります。そしてなんと竹製のギターも。

僕らの村には電気がないんだけど、一ヵ所だけラジオを聞ける集会所があるんだ。そこでいろんな西洋音楽が聞ける。ギターの音が素敵だと思ったから山に竹を取りに行き、工夫してギターみたいな音が出る竹の楽器を作ったんだよ」(アーネルさん)
 うーん、弦の代わりに竹の皮を削いだものがうまいこと張ってあります。ギターの真似だけどギターじゃない。オリジナリティー溢れる独自の楽器。クリエイティブやなあ!

しかし竹ギターは作るのがかなり難しいので、前述のBalinbing制作法をエドガーさんがデモンストレーション。

「竹を二つに切ってカッターで真ん中に印つけます。はい、ここまで切って、ここをこう削いで……」

みるみるうちに出来上がる楽器。その間わずか3分たらず!?場内からは感嘆のため息が。そりゃ彼はプロの楽器職人ですから手際が鮮やかなのは当然。参加者は手に手にカッターや鉈を握って、以後2時間ばかり竹工作に奮闘。まるで巨大な工作教室です。先生方は皆、子供に戻ったような面持ちでわいわいと楽しんでおられました。

次は演奏だ!――簡単だけど友達がいなくちゃ

負傷者1名(カッターでちょっと切っちゃった程度)を出した他は大過なく楽器づくりは終り、いよいよ演奏法の伝授です。当日はBalingbingの他にもっとシンプルな打楽器(Tungatung)と笛(Saggaypo)の制作が行なわれました。これほんっとに簡単です。竹を二つに切るだけ、以上!

Tungatungは片方に節を残した手ごろな大きさの花活けみたいなもの。この演奏方法がまた呆れるほど単純。固い木の台に打ちつけるのです。その際、節のある底部を打ちつけ、上の開口部を手で塞いだり開けたりを交互にくり返す。これを超安直に試してみるには……そうですね、トイレットペーパーの芯のような筒の一方をガムテープか何かで塞ぎ、しっかりした床かレンガに底を下にして「ポン」とやる。次は筒の上を掌で塞いで「トン」。ポン、トン、ポン、トン……以上です。竹でやるとほどよい反響をともなっていい感じの音が出ます。が、これじゃすぐ飽きちゃいそう。

実はカリンガ族の音楽には「常に6人以上が組になって演奏する」という決まりがあるのです。彼らにとって音楽は一人で奏でるものではなく、常に仲間と一緒に。即ち友達いないヤツは音楽できないんですね。

6人の先生がそれぞれ自分の作った竹筒をもちよって座ります。最初の一人が「ポン、トン」と始めたら、二人目はそのビート(拍)の裏に入るように「ッポン、ットン」、三番めはまた表打ちで「ポン、トン」――奇数の人は表、偶数は裏という具合に拍子を打ち分けるのです。実際にやってみると、とても複雑なポリリズムのように響くから不思議。竹の長さがまちまちだから各Tungatungの音が異なっているのに加え、開放かミュート(筒を塞ぐ)かの違いも相まって、いついつまでも聞き飽きぬ絶妙なリズムと音響が沸き出すのです。

ここに笛も加わります。カリンガの笛SaggaypoもTungatungと同様、節を残して切った細い竹筒。長く「ふー」短く「ふっ」と吹くのを交互に、やはり6人組で演奏します。これなんかビールかサイダーの瓶を吹いて音を出すのと全く同じ。いくつかのグループにわかれて練習後、最後は全員で「トン、ポン」や「ふー、ふっ」を合奏し、そこにBalingbingやGansa(銅鑼)も加わって踊り回りながらの大カーニバルに!まるで午前中に見たお祭のビデオみたいです。ふだん音楽教師として教壇に立っている先生たちは(おそらく)自分の生徒たちよりも生き生きと楽器を演奏し、カリンガ族の祝祭音楽の中にとけ込んでいったのです。

音楽を学ぶといふこと――“楽しい”だけじゃすまされない??

ソリストが一台の楽器でたくさんの音を出す――それが西洋音楽のスタイルだとすると「楽器は2種類の音しか出なくたっていいじゃん。皆でやれば楽しくなるよ」というのがカリンガ式。そして楽器を一から手作りし、演奏方法を教わるうちに、その民族がもっている音楽の構造や意味合いを一つずつ体で理解していける。「これこそ音楽を学ぶことの原点ではないか?」と、小学校時代音楽の時間がいっとう嫌いだった(楽譜がどうにも読めなかったため)私なんかは思ったのですが、先生方も同感のご様子。まる一日をかけたワークショップの最後に設けられたフリーディスカッションでは「楽しかった!」の声が続々。

しかし“楽しい”だけではすませられないのが教師というもの。ある先生が「とても楽しかったんですが、こうした音楽を生徒にやらせたとして、いったいどうやって評価したらいいのか悩むところです」と問題を提起されました。「評価ねぇ?カリンガ族は音楽を評価するのだろうか?」などあれこれあって、通訳をつとめておられた中川氏がバナサン兄弟に「そもそもカリンガに“音楽”という言葉はあるの?」と質問。

アーネル氏「Music? MusicはMusicだよ」

中川氏「Musicは英語でしょ?カリンガの言葉では?」

アーネル氏、しばし考え、

「たとえばGansaをもって踊ることを“タチョ”って言うね」

そう、カリンガ語には“音楽”というひと括りの言葉ではなく、どの楽器をどんな風に演奏するかによって豊かなボキャブラリーがあるのです。あたかもエスキモーに“雪”を表現する語彙があきれるほどたくさんあるように。しかしこれは西洋音楽導入以前には、日本でも当り前だったこと。長唄、小唄、都々逸、浄瑠璃etc。楽器とその演奏されるシチュエーションによって細かく名づけられた音楽。“音楽”の語は近代の発明語だったのではないかと思われます。

そして中川氏がまた質問。

中川氏「カリンガの子供も学校で音楽を教わるの?」

アーネル氏「カリンガの音楽は村で自然に覚えるものだ。学校で教わったりはしないよ」

そして彼はさらり、と付け加えたのです。

「学校でも音楽は教わったさ。ドレミファソラシドとか、お遊戯の唄みたいなのをね。まっくたく頭にくるほどしょーもないことばっか教えるんだ」

一気に場内が静まり返ってしまいました。だってほら、その“しょーもない”ことを教えるのが先生たちの大事なお仕事なのですから。それを笑顔で(まったく悪気なく)ずばりと言い切られてしまっては立つ瀬がありません。が、特に怒りだす先生はいませんでした。“しょーもないドレミ”は西洋音楽を学ぶ上では大切なことだけれど、それが音楽の楽しみを奪ってしまいかねないというのは真実ですから。  

ちなみにジーベックでは'99年から主に小・中学生を対象にインドのタブラー、和太鼓、アフリカのジャンベ、ガムランとジャワ舞踊など多彩な楽器&音楽を紹介しており、今後も児童生徒対象に「カリンガ族に学ぶ集団のための楽器と音楽」(9月15日)、「日本の器楽演奏の新しいあり方、津軽三味線」(2001年1月中旬)、「舞台芸術に発展する日本のパーカッション」(2001年2月中旬)を開催されるとのこと。興味のある方はアクセスされてはいかがでしょう?

次回は『楽器を作る』の第二弾として、ガラっと趣を変えデジタル技術の真っ只中に踏み込もうと思います。岐阜県大垣市で行なわれるDSPプログラミングに関するサマースクールをレポートいたす予定。

乞う、ご期待――店主敬白

Yuko Nexus6プロフィール

ライター&Mac音楽家。滋賀県彦根市在住。'95年に翔泳社から出版された著作『サイバーキッチンミュージック』(絶版)は、Macintoshを使った"カンタン音楽制作"のバイブルとして一部で有名。'99年にはヲノサトル・プロデュースによるCD『NEKO-SAN KILL! KILL!』(KACA0085)をカエルカフェからリリース。Web絵本『かえるさんレイクサイド』ではイラストを担当……など、おとぼけ路線の活動を主体に地方都市でのんびり暮らしている。http://www02.so-net.ne.jp/~nexus6/index.html

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