このページの本文へ

BSデジタルに思うこと

2000年08月30日 16時27分更新

文● 元麻布春男

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

チャンネル数よりも見たいコンテンツがあるかどうかが重要

間もなく,あと2週間もすると,シドニー・オリンピックが始まる。この4年に1度のスポーツの祭典は,スポーツの世界以外にも大きな影響を持つ。古くは東京オリンピックがテレビの普及に与えた影響は,極めて大きかったと思われる(それを覚えているほどのトシではないのだが)。今回のシドニー・オリンピックを普及のバネに,と考えているのがBSデジタル放送だ。

BSデジタル放送は何が違うのか。特徴として挙げられるのは,

(1)多チャンネル化

(2)データ放送

(3)高画質

の3点だ。しかし,これらの特徴は,あくまでも現行の地上波放送と比べた場合の話。たとえば多チャンネル化やデータ放送は,すでにCSデジタル放送で実現されており,必ずしもBSデジタルが最初というわけではない。筆者はTVだけで150チャネルを超えるCSデジタル放送に加入しているが,実際に見るチャンネルはほんの数チャンネルに限られる。本当は,あまり見ないチャンネルにも,筆者が見たいと思うような番組があるのかもしれないが,ハッキリいって,もうそれすらも分からない。それを調べる時間が無駄に思えるからであり,最低NFLさえ見れれば良い,というのが率直なところなのである。

つまり筆者にとって,CSデジタルに加入するキラーアプリケーションはNFLであり,それがあるところに加入するしかない。要は,見たいコンテンツがあるかどうかが重要なのであり,チャンネルの数は直接関係がない,ということだ。もちろん,チャンネルの数が増えることで,より多くの人が,それぞれが望むコンテンツを見つけられる確率が上がるハズなのだが,現実はなかなか難しいように思う。

たとえば筆者は,NFLに限らずスポーツを見るのが好きだが,だからといって,朝から晩まで雑多なスポーツを放映されても,そのチャンネルを見るとは限らない。やはりチャンネルを選ぶには,もう1つ特別な何かが必要な気がする。筆者が上に挙げたNFLは,Pay Per Viewで放映されるその週の試合(生放送を含む)であるから筆者にとって価値があるのであり,1週間以上前の試合だったら,それほど大きな興味は持てないだろう。Internetの普及で,試合の経過,統計データ,戦評など,多くの情報がWebベースでリアルタイムで入手できてしまうからだ。

BSデジタルの場合,CSデジタルほどチャンネル数が多いわけではない。基本的にはTV放送を行なうのは,地上波キー局6局(NHKに民放5局)とWOWWOW,スター・チャンネルの計8局。一部の局は,時間帯によって高画質1チャンネルと標準画質3チャンネルを切り換えて放送するようだが,それでもチャンネル数は限られている。CSデジタルのように,特定の興味を持つ少数に向けたチャンネルというより,現在の地上波放送のようなマスに向けた内容になる可能性の方が高い。つまり,特定のジャンルやカテゴリーに絞った内容より,色んな内容が盛り込まれたものになるだろう,ということだ。

●番組連動型データ放送のデータ部分は付けたし感が強い

問題は,この放送を見るのに,10万円前後するチューナー,あるいは30万円以上もするBSデジタルチューナー内蔵のTVが必要になる,ということだ。仮に地上波と全く同じ内容であっても,無料で移行できるのであれば,後述の高画質など,ユーザーにメリットがある。しかし,地上波と似たり寄ったりの放送を見るのに,こうした出費が必要というのでは魅力は薄い。何にせよ,問題はコンテンツなのだが,民放が無料放送であることを思うと,どうやって財源を確保するのか気になるところだ(スタート当初,視聴世帯数が限られることを考えると,BSデジタルだからといってCM料金を高く設定できるのか疑問が残る)。

では,データ放送はどうだろう。番組と直接連動しない独立型のデータ放送は,何もBSデジタルが最初ではない。ADAMSやbitcast,さらには文字放送など,すでに存在する。だが,これらが大きな話題になることはほとんどない。わざわざこれらを見るために,対応したTVを買おうという消費者はほとんどいないし,それゆえか,内容も充実しているとは言いがたいように思うからだ。BSデジタルでは,最初からすべての対応機器がデータ放送に対応するわけだが,果たしてわざわざ見るに値する放送があるのかどうか,現時点では全く分からない。

番組と連動するタイプのデータ放送の場合,データ部分はあくまでも付けたしだと思う。TVショッピング等で,リモコンだけで購入できる,ということがうたわれているが,これはそんなに魅力的なことなのだろうか(筆者は興味がないため,何とも言えないのだが)。討論番組等で視聴者アンケートを行なう,ということも言われているが,有効な番組は限られるだろう。そもそも,TVの良いところの1つは,情報が一方的に垂れ流しにされるところ(だからこそ「ながら」が可能)であり,視聴者側の積極的な関与を要求するのは,ちょっと違うのではないかと思っている。

●すべての番組を高画質化することは不可能では?

残る高画質だが,このメリットを享受するには,多くの家庭でTVの買い替えが必要になる。つまりかなりの額(現時点ではチューナーも含めれば20万円以上)の出費が必要になるわけだが,それに見合ったメリットがあるのか,ということが分からない。高画質の番組が実現するには,撮影時のクオリティ,撮影したデータを放送局まで伝送する伝送路のクオリティ,そして放送局から一般視聴者へ送り届ける際のクオリティのすべてが揃っている必要があるが,BSデジタルで保証されるのは最後,放送局から視聴者へ送り届ける際のクオリティだけであるからだ。

たとえば,モータースポーツのF1の場合(に限らず,国際スポーツの大半は当てはまると思うが),映像は地元の放送局が撮影したものが国際映像として配信される。日本でBSデジタル放送が始まるからといって,国際映像が高画質化するとは到底思えない。が,かといって日本の放送局が,実際にクルーを送り出し,高画質で撮影することは,経費の点で現実には不可能だろう。

また,撮影された映像を放送局へ送り届ける伝送路の帯域も,決して十分とは思えない。F1中継を見ている人なら分かると思うが,今の中継クオリティは,せいぜいVideo CD並みでしかない(路面などでブロックノイズが頻繁に現われる)。おそらく国際映像が最初からブロッキーなのではなく,伝送路に載せる際に帯域を節約している(もちろんコスト削減のためである)せいだと思うのだが,それがBSデジタルになって変るのだろうか。無料放送である限り,それを変えようとすれば,放送局側の持ち出しになる。

オリンピックやワールドカップなど,“特別な”イベントであれば,メンツをかけても撮影クルーを派遣して一部を高画質で撮影し帯域に余裕を持たせて伝送することも可能だろうし,それに見合うスポンサーを獲得することも可能だろう。また,特定の球場で行なわれるプロ野球やJリーグの試合を高画質化することは,それほど難しくないかもしれない。だが,すべての番組を高画質化することは,特別な財源でもない限り,不可能に思われる。

そもそも“画質”というのは,アピールになりにくい。誰しも画質が良い方が良いに決まっているのだが,それが出費を伴うとなれば,話が変ってくる。現実にS-VHSのビデオデッキとVHSのビデオデッキは,今や1万円程度しか価格差がないにもかかわらず,主流は相変わらずVHSのままである。もちろんこれには,S-VHSに対応したパッケージコンテンツがないとか,S-VHSにはTVのS端子が必要といった間違った神話も影響しているに違いないが,ごく一部のマニアを除き,画質がTVや放送を選ぶ際の第一義にはならないからだと筆者は確信している。

結局,デジタルBSが出費に見合うかどうかは,一にもニにもコンテンツ次第,ということだと思うのだが,12月から始まる本放送でどんなコンテンツが放送されるのか,まだ全く見えない。第一,10万円以上の出費に見合うコンテンツなど,一般の視聴者にはそうそうないだろう。やはりコンテンツの動向を見ながら,チューナーなど対応機器の低価格化を待つ,というのがベストの選択肢のように思える。

カテゴリートップへ

注目ニュース

ASCII倶楽部

プレミアムPC試用レポート

ピックアップ

ASCII.jp RSS2.0 配信中

ASCII.jpメール デジタルMac/iPodマガジン