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大前研一氏、政府のIT政策に苦言――『インターネットと教育』フェスティバル2000より(中編)

2000年08月29日 12時50分更新

文● 船木万里

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8月26日と27日の両日、インターネットと教育フェスティバル実行委員会、同フォーラム実行委員会の主催により、早稲田大学で“『インターネットと教育』フェスティバル2000”が開催された。会場では講演、企業セミナーや技術セミナー、ワークショップ、企業展示などが行なわれた。

無意味なIT促進に警鐘。パソコンはメガネと同じもの

27日、キーノートスピーチとして大前・アンド・アソシエーツ代表の大前研一氏が“ITと教育の未来像”と題した講演を行なった。

大前氏は最初に「政治家が、景気対策のひとつとしてITにお金をかけようとしているが、これは空港や鉄道をやたら作ってしまうのと同じで、全く無意味」と現在のITブームを批判した。

大前氏によれば、政府は好景気に沸くアメリカにあやかりたいと、全国IT化計画として30兆円の予算を組み、光ファイバーを敷設したり国民にパソコンを無料配布しようとしている。しかし、光ファイバーでなければできないことは、一体いくつあるのか。利用者がなく赤字路線の鉄道と同じように、無駄なものとなってしまう可能性が大きい。

また、パソコンとは世の中の情報を取り込むためのデバイスであり、役割としてはメガネと同じだ。メガネが、ひとりひとりの視力に合ったものでなければ意味がないのと同様、パソコンも自分が必要とするものでなければ、結局誰も使わず埃をかぶることになる。上から一律に機器を与えるのではなく、個人がイニシアチブを取り、必要な機器を買ったぶん、還付してもらうようなシステムにするべきだ、と大前氏は説く。

大前・アンド・アソシエーツ代表の大前研一氏。「上からパソコンを買い与えても、うまくいかないのは企業で実証済み。自分で考えて、欲しいと思うものを買わないと使わない」

世界の実状と日本。日本の法律はIT化の対極にある

アメリカはITによって経済成長したというが、合衆国全体の経済成長は各州のプラスマイナスを合計したもの。現在、20世紀型都市は経済が落ち込み、新たな地域が活性化している。ケンブリッジ、オースティン、デンバー、サンノゼなど、通信関係やハードウェアメーカーの拠点となっている地域は、昔は地の果てと言われるような田舎だった。

現在デンバーには世界最大の空港が整備されており、SOHOスタイルでの仕事に適した産業地帯となっている。Microsoft社の本拠地シリコン・バレーでは、17市町村が共同で、ウェブベースでの書類承認システム『easy permit』を整備した。これは、インターネットを通じて、いつでも市役所関係の書類を提出したり取り寄せることができるというものだ。

このようにIT化は州単位、郡単位で思い思いに始められており、連邦政府がそれを妨害したりすることはない。ある地域はどんどんIT化が進み、一方で従来のやり方のままの地域もある。こうした体制こそが、真のIT化を促進させることになる。日本は全く逆に、中央集権的考えで“全員が一緒にIT化”と考えるからうまくいかない、と大前氏は言う。

また、英語によるコミュニケーション能力も、IT化には大きな影響を与える。世界的に見てIT化によって伸びている国は、アイルランド、インド、シンガポールなど英語を使える国が多い。ウェブ上の情報の70パーセントは英語であり、この情報を自由に使いこなせない日本人は、それだけで大きく遅れを取ってしまう。また、インドは理数系に強く、優秀な技術者が輩出しているが、日本ではレベルの低下が嘆かれている現状だ。

さらにシンガポールでは、人口が少ないこともあって法律を毎月のように変更し、国をあげてIT化を促進している。役所の書類や選挙もウェブ上で可能にしてペーパーレス社会を実践し、ノービザでの移民を承認して海外からの技術者を受け入れるなど、柔軟な対応で今やIT先進国になろうとしている。

一方、日本の法律はIT化の対極にある。IT化社会では、まず“個人”を認証する必要があるが、日本では“家”を中心とした戸籍法に拠っているため、個人がないがしろにされている。現在、声紋、指紋などによって、世界中どこでも個人認証が実現可能な段階に来ているにも関わらず、日本の法律は“家系”や“場所”を基本としているため、これを根本から変革していくことは非常に困難だと言わざるを得ない。

「中央集権的な考え方では、IT化はうまくいかない。“個”を中心とした、法律の大幅な改正が必要」

教育の重要性――“飯を食っていくための教育体系”が必要

こうした中では、教育が最重要課題となる。ネットワーク上で活躍できる人材を育成するため、学校や親がどういう役割を担うのか、各自が明確なビジョンを持たなくてはならない。IT関連の教育に関しては、従来の段階を追った教育法では限界がある。IT教育はスキーと同じように、大体のやり方を教えたら後はなるべく、自由にやらせて放っておくことが大切だと大前氏は言う。下手に教師が管理したり、定義や論理などを教えようとすれば、英語教育で失敗したようにIT嫌いを育てることにもなりかねない。

今後は、従来の“常識ある社会人をつくるための教育体系”とは別に“飯を食っていくための教育体系”が必要である、と大前氏は説く。激変するIT化社会の中では、自分で必要な情報を取り込み、知的付加価値を付けて発信する能力を身に付けなければならない。それには、学校よりもむしろ親が家庭で子どもと一緒に学び、考えていくべきである。パソコンは子どもが親に教えることを目標とし、財務教育としてお小遣いを何に投資するか、どのように運用するかを親子で考えるなど、家庭での教育が重要になってくる。

政府のように“全員でIT化しよう”と考えるのは愚かなことであり、今後は個人ひとりひとりがイニシアチブを取っていく社会となるべき。このような社会においては“財務”、“英語”、“IT”が今後の人材育成に必要不可欠であり、この3つを柱とした教育体制を考えていかなくてはならない、と大前氏は結んだ。

各教室では、協賛団体やフォーラム実行委員会などによる教育利用の実例や提案などのセッションが行なわれた

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