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【コンテンツレビュー】『インターネット術語集-サイバースペースを生きるために-』(岩波新書)――電網に絡め取られそうな一般市民にとっての羅針盤

2000年09月01日 00時00分更新

文● アスキー WEB企画室/早稲田大学客員教授 中野潔

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『インターネット術語集-サイバースペースを生きるために-』(岩波新書)

矢野直明氏の『インターネット術語集 -サイバースペースを生きるために-』(岩波新書)は、表題どおり、インターネット関連の最新の話題を、一般市民の生活、文化の視点から解きほぐしてみせた好著である。

冒頭から私ごとで恐縮だが、評者(中野)にとって、アスキーが5番目、早稲田大学が6番目の勤め先にあたる。4番目の勤め先で、コンファレンスを主催したときに、講師としてお呼びしたのが、筆者の矢野直明氏であった。1995年か1996年の晩冬。紙とCD-ROMとウェブとの複合媒体、『DOORS』(朝日新聞社)の編集長として講演していただいた。

余談ながら、そのとき『DOORS』の副編集長を務めていたのが、現在、『PASO』(朝日新聞社)の編集長である服部桂氏。評者が2番目の勤め先にいてボストンに海外出張した1988年初夏、MITの客員研究員として朝日から出向していた服部氏にお会いしたことがあった。それを糸口に、やはり4番目の勤め先でセミナーを主催したときに、講師としてお呼びした。

自社を含めた世界のメディア界における最先端の試みについて、技術に詳しくない市民の視点を常にまじえながら講演する矢野氏と、技術とメディア社会に関する深い知見を感じさせながら講演する服部氏とが、対照的な姿を見せた。

本書には、『DOORS』の前、地方支局、『アサヒグラフ』、『ASAHIパソコン』、『月刊Asahi』と多面的な経験をされた筆者の厚みが詰まっている。本書のあとがきにもあるが、朝日新聞社総合研究センター主任研究員という現在の立場を得たため、複数の執筆者を束ねる編集者としてでなく、単独の著者として、本書の企画と付き合うことになったとのことである。それは、日本中の読者にとっても幸せな出来事だったといえよう。

本書は、用語辞典でもあり連作エッセーでもある。「第1章 揺らぐ価値、創られるシステム」、「第2章 インターネットの夢はどこまで実現したか」、「第3章 サイバースペースは危険がいっぱい?」では、それぞれ10語程度の用語について、解説しながら筆者の分析や思いを盛り込んでいる。技術用語をできるだけ噛み砕いて平易に解説するように努めてあるので、読みやすく、わかりやすい。また、社会、市民の側面からの説明や考察が必ず入っている。年配の方にも抵抗なく、読み進められるだろう。

実は評者が好きなのは、最終章「第4章 現実空間とサイバースペースの間」である。(1)ハッカー、クラッカー、ネティズン、(2)セルフガバナンス、(3)クリントン・スキャンダルと通信品位法、(4)メディアリテラシー、(5)サイバーリテラシー--の5つについて、他の章の用語より若干長めに解説している。他の章でも歴史を踏まえた視点をおろそかにしてはいないが、この章では、表現の自由、公共空間上の倫理、開拓者精神、国際政治力学、米国のエゴ、デジタルデバイドといった問題まで見据えながら論じている。

本書の「はじめに」にあるのだが、筆者は12年前、『ASAHIパソコン』の創刊にあたって、45歳以上の人はコンピュータを使わずに何とか人生を終えられるかもしれないが、それ未満の人は、好むと好まざるとにかかわらずパソコンを使うしかない--と人々に説いた。それは甘い予測だった、と筆者は心情を吐露する。産業構造、社会構造を変えてしまうとすれば、個人がパソコンに触るか触らないかのレベルではなくなるのだ。年齢にかかわらず誰もが、コンピュータと無縁に生きられなくなってしまった。

それはまさしく、多くの市民にとっての実感であろう。日本に住む市民にとって不幸だったのは、自分たちの乗った船の物見番が、バブル崩壊後の霧の中を見通すサーチライトを使っていないことを知らされていなかったことである。我々の船は、知らない間にインターネットの大洋に押し流されていた。霧はまだ消え去っておらず、まだら模様である。自分がどちらを向いているかは、自分で突き止めるしかない。本書は、そんな人々にとっての羅針盤である。

「インターネット術語集 -サイバースペースを生きるために-」

矢野直明 著

矢野直明=朝日新聞社 総合研究センター主任研究員

版元 岩波書店 2000年4月20日発行

岩波新書 新書版240ページ

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