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俯瞰図策定では日本のコンピューター企業が完敗--NAB'99から

1999年05月10日 00時00分更新

文● 寺本昌作

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4月に米ラスベガスで開催されたNAB(全米放送事業者大会)の展示会および会議の“NAB'99”について、業界をウォッチしてきた寺本昌作氏の寄稿でお伝えする。第3回の本稿では、2つのテーマに絞って論じる。第1が、パソコン上のHDTVは実現するか?、第2が、日本企業の動向。キーワードは、“1080P”と“(ハード、ソフトの複合体としての)サーバー”。

1080Pは実現するか?

今回の展示で記者(寺本)が確認したかった課題の1つが、「パソコンはHDTVの高い規格をサポートできるか」である。答えを先に言ってしまえば、「うーん、もうちょっとかかるなあ。テレビは、手強いぞ」といったところである。

米国が地上波デジタル放送の規格を定めたとき、何と18種類ものフォーマットを定めて、「放送事業者は、どれを使ってもよろしい。メーカーは、全部サポートしなさい」となった。

この中で最も先進的で、コンピューターと放送の融合のシンボルと考えられていたのが“1080P”。これは、画面あたりの走査線1080本、走査線あたりの画素数1920個、画面アスペクト比16:9で、毎秒24フレームないし30フレームの画像をプログレッシブ(順次走査)モードで描くというものである。これが実現すれば、“パソコンでできるハイビジョン”といったコンセプトの製品になる。

しかし、展示場のどこに行っても、現在のテレビと同じインターレース(飛び越し走査)方式のHDTVとして“1080i”はあるが“1080P”は見当たらない。わずかに、ソニーの展示で、カメラからの編集、制作システムとして“HD 24Pシステム”が展示されている。また、松下電器も“D5 HD”というHDTV用編集システムで採用し、また、SGI(シリコングラフィックス)も「1080/24P(毎秒24フレームの1080P)に対応する」ことを表明した製品を出していた。

制作の現場までは何とかできそうな様子になってきたが、家庭の端末として、いつ利用可能になるのかについては言及されていない。

1080Pが見当たらない

アビッドが、24フレーム/秒のプログレッシブ方式に統合的に対応する“Avidシンフォニー・ユニバーサル”という新しいオンライン編集システムを発表し、多くの注目を集めていた。

NAB'99の展示場風景。アビッドは注目される企業の1つだ
NAB'99の展示場風景。アビッドは注目される企業の1つだ



しかし、ここも「1080iはサポートするが1080Pは、まだ予定がない」とのことである。アビッド・ジャパンからサポートに来ていた江畠氏の話では、「パソコンの能力がまだそこまで到達していないようです」とのこと。バスの能力やOSの能力等、ハード、ソフトの両面で大きな技術革新をしないと、まだ実現は難しいようである。

パソコン利用者にとって馴染みがあるものとして、480行に640画素、画面アスペクト比4:3で毎秒30フレームのプログレッシブ方式(480P)という、いわばVGAに対応した規格が最下位に定められている。それから仰ぎ見ると、1080Pというのは相当高いハードルのようである。

ちょうど2年前、FCCがこの規格を公表したとき、マイクロソフト、コンパック、インテルといった“企業連合”が「パソコンユーザーは、そんなものを必要としていない」と反論してFCCとの間が険悪になったことがあった。昨年のNABでも、インテルのブースでは、480Pのデモシステムを「どうだ、これでも十分美しいだろう」と展示をしていた。さすがに今年はそんな展示はないものの、最上位の規格に対する回答は、コンピューター業界からは出ていない。

とはいえ、日進月歩のコンピューター業界のこと、「チャレンジに値し、商売になる」と判断されたら突然登場してくる可能性を持っている。ここ1~2年は、ウォッチすべき課題であろう。

日本の企業の課題はソフトウェアにあり

“NABマルチメディア・ワールド”を中心にした、コンピューター系の展示は、大部分がソフトである。マイクロソフトやIBMといった“この道の巨人”から、新興企業までまさに無数の企業が、ユニークなソフトウェアとソリューションを展示している。こうなると日本企業は、まったく分が悪い。

IBMとソニーとの提携では、IBMが主にソフトを、ソニーが主に大容量データ保存のハードを担当する。大容量保存ハードはIBMの得意分野。面子を捨てて新時代に対応する米巨大企業の変身スピードには驚かされる
IBMとソニーとの提携では、IBMが主にソフトを、ソニーが主に大容量データ保存のハードを担当する。大容量保存ハードはIBMの得意分野。面子を捨てて新時代に対応する米巨大企業の変身スピードには驚かされる



わずかに、NECアメリカが“NABマルチメディア・ワールド”に出展していたが、その展示は、と見れば、大型液晶ディスプレイとプロジェクターであった。周辺各社と比べると、いかにも“場違い”の感じがする。ソニーも近くの第2ブースで同じような展示をしていたが、こちらは一応“テレビ、ビデオ系展示”のコーナーなので、まあ許せるか、と。

“テレビ、ビデオ系”展示場の最大手はソニー、松下電器で、以下ビクター、キヤノン、池上通信機・・・と日本企業が制覇している。これに対して、コンピューター系は、さびしいかぎりである。

システム全体像が描けない日本企業

一方、“テレビ、ビデオ系”の展示でも、カメラやノンリニア編集機といった先端技術の製品は日本企業の独壇場だが、システム全体のアーキテクチャーを描き切る企業は非常に少ない。特に日本企業は、サーバーに弱い。ここでいうサーバーは、ハードとソフトの複合体としてのサーバーである。松下電器は、システムの基幹部分に自社サーバーよりも大きくSGIの『ORIGIN2000』を押し出しているし、ソニーがIBMと提携したのも、その一環のようである。

NAB'99の基調講演者は米ソニーのハワード・ストリンガー会長。ハード単体の時代には日系企業の存在感は圧倒的だった
NAB'99の基調講演者は米ソニーのハワード・ストリンガー会長。ハード単体の時代には日系企業の存在感は圧倒的だった



池上通信機は2年前のNABからHDTV対応システムを展示して周囲をアッと言わせたほどの高い技術を持った企業である。だが、“HDTV YOUR WAY”と称するソリューション体系には、サーバーは影も形もない。まあ、ハリスやトムソンといった外国企業にもサーバーはないのだけれど、HP、サン、IBMといったコンピューター系企業やオラクルを筆頭とするソフト系企業がサポートしているから、この分野は米国の圧勝と言えそうだ。

放送のデジタル化の特質は、多チャンネル化によるコンテンツの増大(しかし、視聴者が増えるわけではないから、必然的に安く制作して安く放送することは必要で、システムの自動化はその鍵になる)と、映像と同様にデータを取り扱うことができる点にある。

ここでサーバーは非常に重要なのだが、自前で優秀なサーバーを作る力が欠けている。サーバーシステムでは、単にハードを作るのではなく、高度なソフト群を要求される。そこにおいて、“ソフトに弱い日本企業”という評価が定着しないか、心配が残る。日本から世界に通用するソフトウェア産業を輩出することは、今後の大きな課題であろう。

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