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【INTERVIEW】30年前のあの掌から抜け出ていない!?--ダグラス・エンゲルバート博士に聞く

1999年01月14日 00時00分更新

文● 聞き手/文=林信行、構成=報道局》

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 来週1月19日は、米アップルコンピュータが'83年に『LISA』を正式発表してから丸16年後にあたる。1月22日は同じく『Macintosh』を'84年に発表してから丸15年後。1月31日は富士ゼロックスが『J-Star』を発表してから同じく丸15年後。この'84年には、日本電気の『PC-100』も発表されている。

 いずれも、マウスとGUIの採用を前面に押し出した機種である。マウスの発明者として有名なダグラス・エンゲルバート博士が、'68年12月9日に“NLS”のデモを挙行してから、マウスが一般ユーザーの手に届くまで、10年を優に超える歳月を要したことになる。NLSは、マウスを採用した、いわばオフィスシステムの元祖である。

 本稿は、'98年12月8日に掲載したエンゲルバート博士のインタビューの後編である
(前編はhttp://www.ascii.co.jp/ascii24/call.cgi?file=issue/981208/keyp01.html)。聞き手は林信行氏。

ダグラス・エンゲルバート(Douglas C. Engelbart)博士略歴

 '25年1月30日、米オレゴン州ポートランド市生まれ、73歳。オレゴン州立大学を卒業後、カリフォルニア大学バークレー校にて電子工学の博士号を取得。

 米海軍、NACA(現NASA)エイムス研究所、USバークレー校准教授、スタンフォード大学研究員を経て、'59年からオーグメンテーション・リサーチ・センター(SRI)のディレクターを務める。同センター在籍時に、マウスやNLS(oNLine System)をはじめとする数々の基礎技術を発表。

 その後、Tymeshare社、McDonnell Douglas社を経て、'90年からBootstrap Allianceの創始者兼理事を務め、現在に至る。

 '98年5月には、コンピュータサイエンス分野でのノーベル賞と言われるチューリング賞を受賞。9月には全米発明協会の名誉殿堂入りを果たした。ちなみに、同氏の功績でもっとも知られているマウスの発明に関しては、政府の資金で運営されていたプロジェクトの一環だったため特許料を受けていない。

ネットワーク活用組織の実践では日本がリード!?

 マウスの発明者として有名なダグラス・エンゲルバート博士は現在、30年来提唱し続けてきた“Network Improvement Community(NIC)”を実現するため、Bootstrap Allianceの理事として精力的な活動を続けている。

----Bootstrap Alliance(以下、BA)が米国で立ち上がったのは'97年ですが、それまでの間は何をなさっていたのでしょう?

「人々が協力して作業できるオープンな環境という、私が理想とする環境を構築するために働いてきました。'89年にはスタンフォード大学内に無料でオフィスを持つことができ、2年間このアイデアの布教に勤めてきたのです。途中、頓挫することもありましたが、'97年には米国でBAを結成することができました」

「時間や距離を超えて人々が協力することやハイパーメディアの概念を実現したウェブが登場したことは、我々の考えに対する理解を促すのに有利に働いたと言えるでしょう」

'98年11月19日にBootstrap Alliance Japan設立事前発表会でスピーチを行なうエンゲルバート氏
'98年11月19日にBootstrap Alliance Japan設立事前発表会でスピーチを行なうエンゲルバート氏



----アメリカ以外の国々での活動はどうなのでしょう?

「日本の熱心な支持者達が積極的にことを進めてくれています。私は、日本での実践の方が早く進展するのではと期待しているんです。米国では我々の考えに賛同する人は多いのですが、ことを実際に進めようとなるとペースが遅いのです」

「ヨーロッパではオーストリア、スウェーデンやノルウェーでも実現しようと思っていますが、まだ実現していません。ブラジルからも来てくれないかという声が掛かっています」

----NICは組織同士による知の共同体ということですが、ライバル同士の企業でも協力し合うということなのでしょうか?

「改善方法そのものをどうやって時流の流れに合わせて進化させていくかなど、抽象化の進んだ命題であれば、ライバル同士の企業でも損得の垣根を超えて共有できる知識が多いはずです。我々は、こうした事象をレベルCとして分類しています」

注1)BAでは、コミュニケーションというものをレベルAからCまで分類している。大学を例にとれば、学生との対話そのものはAレベル、学生との対話手法を分析し向上させるための情報交換がBレベル、向上させる手法を向上させようとするやりとりがCレベルだという。Cレベルのコミュニケーションを、デジタルネットワークを通じて交換したり、ツールに組み込んだり、ツールを使う人間の側を高めたりする過程そのものがBootstrap Allianceのアウトプットである。


ブラウザー内蔵のエディターをオープンソースで提供

----知識を共有する人が多くなればなるほど、その間で行われるコミュニケーションが難しくなると思うのですが。BAは円滑なコミュニケーション手段といったものも提示するのでしょうか?

「これはNICの中にいる人たちに共通の課題でしょう。BAは、こうした課題を正しい道筋で究明する環境を提供します。しかし、実際に解決策を見つけ出すのは、NICに参加している人達自身なのです。実践的な組織で日常的にテストしていくのならともかく、ラボで研究したのでは意味がありません」

----Cレベルのコミュニケーションは、ウェブや電子会議システムといった今日あるようなツールを使って実践されるのでしょうか?

「我々は、それぞれの参加者が協力し合えるような環境を提供するだけであり、その中で具体的な解決策や方法論を導き出していくのは参加者方自身です。そして、これこそが我々の理念で最も重要なことと言えます」

「ちなみに、我々はそうしたツールの有用性を試すための仕組みも提供しています。 私が使っている『Augment System』というシステムは、最初からブラウザー内蔵のエディターを搭載しているのです。人はこのシステムを見ると、声を出して驚きますね。このシステムのソースコードは、オープンにしています」

「XML標準化委員会は、こうした技術(ハイパーメディアフォーマットのソースコード)を可能にする大変有益な仕事をしているんですよ」

----XML標準化委員会自身も実際にNICのモデルを採用しているのでしょうか?

「何人かのメンバーにアイデアを話してはいますが、残念ながらまだ実践はしていません。中には大変興味を示し、標準化という作業においてNICのモデルが最適だと賛同してくれる人もいます」

「XML標準化の仕事は、日本の人達にも大きな恩恵を与えるでしょう。XMLはただ単にあなたの国の言葉をサポートするだけでなく、あなたの国の仕事の作法なども受容できる技術なのです」

工作機械を3年に1度全部捨てさせるメーカーなどあるだろうか

----NICはある意味で自己改善の仕組みを持った組織と捉えることができると思うのですが、これと同じような自己改善の仕組みを内包したソフトウェア環境も実現可能だと思いますか?

「私はよくこんな例え話をするんです。あなたが工場(こうば)を持っているとしましょう。その工場で使っている道具が1社のみから供給を受けていて、その道具がある一定期間が経つと、すべて新しい物に切り替えなければならなくなる。しかも、だんだんとその頻度が高まっていく。そんな事態を想像できますか? 不可能でしょうね」

「今のコンピューター業界はそうした意味で狂っています。こうした状況を改善できなければ、未来は暗いものになってしまうでしょうね」

----そうしたソフトウェアの自己改善を可能にする技術とは、分散オブジェクトでしょうか?

「そうかもしれません。オブジェクト指向技術は大変有望だと思います」

----Javaについてはどう思われていますか?

「私の友人に言わせれば、移植性を高めるために行なったちょっとした工夫を別にすれば、Javaは'79年頃のオブジェクト指向プログラミングと何ら変わりありません」

30年前にマウスを包み込んでいたあの掌

----ところで、博士は現在、どのようなコンピューターをお使いなのでしょう?

「日常的に触っているのは、どんなパソコンでも動作する『AugTerm』(オーグターム)という、Augment System用のシン(Thin)クライアントです」

「今では、サン・マイクロシステムズ社のジェフ・ルーリフソン氏が寄贈してくれたULTRAワークステーションを使っています」

この、エンゲルバート氏の掌から、30年前にマウスが生み出された この、エンゲルバート氏の掌から、30年前にマウスが生み出された



----Augment Systemが通常のシステムとどう違うのかもう少し詳しく伺えますか?

「1つは精密なリンク機能です。例えば私が何かのドラフトを作っているとしましょう。私が誰かにこのドラフトに目を通して欲しいと思ったら、特に気になっている箇所に印をつけて電子メールで送ります。受け取った相手が電子メールのリンク箇所をクリックすると、ドラフトで選択した位置が表示されるのですよ」

「システム中のオブジェクトはすべて一意に指定可能です。例えば、私が今日やらなければならないことは“To Do”というオブジェクトとして定義されており、そのなかで今日やらなければならないことは“今日”というラベルの下に整理されているのです」

「Augment Systemの命令は基本的に動詞と目的語の組み合わせで構成されていますが、人によって使う動詞と目的語の組み合わせを自由に設定できるようにすることも考えているところです」

----すごいのは、あなたがこれらをすべて30年前に既に提唱していたことですよね。

「確かに、今ここで話した内容はすべて、30年前のNLSのプレゼンテーションでデモしたものです」

……我々は、インターネットという、いながらにして一瀉千里を走る金斗雲を手に入れた。しかし、NLSではネットワークによる知的労働者間のやりとりをすでに想定していた。結局、エンゲルバート氏のあの掌から、抜け出ていない……

注2)Network Improvement Community(NIC):エンゲルバート氏が提唱する、コミュニティー(組織)のあるべき形。損得などの垣根を越えて知識を共有し、デジタル機器を利用しながら組織の改善を行なっていくというもの。

注2)Bootstrap Alliance:'97年にエンゲルバート氏の提唱で組織された、NIC構想を機能させる枠組みを提供するための組織。'98年11月には、日本国内の学者や研究機関が集まり、Bootstrap Alliance Japanが結成されている。

収録:'98年11月19日

    なお、エンゲルバート博士インタビュー後編の全文は、1月18日発売の月刊アスキー2月号に掲載されるので、併せてご覧いただきたい。

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