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【INTERVIEW】松下電器、動画からモデルを切り出し、「次世代デジタル放送に応用」

1998年07月14日 00時00分更新

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 松下電器産業(株)は、映像用カメラと赤外カメラを併設することで、動画の収録時に、リアルタイムで被写体の奥行き情報を計測する“デュアル変調方式レンジファインダー技術”を開発した(5月28日発表、関連記事は、http://www.ascii.co.jp/ascii24/issue/980528/topic07.html)。毎秒30フレームの速度で、各ドット単位(754×484ドット)の奥行き情報が計測できる技術で、これにより、動画から任意の被写体や背景を切り出すことが可能となる。奥行き情報の誤差は1パーセント前後だという。

 今回、このレンジファインダー技術の開発にあたっている、同社中央研究所の二矢田勝行氏(研究推進総括担当参事)、森村淳氏(次世代情報処理研究グループ情報第2チーム副参事)、魚森謙也氏(主任研究員)の3氏にインタビューした。同社では、この技術の研究に'96年から着手、実用化については2001年以降になるという。2001年までに改良すべき点はどこか、どのような応用が考えられるのか、を中心にお伺いした。

左から魚森謙也氏、森村淳氏、二矢田勝行氏
左から魚森謙也氏、森村淳氏、二矢田勝行氏



2001年までの国家プロジェクト

----このレンジファインダー技術を、郵政省の認可法人であるTAO(通信・放送機構)の委託により開発されていますね。

森村「TAOは、国家プロジェクトとしてISDB(Integrated Services Digital Broadcasting:デジタル技術を活かした統合的放送サービス)技術の開発を民間企業に委託しており、その一環という位置づけになっています」

森村「開発期間は'96年から2001年までで、今年度が中間評価の年にあたっています。2001年に技術を確立し、その後実用化を進める予定です」

----委託を受けているのは、松下電器1社ですか。

森村「いいえ。KDD、NEC、三菱電機、ソニーと松下を含めた計5社になります」

森村「TAOの委託するISDB技術は大きく2つに分けられます。まず、映像を被写体ごとに分割し、符号化を行なう技術です。これはKDD、NEC、松下の3社が担当しています。映像から被写体を抽出する技術にもいろいろあり、たとえばNECで研究しているのは複数のカメラで撮影した情報から被写体の分割を行なう技術です。また、KDDでは2次元映像の特徴を抜き出すことで被写体を分割するというチャレンジングな技術を担当していますが、ここ5年や10年では完全に被写体を抽出することは難しいでしょう」

森村「ISDB技術のもうひとつは、符号化した映像を多重化し、ひとつのデータに統合することで、効率よく衛星から降らせる技術です。これは三菱とソニーが担当しています」

----その中で、松下では赤外レーザー光を用いて奥行き情報を計測し、被写体を分割する技術を開発されているわけですね。2001年までずいぶんありますが、改良すべき点といえばどこになりますか。

森村「一番の問題は、カメラから計測できる被写体までの距離が、現在の実験システムでは1m程度と短いことです。TV撮影などに利用する場合、5~10mの距離は必要となってくるでしょう。また、レーザー光を1ヵ所から打っているため、陰ができてしまうことも問題です。光が届かないと計測もできないわけですから、陰を少なくする技術を確立しなければなりません。そのふたつを中心に改良を進めたいと考えています」

----赤外光ということで、人体への影響も懸念されると思いますが。

魚森「網膜が炎症を起こすのではないかという意見もありますが、使用するレーザー光のエネルギー密度でいえば、JISの基準よりも2ケタほど小さい値になっています」

----現段階でこの技術を利用したいという話はありますか。

森村「本技術の発表後、使ってみたいという反響はNHKなど数社からいただいています。ただ、現段階でそのまま使うのは難しい、という回答をさせていただいています」

二矢田「今回の発表は、あくまでも新しい原理を考案し、それがうまくいくことを確認したというレベルです」

MPEG-4への適用で、効率的に映像配信

----それでは、この技術にはどのような用途を想定されていますか。

二矢田「MPEG-4への応用、部品化による複数のメディアへの応用、放送への応用などが考えられます」

二矢田「現在標準化が進められているMPEG-4には、“オブジェクト符号化”の機能が搭載されます。これは、人物や背景などオブジェクトごとに映像の符号化を行ない、映像の送信先に応じて送信するオブジェクトを変えるという機能です。不要な情報は送らなくていいわけですから、伝送効率が向上します」

森村「たとえば、デジタルセットトップボックスを持っていればすべての映像を表示し、画像処理能力の小さいPDAではそのうちの重要な一部分だけを表示する、というように使用する端末によって映像が選択できるシステムも可能となります」

----そのための画像抽出に、この技術が利用できるということですね。

森村「そうです。アニメはもともとオブジェクト別に分解されているため、MPEG-4への応用は容易なのですが、実写でもリアルタイムで被写体が分割できるというところがポイントです」

魚森「オブジェクト別に符号化し、送信するというMPEG-4のプロトコルは、今年の終わりくらいには標準化される見込みです」

----次に、複数のメディアへの応用について説明していただけますか。

森村「最近は、放送用に撮影した映像を出版やCD-ROMに利用するというように、他のメディアに使い回さなければ利益につながりません。この技術で、映像の部品化を行なうことで、コンテンツとして使い回しができるようになります。映像の加工や、アニメと実写の組み合わせなども容易にできます」

二矢田「あと、TV電話などにも使えるかもしれませんね。後ろは映したくないという人も多いでしょうから」

----部屋が散らかっていても大丈夫ですね。

これからは、ユーザーの嗜好に合わせた多様な映像が望まれる

----TVや映画などの分野にはどのような影響を与えるでしょうか。

森村「これまでは、被写体を切り出すのは、ほとんど手作業。TVでいえば、60分の1秒ごとの映像を手作業で切り抜くわけですから、膨大な時間と費用がかかるわけです」

森村「天気予報の番組では、大きな天気図の前に人が立っていたりしますね。あの場合、背景がブルーのスタジオで人物だけを撮影し、あとで背景と合成する“クロマキー”という手法が使われています。しかし、撮影できる場所が限定され通常のロケ取材などでは利用できません」

森村「今回のレンジファインダー技術では、どこで撮影してもリアルタイムに被写体の切り出しが可能です。番組制作の効率化と低コスト化が図れると考えています。また、NHKではすでに実施している“バーチャルスタジオ”(実際の大道具、小道具のかわりにCG画像を背景とし、別に撮影した人物などと合成する)という手法も効率的に行なえるでしょう」

----最後に、デジタルTV放送についての見解をお聞かせください。

森村「当面は衛星放送がそのままデジタル化されることになりますが、デジタルTV放送がシステムとして完成した時点で、いろいろな選択肢が出てくるのではないかと思っています。たとえば、野球中継でも、ファーストの塁上だけ見られるとか、選手をクリックすれば選手のデータが表示されるとか。そういう場合でも、このレンジファインダー技術が絡んできます」

二矢田「デジタルTVは、いわば動画を扱えるパソコンです。放送局がこの幅広い機能を駆使して何をやってくれるか、ということに期待したいですね」

森村「これからは、ユーザーの嗜好に合わせて多様な映像を送ることが望まれるでしょう。そのための技術がますます重要になってくるんじゃないかと思います」

(報道局 浅野広明)

取材日:6月25日
場所:松下電器中央研究所(京都府相楽郡)

・デュアル変調方式レンジファインダー技術
http://www.panasonic.co.jp/corp/news/official.data/data.dir/jn980528-4/jn980528-4.html

・ISDB技術に関する研究開発(TAO)
http://www.tao.or.jp/ken02105.htm

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