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【INTERVIEW】三洋電機・岸本俊一氏「立体放送が始まるまで立体TVの開発を続ける」

1998年06月25日 00時00分更新

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 三洋電機(株)研究開発本部で立体TVの開発を統括する岸本俊一氏に、同社の3D映像技術についてお訊きした。3D映像技術で業界をリードする同社は、今どのような課題を抱えているのか、そして、立体TVのどのような将来像を描いているのか。

岸本俊一氏。三洋電機研究開発本部ハイパーメディア研究所ディスプレイシステム研究部部長。工学博士。液晶プロジェクターの研究開発が長い。岸本俊一氏。三洋電機研究開発本部ハイパーメディア研究所ディスプレイシステム研究部部長。工学博士。液晶プロジェクターの研究開発が長い。



3D用映像ソフトがない

----まず、SANYOの立体TVの開発経緯からお伺いしたいと思います。

 「われわれが立体TVを始めたのは'89年です。立体TVについてはそれ以前から、NHKの放送技術研究所が白黒TV、カラーTV、ハイビジョンTVの次に来るものとして研究していたのですが、NHKでは学術的にしか取り組んでいませんでした。それで、当時液晶プロジェクターを生産していたわれわれと、スクリーンを生産していた凸版印刷に、“ハード側を開発しないか”という話をいただいたわけです」

 「NHKがこだわったのは、メガネなし立体TVでした。ブラウン管ディスプレーだと技術的にメガネが必要となるため、液晶ディスプレーに取り組んでいた両社が声をかけられたのです。当初はNHKの指導のもと研究をスタートし、毎年放送技術研究所で行なわれる技術公開に出展するというスタンスでした」

----そして、'95年に32インチの立体TV『立体ビジョン』(38万円)、'97年に15インチの『3D立体ビジョン』(220万円)を発表されました。

 「われわれはメーカーですから、理想的な技術が完成するまで待っているのではなく、その都度その都度、商品を世に問うていかなければなりません。最初の立体ビジョンはメガネありの立体TVでした。液晶ディスプレーは高価だったので、従来のブラウン管ディスプレーを改良して作れるメガネあり立体TVということに落ち着いたのです。これは生産した5、6000台を売り尽くしました。一方、15インチのほうは、液晶ディスプレーを採用し、メガネなしとなっています」

----立体TVはさほど普及しているようには見えませんが、課題はどのあたりにあるのでしょうか。

 「ハード側の問題とソフト側の問題があります。ハード側でいうと、メガネなし立体TVでは見る人の位置が制限されるということが挙げられます。頭を固定していないと見られないというのでは、コンシューマーには浸透しないでしょう。ですから、どこからでも見ることができる立体TVを作ろうと、わが社でも研究を続けています。またユーザーからは、もっと立体感をよくできないか、もっと安くできないかという声が多く聞かれ、これらも大きな課題として残っています」

 「ソフト側では、3D用映像ソフトがほとんどないという問題があります。通常のTV放送のように簡単に入手できるようにならないとダメでしょうね」

----対応策としては。

 「'95年に発売した立体ビジョンには、“MTD(Modified Time Difference:時間差修飾法)”と呼ばれる2D/3D変換技術を搭載し、通常のTV放送を3D化しようという提案を行ないました。MTDは2Dの動画から右目情報と左目情報の2種類を生成し、立体視を可能にする技術です。わが社ではこれに加え、昨年には2Dの静止画の奥行き情報を推定することで立体視を行なう“CID(Computed Image Depth:奥行き推定法)”という技術を開発したため、今ではすべてのTV放送を立体視することができます」

 「インフラの開発も少しずつですが進めています。日本テレビとは、立体TV放送用の電波をどのようにして伝送するかという試験を行ない、その実用性を確認しています」

----立体TV放送を始めようという動きはないのですか。

 「技術的には可能なのですが、ソフト制作にはコストや手間がかかるため、いつ開始されるかということになるとはっきりしませんね」

 「また、3D映像は新しい映像なので、人に対する影響も完全にクリアーにできていません。いわゆる“人にやさしい”3D映像の研究は、大学や企業などでも活発に行なっていますが、目の疲れない、見やすい3D映像はどうあるべきかというガイドラインも、コンシューマーをターゲットにする限り必要となってくるでしょう。国やNHKが主導してガイドラインを作成してくれればいいのですが」

医療、アミューズメント、そしてコンピューターへ

----用途別にいうと、今後どの分野から立体TVは普及していくとお考えですか。

 「着実に使ってもらえるのは、医療です。最近は、おなかを大きく切らずにボールペンほどの太さの内視鏡を入れ、患部をモニターで見ながら手術することが多くなってきています。このような場合、3Dの効果が顕著に出ます。実際に、わが社でも新興光器製作所と共同開発した立体内視鏡システムを発表していますが、2Dと3Dでは手術のしやすさが違う、と医者も言ってくれています」

 「3Dじゃないとダメだという分野を探さないと、事業としては難しいでしょうね。放送、ゲーム、アミューズメントなどの分野にももっと進出したいとは考えているのですが、3Dじゃないといけない必然性がなかなか見つかりません。確かにおもしろくはなるのですが、おもしろいだけで値段が3倍、4倍になればユーザーは当然厳しい判定を下します」

----コンピューター分野への適用については。

 「非常に有望な分野です。といいますのも、放送分野では3D用映像ソフトが乏しいという話をしましたが、コンピューター分野ではインターネット上のVRMLにしろ、CAD/CAMにしろ、3Dデータがたくさん転がっています。3Dデータをたくさん持っていながら2D映像しか見られないというのが現状なんです。ですから、SANYOでもパソコンにどう3Dを導入するかという提案を学会などを通じて行なっています。たとえば、画面上に開いた一部のウインドーだけ3Dにして、それ以外の部分では2Dのまま、というような技術も開発しました」

“多眼式”、“どこからでも見られる”、“メガネなし”立体TVを

----未来の立体TVの方向性について教えていただきたいのですが。

 「われわれが今取り組んでいるのは、多眼式でどこからでも見られる、メガネなし立体TVです。立体TVは2眼式と多眼式に大別できますが、2眼式とは左右の目に対応する2種類の情報をディスプレーから流す方式のことを言います。われわれがこれまで発表してきた立体TVも2眼式ですが、2眼式ではどこから見ても同じ情報しか入ってこず、本当の立体とは言えません。これに対し多眼式は、人が頭の位置を動かすごとに異なる情報を流す方式のことです。現実にモノを見るときには、頭を動かすごとに両目に入ってくる情報は刻々と変わっているはずで、多眼式の情報を見ていると言えます。多眼式は現実的には4眼式、6眼式、8眼式などを指しますが、当然そのぶん、流す情報量が多くなるわけです」

----カメラの台数も増やさなければならないということですか。

 「カメラもそうですし、伝送系も大変です。そこで、簡易的に多眼情報を作る技術が必要となってきています。われわれも研究中ですが、たとえば、左右の目で見た情報は似ているため共通点を流用することで映像を圧縮する余地はありますし、2D/3D変換技術についても、今はひとつの2D情報から2眼情報を作っていますが、それを延長して2眼情報から4眼情報を、4眼情報から8眼情報を作るという見通しも立ってきています」

 「また、赤外線センサーで人の位置を検出し、その人に合った情報を流すというやり方なら4眼式や6眼式程度の情報でよいかもしれません。まだアイデアの段階ですが、センサーの光源を工夫し、複数の人の位置を検出することも可能でしょう」

----多眼式以外の立体TVについては。

 「メーカーとしては現状の研究をすべてストップして多眼式に移行するというわけにはいきませんので、2眼式の開発も事業化を前提に進めていきます。幸い、わが社には自分たちの研究を事業にするんだという人たちばかり集まっています。事業化を念頭に置いた研究と、少し将来のための研究との2本だてということになりますね」

----5年後の立体TVは見えてきていますか。

 「5年から10年先になるかもしれませんが、40インチくらいの大型ディスプレーを使った、どこからでも複数人が見られる多眼式のメガネなし立体TVを作ろうと計画しています。これまでの技術の延長でできる、それほど難しくはない、と考えています」

 「3D技術とディスプレー技術は非常に似ていて、互いの技術が適用しやすいという面があります。3Dはディスプレーと一緒に進化するとも言えます。ホログラフィーを用いた3D映像技術は、10年、15年先の技術でしょうね」

----最後に、SANYOの中で立体TV研究はどういう位置づけにあるのでしょうか。

 「ここまできたんだから、将来、立体TV放送が始まるまでがんばって続けよう、ということになっています」

(報道局 浅野広明)

●SANYOのハイパーメディア研究所には、“3Dシアター”という部屋があり、立体TVなどが設置されている。

(上)立体視に必要な液晶シャッター式メガネ。(下)CID法とMTD法の2種類の2D/3D映像変換技術を搭載したボード。発売については未定。 (上)立体視に必要な液晶シャッター式メガネ。(下)CID法とMTD法の2種類の2D/3D映像変換技術を搭載したボード。発売については未定。


上記のボードを搭載した立体TV(試作品)。動画、静止画に関わらず、メガネをかけると確かに浮き出て見える。 上記のボードを搭載した立体TV(試作品)。動画、静止画に関わらず、メガネをかけると確かに浮き出て見える。


'97年発売の『3D立体ビジョン』(15インチ、1024×768ドット)。ディスプレーの上に頭の位置を検出する赤外線センサーがあり、頭のある方向に正しい3D映像を送る。頭を動かすと映像がぱっと切り替わるのが分かる。 '97年発売の『3D立体ビジョン』(15インチ、1024×768ドット)。ディスプレーの上に頭の位置を検出する赤外線センサーがあり、頭のある方向に正しい3D映像を送る。頭を動かすと映像がぱっと切り替わるのが分かる。


神戸に実在する“モザイク”というショッピングモールを3D映像で再現した『3Dバーチャルツアーズ』。仮想空間を歩き回ることができる。VRMLデータやQuickTimeVRデータから自動的に3D映像を生成しているという。昨年、実際のモザイクに展示されていた。 神戸に実在する“モザイク”というショッピングモールを3D映像で再現した『3Dバーチャルツアーズ』。仮想空間を歩き回ることができる。VRMLデータやQuickTimeVRデータから自動的に3D映像を生成しているという。昨年、実際のモザイクに展示されていた。


昨年SANYOが開発した立体視検査システム『MV-100』。10インチの3Dディスプレーに3D映像を表示し、正しく立体視ができるかどうかを検査する。Macintosh用の立体視検査ソフトを付属し、(株)ニデックが発売中。 昨年SANYOが開発した立体視検査システム『MV-100』。10インチの3Dディスプレーに3D映像を表示し、正しく立体視ができるかどうかを検査する。Macintosh用の立体視検査ソフトを付属し、(株)ニデックが発売中。


http://www.sanyo.co.jp/

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