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【中村伊知哉@LANTIC】第20回:DD? ID! CD! MD!

2000年08月10日 20時56分更新

文● 中村伊知哉

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オーランドから通信と放送の融合が始まった

「ここは地の果てフロリダ」。ヤシの沼地にワニがウロウロ。むかしローカルの“京阪まんが劇場”という番組で観たベティちゃんのワンシーンが私のフロリダ観を規定した。フロリダ州オーランドは今や娯楽の殿堂だが、ちょっと前までは光とスコールとワニと沼の恐ろしい辺境だったにちがいない。

7年ぶりだ。前回はクリントン政権発足当初、情報スーパーハイウェイって何ダ、CATVでVODダ、その実験がこのあたりで始まるゾ、という噂を確かめに来た。日本でも通信と放送の融合実験を関西文化学研都市でやろう、という予算を穫るため奔走している最中だった。

結局わずかな予算が認められたのだが、それまでタブーだった“通信と放送の融合”がこれで本丸の政策に昇格したという意味で、本件はメディア政策にとってエポックメイキングだった。詳細は長くなるので省く。

今回はゲーセンやアミューズメントを見に来た。直裁に言うと、アメリカのゲーセンがどれほど遅れているかを確かめに来た。本来そういう大切な事情は通産省なり郵政省なり文化庁なり外務省なり、政府の方に直接みてもらいたいのだが、どうも近頃お役人のフットワークが重い。

アメリカ政府は企業ベッタリ

なんでも、公務員リンリン法とかのせいらしい。役人は民間人とメシ食ったりしたらイカンのだと。誰やそんな法律つくったんは。日本国民、賛成したんか? アホちゃうか。誰が喜ぶのそれで。日本以外の国、やね。陰謀、やね。

誤解しないでもらいたい。癒着はいけません。許認可の権限をカサにきて私腹を肥やすような役人は処刑してよろしい。しかし、役人には、民間の意を汲んで国際舞台で情報戦を繰り広げてもらわんといかんのです。優れた官僚はそのために命張っとるのです。民との接点は、そのための兵糧なのです。

クリーンにはなる。でも、官を干上がらせれば対外的な攻撃力はガクッと落ちる。官が強いからっちゅうて叩くのは簡単。しかし先にやんなきゃいけないのは、弱いセクターを強める算段。たとえば政治とマスコミ。弱いとこ強めず強いとこ殺せば丸ごと轟沈。

強いとこを強めることもやっていい。いまこそグローバル経済に対処できる良質の国家システムを整えないといけないんだから。そのためには、役人のムダな仕事をバサッと減らして、少数精鋭にして、どんどん外の風に当たらせること。それは夜の風でもかまわない。

洋の東西問わず官民問わず、ここ一番のビジネスは夜の席で決まる。大仕事はパーティーで動く。夢は夜ひらく。園まりです。藤圭子です。命あずけます。国際交渉の場面では、どの国も、自国の民間のナマの声をぶつけてくる。アメリカなんかいつも企業べったりだ。その絆が弱いのは日本だけ。クリーンすぎる。その絆を絶ち切って、官が勝手に交渉したりすると、よけい困る。

ネットワークの中心はハードからソフトへ

そして近頃アメリカはデジタルデバイドだ。格差是正。ナイスなテーマだ。誰も反対しかねる。MITでもハーバードでも、このテの会議が開かれると、善意のかたまり空間となる。しかしこれとて、アメリカの戦略を読みとっておかなきゃいけない。

長くなるがこちらは説明しよう。前回フロリダを訪れたころ、アメリカは情報スーパーハイウェイというインフラ政策を打ち出した。'93年には、全米のインフラだとして、NII構想を唱えた。'94年には、グローバルなインフラだ、GIIだと言いだした。おお、そうか。各国とも飛びついて、インフラ政策ブームとなった。'96年には、情報スーパーハイウェイって実はインターネットのことなんだよね、とアメリカが言った。CATVはおとなしくなっていた。世界のマルチメディアはインターネットというアメリカの市場と化した。

先進各国がインターネット政策にのめりこんだ90年代後半、こんどはアメリカは教育と電子商取引だと言いだした。インフラをどう作るか、から、どう使うか、に移った。ハードからソフトへ見事な転進。ああ、そうか。プライバシーとかセキュリティーとか認証とか税金とかか。いま日本も欧州もこれがメインテーマだ。

新ミレニアムのグローバル政策――デジタルデバイド

そして2000年、アメリカはデジタルデバイドだと言いだした。DD。ハードとソフトを合わせた格差是正だ。そこで大統領選だ。どっちに転んでも、DD政策は進められる。当面は国内の格差、たとえば所得や人種による格差に焦点が当てられよう。NDDだな。でもすぐに国際間の格差を問題にしはじめるね。GDDだね。

GDD、すなわちアメリカによる途上国囲い込み作戦。囲い込む相手? 中国、インド、中南米。見事な戦略だ。一本筋が通ってる。いや、アメリカは多様な見解の集合体で、そんな統合シナリオを描いてるヤツは誰もいないという指摘もよく受ける。だとしたらもっと大変。善意の集まりが単純な国家戦略の像を結ぶとすれば、そんな相手とどう折り合いつけていくの? 

格差是正といえば、日本もそれなりの試みをしてきた。私が担当しただけでも、たとえば'90年、地域格差を是正するための予算を獲得した。メディア分野で初の公共事業だった。'91年、高速インフラなどを全国展開するための電気通信基盤充実臨時措置法を作った。'93年、障害者の情報アクセス格差を是正するための法律も作った。日本政府は仕事をしてきている。10年前からやっている。でもそれらは単発で、国全体の戦略になっていない。

問題は次の一手。アメリカに先にGDDと言われてしまうのか? また後追いするのか? それともIDをみつめて、格差解消は日本の得意分野で行こうゼとでも言うのか? ケータイとデジタルテレビとコンビニでGO!

世界最強、日本のコンビニ

それにしてもどこにいたってコンビニでおにぎり買えるってのは心強いね。先週、東京に1週間いたとき、とても忙しくて、7日とも昼はシーチキンマヨネーズと紅鮭だった。命綱だ。哀しいことにボストンあたりのなまじのレストランよりうまいんだこれが。この、いつでもコンビニの安心感は、夜ひとりで歩いてても安全ヘーキ感とのセットで、高次のインフラをなす。外国に住むと、コンビニ・デバイドを痛感する。CDだな。

CD。公共事業などを担当する前年、もう10年も前だが、新任郵便局長研修というのを受講した。研修。何とのどかな響きでせう。平和な組織人を象徴する言葉。

そこで教官、CDとは何の略だね中村君、との質問。自慢じゃないが大学の授業というものに出たこともなく、今なぜ大学で働いているのかいぶかしいが、何より教室で当てられるとジンマシンが出るタチで、卒業して何年も経っていたのだが、察するに教官は参加者最年少の私に当時普及していた“コンパクトディスク”と答えさせたうえで、郵便貯金で使う“キャッシュディスペンサー”とか“譲渡性預金”とか答えなきゃダメじゃないか中村君というオチを期待してたのだろうが、焦ったジンマシンの私はとっさに「クリスチャン・ディオール」と答えてしまい、ありゃ教官が苦い顔をしているぞ、しまった、中日ドラゴンズと言うべきだったと思いました。

マンガ喫茶は世界の最先端空間だ

セガが日本中のゲーセンを光ファイバーで結ぶなどと言うので、まあそれもあってフロリダのゲーマーを独りで観察したりしているのだが、参考にはならんな。日本のマンガ喫茶の方がスゴイ。

このあいだ東京からボストンに戻る前夜、赤坂のマンガ喫茶に寄ってみた。松本大洋と望月峯太郎をむさぼり読んでいたら、成田に向かう時刻となってしまった。ニッポンの夜明けじゃ。次は岡崎京子とうのせけんいちにするんだ。

ゲームやネットもできるけど、本質はマンガのストックだね。真夜中にアベックが無言でマンガ読んでる。他に行くとこすることあるだろうに。密室に妖しく集まった客がみなケータイ持って外界とつながろうとしているのもヘンな感じ。健全なのか不健全なのか判断しかねるが、いずれにしろこの空間はどうがんばってもアメリカにはできないな。マンガ・デバイドだもんな。MD。ボストンにあればイリビタリだけどなあ。若干一名。

そのようなことを炎天下のオーランドでワニの肉くいつつ。

■解説■

■ワニがウロウロ:フロリダに棲んでいるのはアリゲーター(Alligator)で、クロコダイル(Crocodile)とは別の種類。それゆえ、フロリダ大学のフットボールチームはゲイターズ(Gators)というニックネームを持っているわけだ。

■オーランド:オーランド国際空港(MCO)は、全米67都市・海外36都市と結ばれ、全米5位の旅客数を誇るというマンモス空港だ。日本から行く場合は夕方から夜にかけての到着となるので、空港からホテルまではタクシーを利用するのがベター。ロングフライトで疲れたカラダには、シャトルバスの待ち時間はかなりこたえる。

■CATVでVOD:インターネットの普及当初には、やたらとビデオ・オン・デマンド(Video On Demand)の時代が来ると喧伝されていた。CATVの太い回線でバンバン動画を送るという話だったが、最近ハタと聞かなくなったのはナゼ?

■関西文化学研都市:京都・奈良・大阪の3府県にまたがる、約150平方kmというべらぼうな規模の計画都市。“けいはんな”という呼び名のほうがおなじみ。ちなみに、田辺町が平成9年に京田辺市へとランクアップしたことは、同志社大学の卒業生にも案外と知られていない。

■本丸の政策:当時の本丸はもちろん郵政省。インターネットが注目されるようになってから、情報通信と放送行政を司る郵政省の存在感は、一気にその重みをますこととなった。だがその郵政省は、中央省庁再編により、自治省、総務庁と統合され、総務省へと姿を変える。郵政事業についてはそのほとんどを郵政事業庁へと引き継ぐが、通信と放送に関しては総務庁の内局が引き継ぎ、総務庁における主要事業の一つとなる。この流れは、情報通信と国家自治が不可分の関係になったことを如実に現わしている。

■夜の席で決まる:かのビル・ゲイツ氏でさえ、MS-DOSを日本企業に売り込んだ当初は、西和彦氏(現アスキー副会長)と一緒に料亭で接待を行なっていた。ゲイツ氏の靴下に穴があいていたというエピソードは有名。

■その絆が弱いのは日本だけ:トヨタ自動車が'97年にフランス進出した際、共同記者会見にジョスパン仏首相が出席し、トヨタの工場進出を歓迎するスピーチを行なった。また、ブッシュ大統領の来日では、米自動車ビッグ3の首脳が同行し、「大統領がセールスマンをするのか」と揶揄され話題になった。だが、これらの行動は果たして官民癒着と批判されるべきものだろうか?

■NII構想:National Information Infrastructure。いわゆる情報スーパーハイウェイのこと。'93年にホワイトハウス内に設立された大統領直轄のタスクフォース(IITF)によって、その骨格が形作られた。公式サイトはこちら

■GII:Global Information Infrastructure=世界情報基盤構想。世界中のあらゆるメディアをひとつのネットワークで統合する基幹ネットワークを構築するという試み。インターネットはもちろん、電話やCATV、放送網など異なる種類のネットワークを、有線・無線を問わず結合するというもの。米国のゴア副大統領が提唱し、'94年3月には国際電気通信連合(ITU)において検討課題にもなった。公式サイトはこちら

■電気通信基盤充実臨時措置法:高度情報化社会の発展を目的として、'91年6月1日に施行された法律。次世代通信網の整備、専門技術者の育成促進、電気通信ネットワークの信頼性を向上するための施設整備の促進などを主な目的とし、デジタル通信や有線テレビ放送(CATV)を主な対象とする。同法の認定を受けることにより、関連事業において税制上の支援を受けることが可能となる。

■譲渡性預金:大口定期預金の一種。銀行が預金者に対して無記名の預金証書を発行し、預金者はこの証書(預金債権)を金融市場において売買することができる。預金の中途解約はできないが、満期を待たずして現金化することが可能なため、短期の資金運用に用いられる。最低預入金額は5000万円から。なお、譲渡性預金はペイオフの対象外だが、2002年3月末までは特例として全額保護されることになっている。

■ワニの肉:チキンのような淡白な味わいで、フライにするとなかなか美味。わざわざフロリダにまで行かなくても、レッドロブスターで食べることができる。

筆者:中村伊知哉
マサチューセッツ工科大学 客員教授

'61年生、京都市出身。京都大学経済学部卒。
在学中はロックバンド“少年ナイフ”のディレクターで活躍。
'84年、郵政省入省。'93年からパリに駐在し、'95年に帰国後は郵政大臣官房総務課課長補佐を務める。'98年、郵政省を退官し、(株)CSK特別顧問に就任。同年、マサチューセッツ工科大学 客員教授に就任。
著書に『インターネット,自由を我等に』(アスキー出版局)などがある。
趣味は、ずばり“メディア”。
ホームページ:http://www.media.mit.edu/~ichiya/jpn.htm

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