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ITの時代、技術よりも“人間”の概念や考え方に進化を――特別展“進化する映像”実行委員長、大森康宏教授にきく

2000年08月07日 15時52分更新

文● ジャーナリスト/高松平藏

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7月20日から、大阪・吹田市の国立民族学博物館で始まった特別展“進化する映像~影絵からマルチメディアへの民族学”。エジソンやリュミエールの発明した装置や当時の映像を見ることができる。ほかにも画像や動画の“進化”を体験できる特別展だ。特別展のプロジェクトリーダーをつとめた大森康宏氏(国立民族学博物館教授)に話をきいた。同展覧会は技術の進化にのみならず、21世紀の人間観を問い直す内容になっているという。

映像の制作と“習映”を学校教育に

──今回の展覧会では映像を手掛かりに人間観を問い直す内容だとか

「映像というのは、絶えず人間関係をコントロールしてきました。例えば、東南アジアの影絵芝居などは人間と神様をつなぐメディアだった。映画にしても、フィクションをつくりあげ、やがて現実になるという流れがある。いわばひとつの予測であり未来へのパスポートだったわけです」

──近年、マルチメディアの技術革新が急速ですね

「マルチメディアの技術に関していうと、人間の五感のなかで結局9割程度は視覚や聴覚が重要な位置を占めてきました。先端を追跡していくことで、技術の進歩につながるわけですが、人間自身が進歩するような考え方が重要です」

「映像のあり方で気になるのが教育。日本では作文などの言語による教育が中心です。習映、つまり映像リテラシーや実際の映像制作などは欠落しています。教育用に使う映像も“理解させよう”という意図が強く、あくまでも情報の詰め込みという発想が基本にあります」

大森康宏氏。「マルチメディアは人事にある」

──つまり言語的発想の映像が多いということですね

「言葉は容易に理解することができますからね。それよりも映像に対して、何かを考え、その考えをいかに構築していくかのほうが重要です。それが創造性だと思います。フランスの例でいえば、生徒にシュールレアリズムの絵を見せて、いろいろな発想を促していくような教育カリキュラムもある」

「映像は抽象的なものを表現するのに適しています。一方、言語は具体的なものを表現しやすい。この組み合わせこそ、マルチメディアの真髄ではないでしょうか」

21世紀は民族が確立する時代

──展示会のひとつに“あなたの決断”というコーナーがありますね

「20秒間ビデオに向かってメッセージを残すというものです。ただし、今後100年間、博物館にその映像は保管され、そのうえ、いかなる使用もかまわないという条件に承諾することが必要です。撮影という行為には、撮る側と撮られる側という人間関係があります。つまり撮られる側の権利も生じるわけですね」

「承諾という手続きのあと、ビデオの前に立つ人の様子はさまざまです。熟考のうえ、メッセージを話す人もいるし、カメラにむかって“ピース”をするだけの人もいる。撮られる側の意識の違いですね。余談ですが最初にメッセージを残した人はマスコミ関係の方でした。どんな気持ちで承諾されたのか興味深いですね」

“あなたの決断”のコーナー。撮られる側の権利を認識できる

──民族学といえば、近代思想が生んだ“暴力的な視点”ともいえます

「そうですね。自分たち以外の世界に住む人間はどんな生活をしているのかという上から見るような視点で見てきた。映像でいえば、そこには“撮られる側”の権利意識はまだないわけです。例えば、特別展では約100年前に撮影された映像が多く上映されています。しかし撮られた人が、2000年の今、日本の人に見られることなど想像だにしなかったことでしょう」

「21世紀はそれぞれの民族がアイデンティティを確立する時代だと考えています。20世紀はアフリカ諸国の独立など民族国家が成立し、経済的、政治的な“形式的独立”は果たしてきました。しかし、ITの発達をはじめ、これまでの国家という価値観もそれほど強くなくなってきた。むしろ国境を越えた個人と個人のつながりがより重要になってきます。それゆえに、個人が属している文化圏、つまり民族や村のアイデンティティとかね合わせて個人の確立をしていく時代です。形式的独立では見えなかった自我や権利が見えてくるわけで、これも一種の進化ですね」

──日本を省みるとムラ意識の強い国です

「確かに青年団など、村落共同体単位でアイデンティティを確立してきた。ただ、まずかったのは個人の自由が阻害されることが多かったということ。加えて、経済成長を最重視した国策のために、労働力としても若者が都会へ流出した時期がありました。その結果、企業レベルでアイデンティファイされる傾向が強くなった。日本が“法人資本主義”といわれる一因です」

映像人類学、民族誌映画学が専攻。多数の映像制作による賞を受賞している

マルチメディアのプロジェクトは人事にあり

──特別展の実行委員会は早々たる顔ぶれですね

「東京大学大学院情報学環の坂村健教授、フランス国立社会科学研究所のピエール・ジョルダン教授、東京都写真美術館の島崎勉氏など多くの人に関わっていただいたプロジェクトです。海外ではフランスのほかに英国映画博物館にもずいぶん協力してもらいました」

「プロジェクトの準備は約3年前から。交渉がたいへんでした。例えば、主催者のひとつである東京写真美術館は“美術館”です。一方、こちらは“博物館”。仕事のスタイルが異なるわけです。しかし、展示の要素にアートを取り入れるなど、博物館の会場としても面白い見せ方ができたと思っています」

──“進化する映像”というだけあって主催者や特別協力として読売新聞大阪本社、NHK大阪放送局、読売テレビ、毎日放送など多くのマスコミ各社が関わっていますが

「通常、複数のマスコミ各社がひとつの展覧会に関わるのは難しいことがあります。ところが、今回のキーワードのひとつが“マルチメディア”。IT革命の真髄は、フレキシブルなマインドで協力関係をつくって物事を進めていくことにあります。つまりタテ割ではなく横の関係を構築できるということですね。各社、ご理解をいただいた結果です」

特別展にあたって編集された冊子。博物館での共同研究の成果の一部だ。CD-ROMには会場で上映されている映像が収録されている。充実した内容だ

──日本の組織体質ではメンツを重んじたり、足の引っぱりあいなどがよくありますが。

「派閥などの人脈で物事を動かそうとしては、IT革命は難しいですよね。これまでの“進化”とは新しい技術や、具体的に何かが便利になったとか、分かりやすいわけです。しかし、これからの進化とは人間の概念や考え方を変えていくようなことが“進化”です。したがって横のつながりなど、IT革命で協力関係を構築できる人間関係というのは一種の進化といえるわけです。たとえば、ソニーなどは権利関係をクリアしながら外部といろいろな協力関係を構築していっている。マルチメディアのプロジェクトでよいものを作っていく真髄はまさに人事にあるという気がします」

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