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ドイツ、情報通信技術者の人材難――“ITグリーンカード”をめぐる議論活発に

2000年03月27日 00時00分更新

文● ドイツ在住ジャーナリスト 高松平藏

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最近、ドイツで情報通信技術関連の人材を国外から呼び入れるために、“ITグリーンカード”導入についての議論が連日テレビや新聞紙上を賑わせている。独国内における同分野の人材不足を受けてのもので、教育システムの制度疲労、企業の雇用に対する極度の合理化のツケが露呈した形だ。ドイツ在住ジャーナリスト、高松平藏氏による現地レポートをお届けする。

発端は“CeBIT2000”のGerhard Schroeder首相演説

議論の発端は、2月24日から3月1日にかけてドイツ北部のハノーバーで行なわれた最大級の情報通信技術のメッセ“CeBIT 2000”にまでさかのぼる。同見本市でGerhard Schroeder首相が演説。情報通信技術関連の人材不足を補うために、IT専門のグリーンカードを導入し、EU以外の外国から一定期間、必要な人材をドイツへ呼び込むことが解決につながるとした。

写真=Deutsche Messe AG, Langefeld, Hannover
写真=Deutsche Messe AG, Langefeld, Hannover


Gerhard Schroeder首相(中央)

同国内におけるIT関連の人材は10万人不足しており、今すぐ必要な数は3万人という。“グリーンカード”は米国の移民ビザ。永住権を持つ外国人であることを証明するためのものだ。これを得ることで移住と就労の自由が確保できる。Schroeder首相は2万人の国外技術者に米国スタイルのグリーンカードを発行したい旨を明らかにした。

これに対して、3月2日付『エアランガーナハリヒテン紙』(以下エ紙)によると、労働組合関係から反対の声が上がっているという。400万人もの失業者がドイツ国内にいるのにも関わらず、なぜ国外からの人材導入か?というわけだ。ところが、失業者の実態からいえば、IT関連の専門家そのものは少なく、逆にいえば、技術の発展により失業したケースも少なくない。加えて“元エンジニア”であっても、進歩の早い同分野では失業期間が長いほど不利になると伝えている。

もちろん賛成意見もある。3日付の同紙によると、ある調査会社の調査でドイツ国内で44パーセントの人がグリーンカードに賛成しているという。米国シリコンバレーがそうであるように、人種の多様性が活力につながるという可能性があるからだ。

戦後、ドイツでは経済の発展とともに労働力が不足。'60年代初頭からトルコなどから“ガストアルバイター”と呼ばれる労働者を積極的に呼び込んだ。こういった背景から、ドイツ在住の外国人といえば、かつては主に単純労働者だった。しかし最近は専門性の高い外国人定住者も多い。

IT分野の人材が育たぬ教育制度。雇用形態も硬直化

そもそも人材不足を招いたのは教育制度と雇用に関する企業経営が原因だ。ドイツといえば、“マイスター制度”など専門職を育成する教育システムがよく知られている。これに連動する形で、独企業は職能主義に基づく“資格社会”だ。したがって、いくら能力があっても資格がなければ採用されにくい。この方式は、これまでドイツ企業の競争力につながっていた。しかし急速に発展する情報通信技術は既存分野の境界線をあいまいにする。教育制度ではIT分野の人材が育たず、企業サイドでは既存の雇用形態の硬直化を招いた。

さらにドイツ国内の経営環境に注目すると、高い人件費、短時間労働など企業にとって必ずしも良い環境とは言い難い。経営の合理化を進めた結果、企業における社員教育の機会をなくしていった。「企業がグリーンカードを歓迎するのは、社内教育をおろそかにしたために専門家がいないからだ」(「エ紙」2日付)。保守系の最大野党“CDU(キリスト教民主同盟)”スポークスマン、Angela・Merkel氏も「外国人に頼るのは短期的解決、(中長期的には)グリーンカードシステムよりも教育面の充実を」と声明を発表している。

あらたな対応策も――シーメンスの“Meet Multimedia”プログラムなど

こうした人材不足に対して、黙って手をこまねいているわけではない。2日付“エ紙”によるとバイエルン州などでは独自の人材育成や雇用拡大のためモデルを考えていると伝えた。また職業安定所ではコンピューター関連の会社が簡単に求人できるようにオンラインシステムを構築したという。

またドイツ中部に位置するチューリンゲン州の学術大臣、Dagamar Schipanski氏は、今月23日付“ディ・ツァイト紙”のインタビューでこう発言している。5年前、同氏はチューリンゲン州の理学系大学で学長を務めていた。そのころ、企業が新規採用を控えたために同大学での学生が極端に減った。そこで同氏は雇用拡大を企業に訴え、大学のカリキュラムも即戦力につながるようなものに変更した。今は学生のレベルも向上してきており、人材難解消に期待できるという。

一方、企業に目を向けると、ドイツ最大手の総合電機メーカー、シーメンスにいたっては“Meet Multimedia”という10代の若者を対象にしたプログラムを'98年2月から5年の予定で行なっている。いわゆるデジタルリテラシーを獲得するための教育プログラムで長期的な視野にたったものだ。優秀な人材を多く獲得する基盤づくりと同社は位置付けている。

※ドイツ語特有のアルファベットは英語表記に変更

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