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軌道にのるか、デジタル放送――コンテンツやIP統合に課題、放送とネットの“摩擦”も

2000年03月24日 00時00分更新

文● 編集部 小林伸也

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今年12月、デジタル放送がスタートする。デジタル放送は従来のアナログ放送と異なり、民放局によるデジタルハイビジョン(HDTV)放送やテキストや画像を組み合わせたコンテンツを配信するデータ放送が行なわれる。チューナーは通信機能を内蔵し、番組と連動したオンラインショッピングも盛んになると期待されている。その一方でコンテンツの整備や将来性について懸念する声もある。BSデジタル放送の課題を探った。

より高品位で豊富な情報量

デジタル放送では、映像や音声をMPEG-2で圧縮することで、大量の情報を効率よく伝送できる。ムービーとテキストを組み合わせた新しい番組も可能な上、チューナーにはモデムが搭載されるため、電話回線に接続すれば放送の夢だった双方向サービスも実現する。

毎日放送(MBS)が制作したデジタル放送番組の例。文字情報と動画、通信機能を組み合わせたオンラインショッピング可能になる('99年9月、“MBSメディアショー”で)
毎日放送(MBS)が制作したデジタル放送番組の例。文字情報と動画、通信機能を組み合わせたオンラインショッピング可能になる('99年9月、“MBSメディアショー”で)



今年12月1日にまずスタートするのはBS(放送衛星)を利用したデータ放送。ニュースや行政情報といったテキストベースの情報をいつでも閲覧可能なほか、バンキングやショッピングも予定されている。事業者もさまざまな業界から多彩な顔ぶれがそろった。パソコンの普及率では米国などに後れをとる日本としては、消費者により身近なテレビこそECの主役になると業界は期待を寄せている。

3月15日には、日本放送協会(NHK)や日本衛星放送(WOWOW)、民放によるBSデジタル放送の実験がスタート。6月にはチューナーが発売され、沖縄サミットや高校野球の中継が試聴できる。9月には試験放送を開始し、PRの目玉としてシドニーオリンピックを放送する。

オリジナルなコンテンツに課題

業界が期待が先行する一方で、課題もある。まずコンテンツだ。番組制作会社大手(株)テレビマンユニオン社長の重延浩氏は、「BSデータ放送のサンプルを見たが、ほとんどはインターネットですでに提供されているもの」と新鮮味のなさを指摘する。「放送ならではの特徴を活かしたコンテンツを制作しなければ、インターネットに慣れた視聴者を引きつけられないのでは」とBSデータ放送各社に注文を付ける。

コンテンツプロバイダーが参入しにくい事情もある。コンピューター関連出版社のインプレスは昨年、BSデータ放送への参入を検討の末に見送った。その理由について同社社長の塚本慶一郎氏は、BSデータ放送のコンテンツ記述用として策定されたマークアップ言語“BML(Broadcast Markup Language)”を挙げる。

BMLはXMLをベースにしているとはいえ、もともとBSデジタル放送ではIPやHTTPをサポートしていないため、HTMLで記述されたインターネット上のコンテンツはそのままでは表示できない。そのためインターネットで展開するコンテンツをBSデータ放送で提供する場合、「BML用に作り直さなければならず、二度手間になってしまう」(塚本氏)。将来性が未知数な以上、コスト増を覚悟して参入してくる企業は限られる。

さらに現時点でのチューナー機器の規格にも問題がある。双方向性が売りのデジタル放送らしく、チューナーにはモデムが内蔵されているが、その転送速度は2400bps。アナログ回線でも56kbps、ISDNなら64kbpsが主流の今、このスピードはいかにも頼りなげに見える。可能なサービスも限定されるだろう。

またチューナーの価格は、放送局側と家電メーカーとの綱引きの結果、「5~6万円程度で落ち着きそう」(関係者)という。だが汎用性の高いパソコンが10万円、ネットワーク接続が可能な『プレイステーション2』は3万9800円。価格面でメリットを感じず、ハードも貧弱。今後のスペックアップを見越し、初代のチューナーを買い控える動きも予想される。出だしの鈍さは後々に大きな影響を与えかねない。

インターネット関係者の期待といらだち

とはいえ、「放送は広帯域のダウンロードサービスといえる。しかも1000万台が同時に接続しても、サーバーが落ちることもない」(日本民間放送連盟理事の北川信氏)。インターネット関連企業から見ても、現状ではもっとも確実に広帯域が見込めるインフラとしてデジタル放送への期待は高い。

今月上旬、インターネット関連の識者や企業役員らの任意団体“ワールドワイドビジョン・イニシアチブ(WWVI)”(代表・国際大学グローバル・コミュニケーション・センター所長の公文俊平氏)は、“インターネット時代にふさわしいデジタル放送を”と題する政策提言を発表した。

WWVIが発表した政策提言“インターネット時代にふさわしいデジタル放送を”。マイクロソフトの古川会長やシスコシステムズ(株)、(株)インターネットイニシアチブらが名前を連ねている
WWVIが発表した政策提言“インターネット時代にふさわしいデジタル放送を”。マイクロソフトの古川会長やシスコシステムズ(株)、(株)インターネットイニシアチブらが名前を連ねている



同提言では、「データ放送はインターネットと相互運用できる方式にすべき」としてIPのサポートを求めた。「データ放送はインターネットと相互運用性がなく、ビジネスとしての採算性は疑わしい。インフラをIPに統一すれば全世界から新規参入が期待でき、情報通信における日米格差の逆転も可能」と意気込む。同提言に連名で名を連ねているマイクロソフト(株)会長の古川享氏は、「IPや地上波、BSなどをいちいち区別する必要はない」とインフラのシームレス化を訴える。

同提言では「コンテンツ事業者は全面的に自由化し、委託放送事業者の認定制度も廃止すべき」とも主張する。広帯域化で遅れる日本で、デジタル放送をオンラインサービスの起爆剤にしたいネット関係者。同提言では、彼らが現状のデジタル放送の“ふがいなさ”に感じているいらだちが現われている。

放送とネットのイニシアチブ争い

ネット関係者のいらだちの背景に、放送関係者との間での“文化摩擦”を指摘する声もある。

ネット関係者はインターネットと放送が融合した例として、米国の経済ニュースサイト・ブルームバーグがインターネット上で配信しているムービーなどを挙げる。だがあるテレビ局関係者は「ただ単に記者がニュースを解説しているムービーをそのまま流しただけ。とても“放送”などと言えるレベルではなく、ただの動画配信」と切り捨てる。「一度でも放送に関わったことがあれば、1分のニュース映像にどれだけのノウハウと技術が注ぎ込まれているかを知っている。安易な動画を見せられて、“インターネットでここまでできる”と言われても……」(前出のテレビ局関係者)と反発する。

米ブルームバーグのニュース動画配信サービス。“インターネットによる放送”の例としてよく取り上げられるが……
米ブルームバーグのニュース動画配信サービス。“インターネットによる放送”の例としてよく取り上げられるが……



放送局側としては、50年にわたって番組を送り続け、日本の文化形成を担ってきた“文化事業者”としての自負がある。「ネット関係者は“デジタル放送でECが爆発する”など、ビジネスの話が先行しがち。我々はテレビショッピングの拡販のために番組を制作しているのではない」(同)。確かにデジタル放送をベースとしたビジネス面では熱心だが、肝心の番組の内容については放送の現場も含めて議論は深まっていない。あくまでビジネスとしての将来性を重視するネット関係者と、良質な番組提供を目指す放送関係者との思いは必ずしもひとつではない。

さらに放送側はネットによる放送の“乗っ取り”を懸念する。放送インフラがIP化すれば、そこはインターネット企業の独壇場。既存放送局はコンテンツ制作力に一日の長があるとはいえ、いずれネット企業がノウハウを蓄積していけば、放送局は数あるコンテンツプロバイダーの中のワンノブゼムに過ぎなくなるという予測もある。その時、放送局は広帯域のマルチキャストを提供するISP(Internet Service Provider)でしかなくなる。

マイクロソフト会長の古川氏は、「かつて放送関係者から“放送にインターネットという悪魔を持ち込まないでくれ”と言われた」と苦笑する。民放連理事の北川氏は、「通信と放送の融合とは、それぞれの役割を拡大しながら両者の世界を拡大すること」と微妙な表現でネットによる放送の“乗っ取り”をけん制している。BMLや低速なモデムの問題も、放送とネットの間で続く綱引きの結果にも見えてくる。

世界初の成功例になるか

とはいえ、インターネットと放送の融合はいずれ完成するとの認識に両者とも違いはない。多数の端末に対し、完全に同時に広帯域なサービスを配信できる点で放送は優れ、IPベースのサービスではネット関連企業にアドバンテージがある。デジタル放送への思いに温度差こそあれ、両者が手を組むことにデメリットはあり得ない。

デジタル放送は欧米ですでにスタートしているが、いずれも普及率が伸び悩み、現時点では失敗とされる。「日本は最初の成功例にしてみせる」と意気込み、開始から1000日で1000万世帯加入が目標だ。業界の思惑が順調に軌道に乗るのか、それとも“摩擦”で燃え尽きてしまうのか。その行方に世界の注目が集まっている。

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