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現実の“反映”であり“虚”でもある情報を実体験で裏打ちしていく教育を――“教育とインターネット”情報教育シンポジウムより(後編)

2000年03月01日 00時00分更新

文● 船木万里

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27日、東京の千代田区公会堂で、『毎日教育メール』発刊を記念し、毎日新聞社の主催による“教育とインターネット”情報教育シンポジウムが開かれた。シンポジウム最後の演目として、7名のスピーカー全員によるパネルディスカッションが催された。

コーディネーターは(社)日本教育工学振興会常務理事・事務局長を務める、関口一郎氏。関口氏が登壇し、これまでの基調講演や報告を総括したコメントを発表したあと、会場から集められた質問にパネリストが答える形でディスカッションを進めた。

参加パネリストは、登場順に文部省メディア教育開発センター所長、坂元昂氏、学習研究社のマルチメディア編集部長、渡辺紳一氏、イーネットの代表取締役、江口隆氏、神奈川県立平塚ろう学校教頭の田村順一氏、三鷹市教育委員会指導主事の大島克巳氏、淑徳大学の国際コミュニケーション学部教授、望月純夫氏、マイクロソフトの文教統括部長、岩田修氏。

ディスカッションの模様
ディスカッションの模様



学習意欲の持続にはあくまで“内容が分かる”ことが基本

関口(問い)「まず最初に、高度な情報教育を全国的に広めていくには、何が大切なのかというご質問です」

社)日本教育工学振興会常務理事・事務局長を務める、関口一郎氏社)日本教育工学振興会常務理事・事務局長を務める、関口一郎氏



坂元「以前に実施した“100校プロジェクト”では、かなり高度な情報教育を実践し、それなりの手応えがあったと思います。これを全国4万2000校に広げていくには、やはりモデル校のノウハウを公開することや、ハードウェアの整備、回線料値下げやソフト開発、ウェブベースでの教材開発などの企業努力も必要だと思います。もちろん教育現場に携わっている教員の養成、研修は重要ですね。今後は、主要なソフトメーカーにも、学校現場へのPC導入指導をお願いしたいと思います」

文部省メディア教育開発センター所長、坂元昂氏文部省メディア教育開発センター所長、坂元昂氏



関口(問い)「学習スケジュールに沿った学習を続けるために、モチベーションを維持する対策としてはどのようなものをお考えですか?」

渡辺「学研では、基本方針としては“内容が分かる”ことをモチベーションとして考えています。優等生のような答ですが、偏差値を上げることが目的ではなく、学習内容が分かることが重要だと考えていますので……。当社のインターネット通信教育のスケジュール管理としては、自分の現在の状況を分かりやすく提示し、目標達成すればポイントを加算したり、単なるメールでも必ず翌日にはレスを返し、スケジュールが遅れていたら警告を出したりすることなどで学習意欲を向上させるよう対応しています」

学習研究社マルチメディア編集部長、渡辺紳一氏学習研究社マルチメディア編集部長、渡辺紳一氏



コンピューターは“関わりのための道具”だが、インターネットはただの道具ではない

関口(問い)「コンピューターが人体に与える影響についてはどのようにお考えですか? またコンピューターの導入によって、教員の仕事が軽減されると誤解されているような気がしますが、実際は違うのではないでしょうか。それから、インターネットやコンピューターの利便性ではなく、人間対人間の関わりが教育には必要なのではないでしょうか、というご質問です。ではまず江口さんからお願いします」

江口「コンピューター、インターネットというのは、基本的には道具でしかないんですね。道具の扱いに慣れていない先生ならば、負担は逆に大きいかと思います。とりあえず利便性が高く、大きな影響力を持つ道具ではあるので、教育の形も変わっていかざるをえないでしょうね。パソコンが人体に与える影響は、オフィスなどでは一日中使っているので、いろいろな弊害が心配されていますが、学校ではそれほど利用時間が長くないので、心配は小さいのではないかと思います」

イーネット代表取締役、江口隆氏イーネット代表取締役、江口隆氏



田村「これまでにも、コンピューターのような機械を使って教育なんかできるものか、という反発はありましたが、人と人との関わりの中で、コンピューターという手段を利用する、“あくまで関わりのための道具である”という位置づけに落ち着いていたようです。しかしまたここに来て、インターネットというものによって教育のあり方も変わってきています。インターネットはただの道具ではなく、接続した先に社会そのものが繋がっていますから、先生のイメージできる枠を超えてしまうわけです。教える立場の側としては、インターネットの果たすパフォーマンスの大きさを、十分認識して把握しておくべきだと思いますね。そのためにも、教員の研修が重要だと思います」

神奈川県立平塚ろう学校教頭、田村順一氏神奈川県立平塚ろう学校教頭、田村順一氏



坂元「人体に与える影響という点では、ポケモンのアニメが子供に与えた生理的影響の話題は記憶に新しいと思います。パソコン利用には、どうしても他者とのコミュニケーションを放棄した、非社会的な“オタク”のイメージが付きまとうものですが、最近ではパソコン利用による精神的なプラス面も実験で明らかになっています」

「例えば、内向的な人にネットワーク内のバーチャルワールドで外交的な人間を演じるように求めた実験では、実験後、現実世界でも外交的にふるまえるようになったという報告があるんです。ネットワーク利用により、児童の能力や学習意欲にどういう効果があったのかは、現状では把握できていない。今から始まる情報教育において、詳しくデータをとって因果関係を調査すべきだと思います」

コンピューターを使っても、急に情報活用能力が上がるわけではない

関口(問い)「学校図書館におけるインターネット利用の運営の問題点について教えてください、というご質問です」

大島「学校図書館では、本選びや検索の手助けをする司書がいるかいないかで大きく図書館の内容、質が変化します。しかし、これからは従来の司書の役割に加えて、インターネットを利用して検索できる能力の有無が関わってきます。また、その学校だけで完結するのではなく、市町村の図書館との連携、または学校同士の交流も影響してきます。つまり、司書にも情報活用能力の資質が求められる時代になってきたと思います」

三鷹市教育委員会の指導主事、大島克巳氏三鷹市教育委員会の指導主事、大島克巳氏



関口(問い)「情報リテラシー教育の実際と評価について、大学教育の立場から望月先生お願いします」

望月「淑徳大学では、ワープロや表計算ソフトの一般的な一通りの機能利用、ウェブの作成などを基礎と考え、1年次に修得させています。年次が上がるにつれ、高度な情報処理などのカリキュラムに進みます。評価については、例えばプレゼンテーションソフトの授業では、実際にテーマを決め、スライドを作って発表させ、それをクラス全員が評価するというシステムにしています。そうすると、教職員の評価とクラスの評価は同一なんです。評価基準は、学生と教員で特に変わらないということですね」

淑徳大学国際のコミュニケーション学部教授、望月純夫氏淑徳大学国際のコミュニケーション学部教授、望月純夫氏



関口(問い)「情報活用能力と、コンピューターリテラシーとは同一のものでしょうか、というご質問です」

坂元「情報活用能力というのは、コンピューターやインターネットの利用だけではなく、世の中にあるすべてのもの、本や芸術、もののデザインなど世の中の情報すべてにおいて、作った人が反映させた意思を読みとり、理解し、集めた情報を編集して新しいものを創造する、そしてそれを発信する能力のことです。コンピューターリテラシーは、こうした能力のうちコンピューターを使って情報を活用し、発信する能力のことだと考えています。ですから、コンピューターを使わない状態で情報を活用できない人が、コンピューターを使ったからといって急に情報活用能力が上がるわけではないと思いますね」

伝達手段の1つに過ぎないコンピューターとインターネット。有効な手段をうまく利用していく

関口(問い)「最後になりましたが、情報教育推進派は、プラス面ばかり強調しているような気がします。また反対派は情報活用について理解しないまま、やみくもに反対しているようにも思えます。すべてを理解した上で、こういうときにはコンピューターを使うべきではない、これはやってはいけない、といえるのはどういう場合でしょうか。有害情報などの取り扱いに関してはいかがですか」

田村「楽観的な意見かもしれませんが、子供を主体としているならば何をやっていても、結局は自然淘汰されていくのではないかと思っています。子供の状態を考えずに、先生だけが“何がなんでもインターネットを利用しなければ”と頑張っていても、受け入れたくなければ子供たち自身が無視してしまいます。有害情報にしても、クラスの女子から嫌われてしまうから、男の子たちもアダルトサイトへアクセスしないなど、子供たちの中で有害情報を許さない雰囲気が生まれてくるのではないかと考えています」

大島「情報のモラルは当然守られるべきですから、教員が1人で判断しないことが大切ですね。いいことをしたから、と勝手に生徒の個人情報をインターネットで流したりするのは当然タブーです。有害情報というのは、学年によっても変化してきます。ここは教育的だ、というホワイトリストだけしかアクセスできないようにするのも、せっかくのインターネットの意味がないと思いますし……。中学校などではなかなか難しいですね」

望月「大学では、学生を一応一人前の人間として扱っています。しかし、インターネットでは情報を個人が世界中に発信できます。すなわち、強力な武器を全員に持たせているということですから、教育も難しくなってきます。匿名性を悪用したイタズラなどは、悪いと知っていてもやっている学生がいる。情報に関してだけではなく、人間性そのものの教育が必要だと思います」

江口「やはり教育現場においては、外部から守られた中で情報教育が行なわれるべきではありますね。しかしクリントン大統領の言葉にもあったように、21世紀の子供たちには、キーボードを通じてすべての書物、芸術、音楽にアクセスできる環境を整備してあげられればいいのですが」

岩田「インターネットといっても、たかがインターネット。まだ歴史は5年くらいのものです。今後はタブーも変わってくるでしょう。例えば今は料金の問題で、学校には接続時間制限がありますが、これもいずれ、なくなってしまうでしょうし……。企業としては、何でもできるような環境を整えていくよう努力していきたいと思います。学校の先生方には、いろいろ何でもやってみていただきたい。インターネットは開かれた世界なのですから」

マイクロソフトの文教統括部長、岩田修氏マイクロソフトの文教統括部長、岩田修氏



渡辺「学習教材を作る立場から言いますと、先生の領域を侵してしまうような教材はダメですね。また、ほかの手段があるのに無理にコンピューターを利用しようとしなくてもいいと思います。もちろん便利な部分はどんどん利用すべきです。教育のあり方としては今後、学校と家庭の学習のつながりを大切に考えていただきたいと思います」

坂元「教材を作る場合にも、例えば動画を取り込んだ教材を作ることができたとか、コンピューターを利用して技術的にうまくいけば、それで教育効果があるというふうに、先生自身が勘違いしてしまうこともある。何が教育に一番適切な手段かを考えていくことが大切ですね。情報というものは現実の反映であり、“虚”なんです。実験や観察などの実体験によって、情報を裏打ちしていくような教育が望ましいと考えています」

関口「結局、コンピューターもインターネットも、伝達手段の1つにすぎない。有効な手段を選択してうまく利用していくことが大切ということですね。本日はありがとうございました」

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