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不思議で過激な“音”の体験――ICC企画展“サウンド・アート展”開催中

2000年01月31日 00時00分更新

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東京・新宿のオペラシティNTTインターコミュニケーション・センター(ICC)で、“音”に的を絞った大々的な展覧会――“サウンド・アート 音というメディア”が3月12日まで開かれている。日本人アーティスト4人を含む9名+2組のアーティストたちは、いずれも音を媒介に意欲的な活動を続けている作家ぞろいだ(敬称略)。

サウンド・アートは、音楽だけでなく美術、建築、都市計画などさまざまなフィールドで関心を集めているジャンルである。洒落た店舗に流れるちぐはぐなBGM、公共の空間における押しつけがましくうるさいアナウンス、素晴らしいCG映像に付けられたにぎやかし程度のサウンドトラック、また“マルチメディアクリエイターを育てる”と銘打った専門学校に通う学生のほとんどがグラフィックスや動画制作を学びに行くのであり、サウンド専攻はかなり珍しい(またはコース自体がない)という事実。

視覚と並んで重要な感覚器官であるはずの聴覚はどちらかといえば脇役で、極言すればないがしろにされてきた。もちろん音楽という体裁で提供されるもの(CD、カラオケ、クラブDJ、ラジオetc.)に過剰なほど熱をあげている人は珍しくない。が、耳が受け取る情報は“音楽”だけではない。

CM・フォン・ハウスウォルフ&ピーター・ハグダル作“寄生、影響、変形2/寄生的、電気的交換IV”。センサー、コンピューター、プロジェクターが1つのシステムとなって動く。ノイズと痙攣(けいれん)的なスクロールを伴って壁に投影されるHTML書類が印象的
CM・フォン・ハウスウォルフ&ピーター・ハグダル作“寄生、影響、変形2/寄生的、電気的交換IV”。センサー、コンピューター、プロジェクターが1つのシステムとなって動く。ノイズと痙攣(けいれん)的なスクロールを伴って壁に投影されるHTML書類が印象的



「サウンドアーティストっていうのは過激だね」

来場者の1人はそう言った。この展覧会には派手で動きの早い映像もないし、びっくりするような巨大な彫刻もない、音ですらさほど大きくないものばかりだ。もちろん殺戮(さつりく)や暴力を描写したものもない。が、過激……。

地を揺るがす低音を発する作品がある。カールステン・ニコライの“フローズン・ウォーター”だ。大砲のように長いスピーカーから発射された低周波が、大きなフラスコに満たされた水に波紋を生じさせる。音響兵器と呼びたいほど物騒で、かつ美しい。

ダウジングの杖、またはコックリさんのように針金が動き回っている。マックス・イーストレイ&デヴィッド・トゥープの“肌の刻印を夢見て”。実体を持たないはずの“音”が、モノを動かす不思議さ。このように音と他のメディア(映像やテキストなど)がある1つのシステムを構成し、あたかも音に操られて動いているような、どこかオカルトっぽい作品もいくつか見られる。

マーク・ベーレンス作“トーキョー・サークル”。センサーを通して円盤上の鑑賞者の動作が感知され、上方に設置されたマルチチャンネルスピーカーから多彩な音が溢れる
マーク・ベーレンス作“トーキョー・サークル”。センサーを通して円盤上の鑑賞者の動作が感知され、上方に設置されたマルチチャンネルスピーカーから多彩な音が溢れる



ブランドン・ラベル作“トポフォニー・オブ・ザ・テクスト”。ロビーに設置された5つのスピーカーから5つの母音と環境音のループが流れる音のインテリアのような作品。ここに長く座っていると、自分がどこにいるのか分からなくなってくる
ブランドン・ラベル作“トポフォニー・オブ・ザ・テクスト”。ロビーに設置された5つのスピーカーから5つの母音と環境音のループが流れる音のインテリアのような作品。ここに長く座っていると、自分がどこにいるのか分からなくなってくる



壁にくっつけられたイヤホンを(角田俊也作品)耳に突っ込めば、周囲を歩く人の足音や館内アナウンス、空調音などがあの世からの声のようにぼんやりと聞こえてくるし、無響室(池田亮司作品)に入ると完璧な暗闇の中から音が刃物のように飛来し、あなたの身体を切り裂く!

角田俊也作“固体振動のためのモニター・ユニット”。ICC内の壁面各所に50以上のイヤホンが設置されている。通常音が空気振動で伝わるのに対し、この作品ではオペラシティという建築物を通して建物固有の音を聞くことになる角田俊也作“固体振動のためのモニター・ユニット”。ICC内の壁面各所に50以上のイヤホンが設置されている。通常音が空気振動で伝わるのに対し、この作品ではオペラシティという建築物を通して建物固有の音を聞くことになる



池田亮司作“マトリクス(無響室のための)”。すべての残響を排した無響室に入った観客は、やがて完全な暗闇に取り残され、特異な音響を体験する池田亮司作“マトリクス(無響室のための)”。すべての残響を排した無響室に入った観客は、やがて完全な暗闇に取り残され、特異な音響を体験する



両耳の間で起こるフライジャルな余韻を楽しむ

休憩ラウンジではカットアップされたノイズが間欠泉よろしく沸き出し(ジェーン・ドゥ作品)、ミュージアムショップの時計にもカフェのテレビにもパソコンにもヘッドフォンが接続されている(志水児王作品)。作品は展示スペース以外にも展示されているのだ。来場者はどこに作品があるのか、宝探しのつもりで館内を歩いてみるといい。

真空でないかぎり音はどこにでもあるし、どこからでも聞こえてくる可能性がある、そして“音を聞く”という行為はコンサートホールやスピーカーの前に限られることではなく、振動を感じたり壁や地面に耳を当てたり、または聞くつもりもなくぼんやりとしている時でさえ、人は音を聞いている……そんな当り前のことに気づかされる。

志水児王作“置かれた-或いは置き換えられた音”。インターネットに接続されたパソコン、カフェの時計、ビデオモニターなど館内各所に置かれたありふれた物体の機能を音に変換する試み
志水児王作“置かれた-或いは置き換えられた音”。インターネットに接続されたパソコン、カフェの時計、ビデオモニターなど館内各所に置かれたありふれた物体の機能を音に変換する試み



m/s(佐藤実)作“見出された光の状態:光度分布とその変動”。太陽電池で集められた館内の照明(光)がエネルギー交換を経て直接スピーカーコーンを動かす。注意深く聞かなければ何も聞こえない。今回の展示で最も音の小さな作品?
m/s(佐藤実)作“見出された光の状態:光度分布とその変動”。太陽電池で集められた館内の照明(光)がエネルギー交換を経て直接スピーカーコーンを動かす。注意深く聞かなければ何も聞こえない。今回の展示で最も音の小さな作品?



人によっては本展について、「何だか地味だ」、「よく分からん」という感想を持たれるかもしれない。そういう方にはこう言っておこう。会場を出てエレベーターに乗る。またはのんびりとフロアーを横切る。空調の音が、機器の発する音が驚くほど新鮮に聞こえる。会場を出てからあなたの両耳の間で起こる現象が、実は“サウンド・アート展”の本番なのだ。

会期中には出展作家のパフォーマンスやトーク、シンポジウムなど多彩な関連イベントも企画されている。また本展のカタログにはアーティストの作品を納めたCDが付属しており、また新たな発見が出来るようになっている。

<<Yuko Neuxs6>>

・ICC
 http://www.ntticc.or.jp/

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