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「問題があるからこそ、ECベンチャーが伸びる」――ミレニアム会議“デジタルエコノミーの衝撃”より(後編)

2000年01月19日 00時00分更新

文● 編集部 井上猛雄

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18日、東京大手町の日経ホールにおいて、日経新聞社の主催により日経2000年プロジェクト“ミレニアム会議”が開催された。このミレニアム会議は2年間にわたり内外の有識者を招き、今後の日本のあり方を探っていくもの。4回目を数える今回のテーマは“デジタルエコノミーの衝撃”。本稿ではパネルディスカッションの模様を報告する。

会場はほぼ満席状態。聴衆の年齢層は高かった
会場はほぼ満席状態。聴衆の年齢層は高かった



第2部のパネルディスカッションでは、第1部で基調講演を行なった日本電気の西垣浩司氏のほか、ソニーの中谷巌氏、東京大学総合研究博物館教授の坂村健氏が登壇し、活発な議論を展開した。コーディネーター役は日本経済新聞社編集局産業部編集委員の関口和一氏が務めた。まず、最初の基調講演に基づいて、それぞれのパネリストからコメントがあった。

情報コストが下がれば、中間組織は淘汰されていく

まず中谷氏は、情報革命によって情報コストが劇的に変化し、企業組織は再編をよぎなくされていると指摘した。

「デジタル情報革命がうまくいけば経済全体の生産性を高める可能性があると考えている。ソニーの出井氏の言葉を借りれば、現在のインターネットによる衝撃は、例えればユカタン半島に落ちた巨大隕石みたいなもの。地球に隕石が落ちた後、環境が劇的に変化した。そのあとの環境変化に適応できない恐竜は絶滅してしまい、やがて新しい人類が繁栄した。これと同じようなインパクトがあるのがいま起こっているインターネット革命だろう。最近ではようやく既存の巨大企業もインターネット革命に目覚めはじめて、自分たちのビジネスモデルを作ろうと動き出している。きわめて劇的な企業の新旧交代が今後4、5年で起こるだろう」

「ノーベル賞を取った経済学者のコースは、かつて企業組織がなぜ必要か?という根源的な論文を書いた。その結論は情報コストが高いからという理由だった。マーケットは不完全なもので、企業が何かを生産しても顧客はそれを知る術がなかった。そのため両者をつなぐ中間組織が必要だった。そういった中間組織が不要になれば、情報コストが低く押えられるようになる。そしてマーケットそのものさえ作れる時代になる」

ソニー取締役の中谷氏ソニー取締役の中谷氏



それでは既存の組織はこれからどうなるのであろうか? この点について中谷氏は「既存の中間組織は滅びていく。そうなるとコンフリクションが起こるだろうが、5、10年後には勝負がついているだろう。かつて産業革命が起きたときにはラダイト運動、いわゆる“機械打ちこわし運動”みたいなものがあったが、そういったことも出てくるかもしれない。情報を使える人と使えない人の間で貧富の差や2極化も起こってくるだろう。しかし、そういった流れの中で全体的には生産性が向上し、生活が豊かになっていく。今後5年間、変化の本質を見極めてながらどのように対応していくかが試される」と述べた。

“クリック”と“ブリック”――店舗を持つ企業の逆襲

自ら開発したBTRON OSと超漢字を使いながらプレゼンテーションを行なったのは坂村氏。インターネットを始めとするコンピューター技術が社会を変革するとしながらも、「現状のデジタルエコノミーについて考えると、まったく新しいものが立ち上がったのではなく、いままでの商業インフラが格段に良くなったということ。現在の見方は過大評価しすぎかもしれない」と述べた。

坂村氏はウェブサイト数の増加について着目し、ECの歴史をひも解いた。'93年にはウェブのサイト数は623だった。'94年に初の商用ブラウザー“ネットスケープ”が出て1万オーダーに乗った。翌年の'95年には検索エンジンが出てきて10万になり、'96年のマイクロソフトとネットスケープのブラウザー戦争が勃発して60万、このあたりをきっかけとして一挙にサイト数は増加し、'98年には360万に、'99年には950万というように急激に増加した。現在は1000万オーダーに乗ろうとしている。しかし、電子取引の規模については、米国商務省などの情報以外にもたくさんのデータがあり、実際のところはよく分からないという。

東京大学総合研究博物館教授の坂村氏東京大学総合研究博物館教授の坂村氏



「国境を越えて世界中のマーケットに売り込めるなど、物理的な拡張ができるので可能性は大きいが、いまネットビジネスが儲かっているかといえば別問題だろう。実際、アマゾン・ドット・コムは赤字だ(物流インフラがないから、それにお金ををかけていて赤字になっている)。バーンズ・アンド・ノーブルは黒字になっている。その違いが重要なところだ。つまり、“クリック”と“ブリック(れんが)”という言葉があるが、配送網、倉庫を持っているかどうかが重要で、バーンズ・アンド・ノーブルように店舗を持っているところが儲かるようになっている。いま、物流インフラを活用した既存企業の逆襲がはじまっている。今後ネットだけのビジネス展開では厳しい局面に立たされるのではないか」と述べ、虚業としてのeビジネスにはいささか懐疑的な考えを示した。

セキュリティーは、やはり大きな問題

また坂村氏は、先日米国で起きた事件を例に出し、電子取引を進める上で重要なセキュリティー問題について言及した。これは、インターネット上でCDを販売しているCD UNIVERSE社のサーバー上にあったクレジットカードの暗証番号をハッキングされてしまったという事件。しかも犯人の脅迫に応じなかったために、ネットワーク上に2万5000人のクレジットカード情報がネット上で公表されてしまい、米国で大問題になっている。

こうしたセキュリティーの問題について、坂村氏はセキュリティー規格のSET(Secure Electronic Transaction)方式が普及していないこと、サインが有名無実化していること、根本的な解決方法は電子マネーだがクレジットカード会社は乗り気ではないことなどの原因を挙げた。投資ビジネス家はインターネットの明るい面しか強調しないが、セキュリティーをしっかりしないとY2K問題よりも大きな問題になってくるかもしれないと指摘。

「米国では50$ルールというものがあって、犯罪があっても通販で50$以上は損をしないようになっている。しかし、日本ではこういった法整備があまり進んでいない。まずインフラの整備は必要だが、セキュリティー面での法整備の問題も早急に解決しなければならない」と提言した。また、情報格差をなくすためには、情報端末も安くてセキュアーなものが必要とされる。これについては日本の各メーカーに期待すると述べた。

西垣氏は、中谷氏と坂村氏両者の意見と大きな相違はなく、基本的にはインターネット革命は起きると言う点で一致していると述べた。しかし、その革命に至るまでにはいろいろな条件が揃わなければならないとした。

日本電気の西垣浩司氏日本電気の西垣浩司氏



「ベンチャーの仕組みは、逆に問題点があるからチャンスだということもある。米国では問題点があるからこそ、それを解決することでビジネスに結び付けて成功できると考えている向きがある。日本が立ち遅れてしまったのは、何が問題なのかが分からない時期が続いてしまったからだ」と語り、問題点があってもビジネスチャンスの可能性はあることを示唆した。

リトマス試験紙としての従来型マーケットが大きく変わる

先のアマゾン・ドット・コムが利益を出していないという意見に対し、経済への波及効果まで考えた上で、インターネット革命の意味を考える必要があると中谷氏は反論した。

「いまドットコム企業はさまざまなネットワークを作っている最中であり、株価が上がることを利用してどんどん投資をして意識的に赤字を出している。収益が出ていないのは戦略上の問題だと思うので、結論を出すのはまだ早いような気がする。ネットワークが広がり、爆発的な普及期を迎えたときに、いったいどのくらい収益が上がるのか、それとも下火になってしまうのか。そういった問題もあるが、実際にサイトを開設して儲かっているか儲かっていないかということよりも、それによって世の中の人々がどういうメリットを受けるかということのほうが、生産性向上の実質的な波及効果を考える上で重要である」

「いままで企業はマスのマーケットに対して根拠もなく商品を市場投入することが多かった。マーケットは(商品の反応を調べる)リトマス試験紙だった。しかし、これからはそういったビジネスモデルが変わってくる。デジタル革命によって、企業が顧客に対して個人ベースでライフスタイルを分析し、個客の嗜好に合った製品を提供できるようになってくる。“クリック”の世界で飛躍的な生産向上が可能になったときに“ブリック”の世界がさらにリッチになる。クリックで代替できるものはそうなるが、クリックがブリックを補完してそれぞれが発展していく。これが革命の本質なのではないか」

米国経済の好況をどうみたらよいか?という点については、「ニューエコノミー論はナンセンスだと言われているが、米国では'90年代に平均3.6~3.7パーセントの経済成長を遂げた。これはすごいことではないだろうか。資本主義経済では景気循環が3年ぐらいの周期で起こるが、米国では8年間も経済が上向いている状態。この現象はインターネット革命なしには説明できないだろう。まったく根拠のないバブルとは限らないのでは?」と、現在の米国の景気とインターネット革命の関係について分析した。

サービスオリエンテッドなビジネスモデルと法整備の問題

それでは、日本ではデジタルエコノミー革命の進展はどのようになっていくのか? この点について中谷氏は、デジタルエコノミー革命が浸透するうえで、サービスオリエンテッドなアイデアに基づいたビジネスモデルをどうやって作るかが重要だと説いた。

「ポイントは単にモノ作りだけでは儲けられない。それをどういうスタイルで使うかが重要。モノとモノをつなぎ合わせて、ライフスタイルに合った付加価値のあるサービスを提供できるかどうか、特に自分たちの製品でなくてもいいが、情報組み立て産業というサービスオリエンテッドなアイデアに基づいたビジネスモデルをどうやって作れるか」

坂村氏は、「(国内のデジタルエコノミーを考える前に)企業家向けのBtoBと消費者向けのBtoCとを分けて考える必要がある。米国と比較してみると、BtoBの規模はそれほど変らないが、BtoCの規模で大きな差がある。これをどうするか? 消費者に対してどう盛り上げていくか。技術はすぐにできるだろうが、問題は法整備だ。米国では通信販売が進んでいたが、日本は消費者を守る制度ができていない。そういう意味で法整備は絶対に必要だ。後から法整備をするのでは、デジタルエコノミーが頓挫する可能性がある。道路の整備をしないで、車社会ができるかどうか?を考えると、やはりできないと思う」と述べた。

さらに、インターネットで革命が起きるだろうが、米国のようなストーリーや哲学が日本にはないのではないかとの指摘には、場内から賛同の大きな拍手が上がる一幕もあった。

最後に全体的なまとめとして、パネリストからそれぞれコメントがあった。

熱い議論が交わされたパネルディスカッションの模様
熱い議論が交わされたパネルディスカッションの模様



「EC革命は、単にインターネットの技術の問題というより、日本はどうしたらいいかという根底のところ(哲学)まで行かないと解決しない。人間が社会を作っているのだし、生活に関わる問題なのだから哲学が必要」(坂村氏)、「インターネットは爆発的に伸びていく。同時に携帯などの端末が出てきて茶の間にも広がるだろう。日本は中間層が多いので、普及が始まれば早いのではないか。日本は悲観する必要はないが、デジタルデバイド(情報格差)は起こるだろう。デジタル革命に乗れない人をどうするかは考えなければいけないが、いまは全速力で動いていかなければならない時期だろう」(中谷氏)、「現実はどんどん動いていく。真の意味のグローバリゼーションが必要だと思う。インターネット時代において世界の中で日本がどうあるべきかを、政治家や学者も含めてみんなで大いに考えてもらう必要がある。情報でさえ国境がなくなっている状況だが、それに対して日本は文化や人が混ざっていない社会だ。そういう有様でいいのかという問題も含めて、今後の進路を考えていかなければならない」(西垣氏)。

走る前に考えるか? 走りながら考えるか? という問題も含め、今後のEC革命の行方を考える上で重要な議論が行なわれたパネルディスカッションだった。

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