このページの本文へ

【INTERVIEW】SME、インターネット音楽配信サービス“bitmusic”を開始--佐野元春氏に聞く

1999年12月20日 00時00分更新

文● 編集部 伊藤咲子

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

本日正午、(株)ソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)は、国内アーティストによる新譜シングル曲を有料で配信するサービス“bitmusic”を開始した。同日、佐野元春氏は新シングル曲『INNOCENT(イノセント)』をリリース。bitmusicオープンと同時に“新譜”のダウンロード販売をスタートさせた、唯一のミュージシャンとなった。ASCII24では佐野氏に、bitmusicに対する期待について、自身のインターネット観も含めて話を聞いた。


佐野元春。佐野氏は'80年、(株)EPIC・ソニーから『アンジェリーナ』でデビュー。デビュー20周年を記念し、佐野氏の責任編集による特別サイト“eTHIS”が15日にオープンしたほか、2000年1月には未発表音源を含む32曲2枚組のCDアルバム『The 20th Anniversary Edition 1980-1999 his words and music』のリリースを予定している

*今回のインタビューにあたり、「特写された写真がネット上に掲載されると、それを転載したり、不正使用をされてしまう可能性が少しでもある以上、掲載は不可能である」というマネージメントおよびSMEの意向により、インタビュー時の撮影については残念ながら許可がおりなかった

bitmusicのオープンは、“見切り発車”

--SMEからbit配信(ダウンロード販売)の企画を聞いたとき、どう思われましたか?

「僕は、音楽に限らず、変わらない構造はないと思っている。マーケットに応じて、古い構造は変わっていく。文化物の流通についてもそう。SMEは、その立場に立っているのではないだろうか」

「SMEがbit配信をスタートするにあたり、色々な関係者の協力が必要になる。その代表は、アーティスト、著作権者だろう。我々著作権者も、これについてはある程度リスクを背負っている。bit配信に関して、NMRCとJASRACの間で取り交わされている著作権者に配分する著作権料の率は、“暫定合意”*でしかない。具体的な数字は、ディスカッションされている状態だ。すなわち、bit配信における売上の中の何パーセントが著作者に著作権者に還元されるのか、現時点でこの数字が決まっていない」

「SMEのビット配信は、いわば見切り発車だろう。しかし、未来に向けての意味ある見切り発車だと考えている。僕はSMEのチャレンジ精神に感動した。だから、“僕もリスクあるけど、乗ったよ!”という感じだ」

*暫定合意の内容は、利用単位使用料として販売額の7パーセント、基本使用料相当額として上記7パーセントのうちの10パーセント、すなわち合計で販売額の7.7パーセントが著作権者に対して支払われるというもの(販売額が100円以下の場合は7円)。この暫定合意の適用期間は、2000年3月31日まで。なお、正式な合意および、無償ダウンロードサービスに関する著作権料についての協議は、現在続行中。なお、JASRACとは(社)日本音楽著作権協会、NMRCとは業界団体で構成されるネットワーク音楽著作権連絡協議会のこと

--新曲『INNOCENT』は、ダウンロード販売と同時に、パッケージCDが発売されますが、それらの棲み分けはどうなるのでしょう?

「受け手側の環境によって、差が出てくるだろう。僕の音楽を10代の時に聞いてくれた方たちは、今でいうと年代的に30~35歳くらいの世代、まさに、インターネットを利用しているメインの層と符合する。そういった方の中でも、様々な理由からレコードを購買する習慣が、自身のライフスタイルから消えたという方たちはたくさんいるだろう」

「そうした方たちともう1度、有意義な交流を図りたいと考えた時に、bit配信は僕の希望をかなえる1つの良いメソッドだと思う。僕がインターネットに積極的に向かう理由の1つはそこにある」

ゴキゲンなロックンロールを聞きたいと思うときの基準はスペック=音質ではない

--ATRAC3で圧縮された自身の曲を聞いて、その音質をどう思われましたか?

「アーティスト側からの意見としては、“感覚的にオーケー”であると」

--ソニーからは、“ATRAC3は、MDの約2倍の圧縮方式で、MDとほぼ同等の音質で再生可能”という説明がありましたが、実際耳にされていかがでしたでしょうか?

「MDやCDと比較してという感想は、僕にはなかった。今回『INNOCENT』という新曲のダウンロード配信を開始するにあたって、その音の監修について、自分自身で責任を負っている。そうした意味でも、ATRAC3で圧縮された音楽は“感覚的にオーケー”です」

「これはアーティストの発言だが、僕にとって、リアルなものは1つしかない。それはコンサート会場だ。そのほか、僕の音楽が流通するときに、複製されて採用されるメディアは言ってみれば何でもオーケーだ。僕の音楽を必要としているところに的確にデリバリーしてくれるメディア、それが理想である」

「これは僕個人の話であるけど、例えばラジオから1つゴキゲンな曲が流れてきたとする。そこで、その楽曲が欲しいと思う。その時、その曲を買うにあたっての基準というのは、音質ではないだろう」

「例えばクルマを買う場合、ハンドルの位置は、エンジンは、タイヤはと、詳細にわたってスペックが非常に重要になるだろう。しかし、1曲のゴキゲンなロックンロールをゲットしたい、自分の手元に引き寄せたいと思った時は、そこで何が歌われているか、そのアーティストが自分にとって本当に意味があるのか、その楽曲が自分にとってピンとくるものがあるか、ということが重要になる。bit配信においても、多くの音楽リスナーは音質を購買のモチベーションにしないと思う」

--インターネットの音楽配信に関して、再生する音質やメディアは、本質的にはあまり問題ではないのでしょうか?

「圧縮方式に関して、僕の作ったサウンドの真意が確実に伝わるものであれば、基本的にオーケーです」

「レコーディングスタジオで僕らは、音楽ファンが喜んでくれるサウンドを作ろうと日夜努力している。そのグッドサウンドが、わりとそのままの形で、今まさに僕がレコーディングスタジオで経験しているのと同じような経験ができる、再生メディアがあったらいいと思う」

音楽は工業製品ではなく、人間が生み出したアート

--例えばTVで音楽を流す場合、MCを多用したり、象徴的な映像を使ったりと視聴覚的な情報を加えて流しています。翻ってインターネットの場合、こうしたプラス・ワンの効果は、何か考えられますか?

「映像だとか音だとか、インターネット上で再生されるものは、あくまで仮のもの、複製されたものだと思っている。ここで、実生活における感覚を実現するとしたら、僕はある種のコンテクスト、文脈作りが必要だと思う。その音楽をだれかがクリックして購入してくれるまでの道筋、文脈をどのようにつくるかが大事になるかもしれない」

「音楽は工業製品ではなく、人間が生み出したアートだから、そこにまつわるエピソード、ストーリーがある。それをどのように文脈付けて、ビューワーに反映させるか、そこがこれからの1つの課題になるだろう」

--それでは、最後に一言お願いします

「不当なコピーは文化の衰退にあたる。もし、若い、ゴキゲンなアーティストがいたとしよう。彼は、インターネットを使って曲を配信することを考え、そして始めた。しかしネットの中は、よくよく不当なコピーだらけだ。そこで彼は、ネットで音楽を配信することを、場合によっては“アートなんて金にならないものは辞めてやる”と、創造のモチベーションまで奪う可能性があるだろう。それは、アーティストとして、切ないよね」

カテゴリートップへ

注目ニュース

ASCII倶楽部

プレミアムPC試用レポート

ピックアップ

ASCII.jp RSS2.0 配信中

ASCII.jpメール デジタルMac/iPodマガジン