開催中のWorld PC Expoでは、CG関連イベントとして“シーグラフ東京/フォーラム'99”のセミナーが開催されている。8日午後、セッションの1つであるパネルディスカッション“次世代ゲーム制作環境とコンテンツの将来像”が開かれた。
このセッションでは、TOKYO ACM SIGGRAPHの代表を務める慶應大学教授・稲蔭正彦氏を司会進行に、次世代ゲームマシン“PlayStation
2”の発表を間近に控えたソニーコンピュータエンタテイメント(以下SCEI)の執行役員兼開発研究本部本部長・岡本伸一氏、TOKYO
ACM SIGGRAPHのメンバーで日立製作所の安生健一氏、CG制作に欠かせないソフト“Maya”の開発メーカーであるエイリアスウェーブフロントの技術コンサルタントマネージャー、多喜建一氏をパネリストに迎えて行なわれた。
パネラーの面々。実際には“ディスカッション”がなかったのは残念だった |
CGやデジタル技術がエンターテインメントの世界を変えつつある
冒頭、稲蔭氏がCG業界の現状と抱える課題について解説した。「デジタルがコンテンツにインパクトを与える大きな波がきています。この状況はゲーム業界だけのことでありません。ハリウッドを中心とした映画界や放送業界もそうです。ゲームは1つのゲーム機で使うのみ、映画は物理的な手段によってのみ上映されるフィルム、放送の電波もアナログでした。ところが、“スターウォーズ・エピソード1”ではかなりの部分がCGで制作され、放送にはデジタル衛星が登場し、アナログからデジタルに変わりつつあります。デジタルがそれぞれの分野で大きな意味をもってきているのです」と、CGやデジタル技術がこれまでのエンターテインメントの世界を変えつつあることを示した。
続いて、稲蔭氏は、変化しつつある業界においてCGが抱える課題について説明した。「まずは、コンテンツを作る上で重要な“モデリング”です。映画監督はCGは情報量が少ないからといって、プログラマーにデータ量が膨大で複雑なものを要求します。これを自動化できないか? どうやったら自動化できるのか? ということが課題になっています。
次は“動き”、“演出”に課題があります。これまでCGでは、静止画を計算し、再生する“ノンリアルタイム処理”が主流でした。しかし、実写の世界は“リアルタイム処理”が当たり前です。ゲームもリアルタイムといえるでしょう。ノンリアルが計算通りに段取りよく作るものであるとすれば、リアルはクリエイターの感性に基づいて描くものと言えます。このノンリアルとリアルの間にあるギャップをどうするのか? ノンリアルとリアルをどう使い分けるか? これは演出論、技術論の課題といえるでしょう。
さらに“表現”を幅広くするという課題や、“配布に関する課題もあります。特にどうやって配布するのか、ということは、ネットワークが深く関わってきます。サイバースペースが参加者の動きによって刻々と変わっていく現象は、これまでモノづくりとしての映画や放送にはなかったことといえます」と、コンテンツのディストリビューションにまで課題は及んでいることを確認した。
ゲームの次は何がくるのか? ソニーが考える新しいパラダイム
続いてSCEIの岡本氏が『“ゲーム”を超えた新しいパラダイムへの挑戦』と題して講演した。岡本氏は「重要な発表の直前なので詳しい話はできないが」と前置きし、今後、SCEIが進めていくゲームを超えたエンターテインメントのコンセプトについて4つのキーワードを示しつつ、講演を進めた。ソニーコンピュータエンタテイメントが描くエンターテインメントの将来 |
「最初のキーワードは、“Computer Entertainment(CE)”です。SCEIがゲーム機をやってきて5~6年たちましたが、これからもずっとゲーム機なのか?
もうそうではありません。ゲーム機というのは狭い商品を指す言葉になっています」と、まずゲームメーカーとしてのみのSCEIの存在を否定した。続いて、エンターテインメントはどのように変化してきたのかを音楽を例にとって説明した。
「最初、音楽はその場で消費する“実演”だけでした。それから実演家とは離れた場所で聞ける“レコード/CD”が現われたわけです。そしていまは自分で歌う“カラオケ”という形にまで変化してきました」
岡本氏はさらにゲームのエンターテインメントとしての変化について言及した。「ゲームは'70年代に商業化されたばかりで、まだまだその歴史は浅いです。しかし、テクノロジーの進化を受けて様変わりしつつあります。それでは、ゲームの次は何が来るのでしょう?」とゲームの将来に話を向けた。
“ESゲーム”=PlayStation 2の開発コンセプト
岡本氏はその次にくるキーワードこそが、次世代機、PlayStation 2の開発コンセプトだという。「次に来るキーワードは、“Emotion Synthesis(ES)=エモーション・シンセシス”です。このESは、次期PlayStationの開発コンセプトです。ゲームの次にくるものを仮に“ESゲーム”と呼びたいと思います」とし、ESゲーム=PlayStation 2であると明言した。
さらに、ESゲームに組み込まれる技術トレンドに話は及んだ。「これまでゲームの技術といえば、'88年に登場したサンプリングサウンド、'94年のポリゴンがありますが、ポリゴンはいまや一般常識といえるでしょう。ESでは、このポリゴンやスプライン、モーションキャプチャー、ムービーに代わる新しい技術が活用されます。
“アルゴリズム合成”はより新しい演出や生産性を向上させます。また、“キャラクター・インテリジェンス”は群衆シーンやリアルタイムゲームに組み込まれ、これまでできなかった表現が実現するようになります。サウンドについても、これまでの“波形テーブル”から“ソフトシンセ”に移行するでしょう。もちろんユーザーはこうしたテクノロジーを求めているのではなく、刺激を求めているわけです」とし、これらの技術を使ってどういうことができるのか、試作品によるデモンストレーションを行なった。
さらにESゲームの大きなポイントについて「“動かす”ということが重要になっています。その自由度と多様性は新しい表現と生産性を生み出します。ESはこれからのソフト開発のキーワードなのです」とした。
公開されたPlayStation 2の試作品の1つ。丘(もしくは小山)に生えたさまざまな草木が風に揺らいでいて、そこには蝶が舞っている。このほか、ロールプレイング的な世界観で描かれた街に無数の鳥が飛んでいる映像も紹介 |
さらに岡本氏は、ESの後に控えるエンターテインメントの未来について言及した。
「そのキーワードは“Digital Entertainment(DE)”です。映像、音楽、プログラム、テキストといったコンテンツは、デジタルデータとしてネットワークなどのメディアを通じて新しくディストリビュートされます。実際、デジタル音楽配信のように、すでにその動きは顕著です。SME(ソニーミュージックエンタテイメント)の内部でも、(こうした音楽産業の仲介役は)あと10年ぐらい、といわれています。映画もシーケンス再生型の上映から“E-Cinema”といわれるような映画配信も現実のものとなるでしょう」と、これまでのエンターテインメントの提供スタイル自体が変化しつつあることを指摘した。
5年先のエンターテインメントの発展形、“RDE”
さらに岡本氏は、5年先にはこのDEにESのインパクトが加わった、新しいエンターテインメントの発展形が出現するという。
「ESのインタラクティブでダイナミックな要素が加わったエンターテインメントの発展形が“Real Time Digital Entertainment(RDE)”です。このコンセプトは初めて公開するもので、社内では“RDE”と呼んでいます。RDEは総合芸術としての映画の発展形で、デジタルコンテンツとネットワークの影響をもろに受けたものとなります」と、明らかにSCEIがゲームだけの領域から、ソニーグループのネットワークとパワーを投入した新しいエンターテイメントの創出に取り組んでいることを示した。
岡本氏は「RDEは総合芸術の発展形です。将来、RDEの作品を見ながら、昔はこういう部分が映画っていわれていたんだよね、なんて語る時があるかもしれない。それがRDEです」と語った |
最後に岡本氏は「ゲームメーカーはテクノロジーを提供するだけで、作品を作り出せるものではありません。ぜひ、クリエイターのみなさんに(新しいエンターテイメントを)作り出していただきたです」と締めくくった。
“質VS量”から“量=質”への転換
続いて安生氏が『リアルタイムCGコンテンツの進化の方向』と題した講演を行なった。前半は、“CG小史”としてこれまでのCGの歴史を紹介した。後半は、KAIST社の“インテリジェントキャラクターアニメーション”やGeogia Tech社の制作した有限要素法による“破壊のシミュレーション”や“ガス状流体のシミュレーション”などのSIGGRAPH '99での技術トレンドを紹介するものとなった。
安生氏はSIGGRAPH '99での技術トレンドを紹介 |
また、コーエーのPlayStation 2向けに開発中の“決戦”から、騎馬の群を制御する様を紹介した。
安生氏は「これからは“質VS量”から“量=質”への転換がなされていきます。デジタル映像と実写の融合が進むこれからは、“リアルタイムVSハイクオリティー”ではなく“リアルタイム=ハイクオリティー”へと転換がなされていきます。これによってデジタル映像が非専門家の手によって“演出”できるようになります。そういう状況で、誰が制作者足り得るのか?
誰がどのようにしてコンテンツを流通させるのか?」と今後の課題を提示した。
最後にエイリアスウェーブフロントの多喜氏が、年内出荷を予定している“Maya”とリアルタイムSDKを統合した“Maya
Middlewear”などを紹介した。
エイリアスウェーブフロントの多喜氏 |
PS2の開発環境は200万円。今後はオープンソースに!?
以上のようにパネルディスカッションと銘打ってはいたが、実際には各氏の講演、デモンストレーションに大幅に時間が割かれた。最後のおまけのようなごく短い質疑応答が行なわれたが、来場したクリエイターを交えた熱いバトルトーク、という場面は実現しなかった。しかし、数少ない中では、的を得た質問も飛び出した。フリーランスのクリエイターという来場者からは「現行のPlaystationでは、インディーズ系の動きが活発でした。次期Playstation 2でも同様の期待を寄せていますが、どのような状況になっていますか?」という開発者側にとって、重要な質問があった。
これに対しSCEI岡本氏は「開発ツールは来週発表されます。200万円ぐらいになりますので、現行のPlaystationの135万円と比較すると高いように感じますが、実際には後から買い足すものを少なくしていますので、トータルの費用はほとんど同じです。アマチュアへの開発環境提供については、1年半から2年後ぐらいになりそうです。今回は、ゲーム制作会社以外のゲーム制作をしていない会社への提供も行なっており、新しいアイデアを期待しています」と説明した。さらに岡本氏は「オープンソースのようなコンセプトを取り込んだ動きも進んでいます」と付け加えた。