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【INTERVIEW】MdNコーポレーション社長・猪股裕一氏に訊く(前編)――雑誌『effects』創刊に寄せて

1999年09月08日 00時00分更新

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一昨年暮れからCG、映像系雑誌の創刊が相次いでいる。当初はどちらかといえば“CGソフトの使い方”的な、技術指向のものが多かったが、昨年暮れあたりから『GaZo』(徳間書店)など、映像制作全般を対象としたものにシフトしてきている。この7月に創刊された『effects』(MdNコーポレーション)も、まさにそうした第2世代の映像雑誌だ。DTPデザイン雑誌の草分け『MdN』で知られる同社だけあって、誌面デザインも音楽誌やファッション誌を意識したアーティスティックなものになっている。創刊に賭ける意気込みを、編集長にして同社社長でもある猪股裕一氏に伺った。

『effect』創刊の意気込みを語るエムディエヌコーポレーション代表取締役社長の猪股裕一氏
『effect』創刊の意気込みを語るエムディエヌコーポレーション代表取締役社長の猪股裕一氏



“動くデザイン”の可能性――ストーリーをデザインする時代

――映像雑誌ブームもそろそろ一段落してきたという印象がありますが、いまここで『effects』を創刊した狙いは?

「10年間、『MdN』でDTPをやってきましたが、デザイナーもやはり動かないものより動くものの方が絶対面白いし、IllustratorやPhotoshopだけでなくアニメーションやビデオ作品も作ってみたい。そういう流れが必ずあると思うんです。『MdN』が切り開いたデジタルデザインというものから、もう一歩進んで“動くデザイン”というものがどこまで可能かということです。

そのためにはまず、既存の業界、映画、ビデオ、CF、ゲーム、テレビなどの世界を知らなければならない。最初は映画を題材にしてみたわけですが、例えばそこにプリプロダクション、プロダクション、ポストプロダクションという3つの流れがあるといった、職能領域というものを読者に知らせていくということもあります。

もう1つ、ぜひともやってみたいのは、これまでのように情報を視覚化する、いわゆるビジュアライズという領域のデザインから、“時間”というファクターを含むデザインを伝えていくということです。時間をデザインするとは、つまり物語をデザインすること、ストーリーテリングです。それを今までのデザイナーはあまり勉強していないし、その機会も環境もなかった。

これまでは専門家が高額のギャラで行なっていたビデオ編集の作業も、ファイアーワイアーなどの技術でDVの世界が開かれれば、デザイナーの手に委ねることができる。その時、どうやったら素晴らしいストーリーをデザインできるかが伝えられれば最高です。

ここ10年あまりで機材も普及し、技術的な意味ではもう飽和状態にある。彼らがもっと知りたいのは、どうやったらアイデアを具現化できるかということです。それが『effects』の中に反映されていれば最高です。CG、動画系の雑誌がたくさん出ているけど、かなり技術的な側面に入り過ぎている気がする。もっとデザイン的、ビジュアルな側面を追求していって、“こんなカッコいいものを作りたいんだ”ということを読者に訴求できれば、『effects』本来の真価が発揮できるのではないかと思う」

優れたデジタルムービーを読者から募り、コンテストやイベントを開催したい

――対象読者の年令層としてはどのあたりを狙っていますか?

「25歳前後くらいがキーでしょうか。価格が少し高めだったせいか、もう少し高年齢層にも売れたようです。でも、もう少し若い人に訴求していって、あまり読まなくてもいい雑誌、つまり見れば分かるという雑誌にしていきたい」

――動画のことを語るのに静止画で対応しなければならない矛盾、限界についてはどう思われますか?

「だから、雑誌にCD-ROMを付けたんです。これはもちろん今後も継続しますし、できればこちらをメインにしていきたい。誌面には代表的なビジュアルのみを載せ、動画自体がCD-ROMで見られるというようにしたい。ただ、これをやっていてわかったのは、恐ろしく権利の大変な業界だということ。

実は、あるページも締切のほんの数日前に画像を全部差し換えしたんですよ。国内の配給会社を通さず直接アメリカの会社から画像を借りていたら、「無断でうちの作品の画像を掲載するそうだけど」と配給から横やりが入った。でも、配給から普通に手に入るポジだと全然つまらないものしかできないんだよね」

――個人のデジタルムービー制作も視野に入れていらっしゃるのですか?

「もちろんです。そのへんを読者からの投稿やコンテストなどの形にもっていきたい。、そういう啓蒙をしないとDTVも発展しない。できればイベント的なものもやってみたいし、それをパッケージ化してビデオで配布するというのも面白い」

創刊したばかりの『effect』を手にして、その苦労を語る
創刊したばかりの『effect』を手にして、その苦労を語る



日本では大きなプロジェクトのデザインやオーガナイズがまだできない

――猪股さんご本人は、映像制作をなさるのですか?

「ううん、素人。それでいいんじゃないかな。なぜなら、この雑誌には見る側と作る側の2つの側面があるから。デジタルデザインみたいなコンテントだと作る側の話しかないけど、映像はオーディエンスもたくさんいるので。僕は見る側でいいんじゃないかなと思う。それでデザインをわかっていればね。その中にストーリー性なり、デザインというものがどのように入ってくるかでいいと思う」

――猪股さんの考えるデザインというのは、単に画面構成といったことではなく、ストーリー、時間構成まで含めてということですよね

「そうです。それに、例えばユニバーサル・スタジオの『T2:3D』のようなものは、完璧な1つの大きなプロジェクトのデザインです。どうやって観客を待たせるか、どうやって飽きさせないか、どうやって感動をインタラクションさせるか、どのように出たところにお土産屋があるか。そういうデザインは、日本ではまだできていない。

今度、千葉・浦安のディズニーランドに『ディズニー・シー』というのができる。まだほとんどの人が知らないけど、既にアメリカのいろいろなところに発注されているんだよね。そういうデザインは全部日本をスキップする。『手塚ワールド』ができるとイナーシャ・ピクチャーズに見積もり依頼がいってるとかね。そういう大きなプロジェクトのデザインというものが、日本はどこもでき得ない。できたとしても電通、博報堂で、彼らがソニーを通じて向こうのデザイナーに発注するとか。そういうことをもっとグローバルに伝えていく使命もあると感じています。

――優秀な人材が海外へ流出していくのもそうした状況のせいでしょうが、将来、彼らが日本に戻って来るような環境になると思いますか?

「グローバリズムというか、もっと広い視野を持った社会にするしかないんじゃないの? 先日、LA在住の彫刻家と話したんだけど、「こっち(アメリカ)では、仕事をする人は日本人の何倍も仕事をしている」と。それくらいやらないと追いついていけないし、あちらの方がプロジェクトもでかいわけです。その中で切磋琢磨している。
また、日本人は感性の民族だが、欧米の人間は論理的で、そうしたオーガナイズ、組織化ができる民族です。日本はなかなかそれができない。誰かがイヤだと言うとダメになってしまう。そのへんが違うんじゃないかな。

『プリンス・オブ・エジプト』は3年半で600人、『マトリックス』だって3年、いま製作中の『スチュアート・リトル』が5年半で300人。常時300人いるわけではないにしても、それだけのオーガナイズを行なうのは大変なことです。

しかも、5年半も掛かれば最初の1、2年と後半とでクオリティーの差が歴然としてくる。そのリメイクの必要もあるわけで、そんな膨大なオーガナイズを日本から来たクリエイターが目の当たりにしたら、“ここで仕事してみるの気持ちよさそうだな”と思うのも当然です。日本でやってるより資金も潤沢だし、大きなプロジェクトはみんな向こうに発注されているわけだから。でかい仕事をやってみたいと思うのが普通だよね」

――このところ、日本のアニメなどのアイデアが国内で実現されず、エッセンスだけがアメリカにとられて映画化されているような印象がありますね

「それは、わかりやすいじゃない。それなりのいいところをちゃんと吸収できる大きな組織が向こうにはあるからでしょう。日本ではせいぜい15億円集めるのがやっとですが、向こうでは600億集めるのも簡単な話でしょう。それでああなってしまう。日本やフランスがハリウッドの産業スタイルを真似ようとしても、なかなか追いつけるものではない」

MdN編集部にて。真剣なまなざしでディスプレーを見つめる
MdN編集部にて。真剣なまなざしでディスプレーを見つめる



誰でも映像が作れる共通の言語体系をDTVの世界に生み出し、新しいム-ヴメントを

――アメリカ映画はマーケティングなども徹底しており、確かに“産業”として確立していますね。先ほどのオーガナイズという点ではプロデューサーの役割も大きいと思うのですが、『effects』ではそうしたプロデュース感覚のようなものも啓蒙していくおつもりですか

「そこまで踏み込んだら僭越なんじゃないかな(笑)。まだ創刊したばかりだし。もちろんそこまで影響を与えられれば面白いと思うけど、それは若い読者からの投稿など、新しい作品の芽をどう『effects』はキャッチアップし、プロデュースしていくかというところに大きくかかっている」

――個人の制作者の裾野を広げて、映像に対する理解度を高めていくということですか?

「そうですね、その方向が一番大切だと思う。DTPとまったく同じです。今まで特別な人しか作れなかった状況から誰でも作れる状況を提案していき、その中から新しくブレイクスルーできるような仕組みやクリエイターを輩出できれば、それで成功なんじゃないかな。

また、今回やってみてわかったのは、この業界には非常にマニアでオタクで、“他人になんか教えてやるもんか”といった感じの度量の狭い人が多い。これは写植屋さんでも同じことだった。それが、みんなマックを使うようになって、誰もが話の通じるような状況になった。

そういう、共通の言語体系みたいなものをDTVの世界に生み出せたら、新しいムーブメントを起せると思う」

(後編に続く)

≪聞き手/平野晶子&千葉英寿、文/平野晶子≫

・エムディエヌコーポレーション
http://www.MdN.co.jp/

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