このページの本文へ

名古屋港“メディアセレクト展”を締めくくるパフォーマンス~“100Light Years”開催

1999年07月14日 00時00分更新

文● 文:Yuko Nexus6 photo:Stefan Lisowski

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

今世紀100年の光と人類の歴史を再構築

6月26日から約2週間にわたって開催された“アートポート99 メディアセレクト”のクロージングイベント“100Light Years”が7月10日午後9時より名古屋港20号倉庫で行なわれた。

「100年前、人類が初めて放ったラジオ電波は、いまごろ100光年先の星々に届いているはず。そうした到達不能な距離を軸として、残響時間10秒というディープなエコーをもった港湾エリアの旧倉庫内に、映像と音響によって今世紀100年の光と人類の歴史の再構築を試みます」――。

アーティストによって書かれたステートメントに示されているごとく、この夜の古びた倉庫はそれ自体が1個の“形のない歴史書”のような、印象深いパフォーマンスとなった。

歴史年表をスキャンしていくラジオ

真っ暗な会場中央に幅15mのスクリーンが吊られ、一面に夜景が映し出されている。映像ユニット“TPO”のパフォーマーの1人、大池明日香氏の操るポータブルラジオがノイズ交じりの電波を受信する。そして映像は星空に変わる。一風変わったプラネタリウムを見るようだ。なぜスクリーンがこれほど横長なのかはすぐにわかる。

ブラックライトに浮かび上がる白いシャツが映像ユニット“TPO”の平野治朗氏。暗闇の中、かすかに明滅する光が効果的だ。従来の派手なCG映像とは正反対の“目を凝らして見る”映像表現が新鮮だったブラックライトに浮かび上がる白いシャツが映像ユニット“TPO”の平野治朗氏。暗闇の中、かすかに明滅する光が効果的だ。従来の派手なCG映像とは正反対の“目を凝らして見る”映像表現が新鮮だった



“TPO”の1人、大池明日香氏。最新のデジタル機器と旧式のラジオが混在する独特のコンソール
“TPO”の1人、大池明日香氏。最新のデジタル機器と旧式のラジオが混在する独特のコンソール



1895年、マルコーニ式電信機(モールス信号)に始まり、2001年まで目盛られた巨大な年表が映写されるのだ。そして赤い線がゆっくりと2001年に向かって移動していく。サティのピアノ曲、ノイズに埋もれそうになりながらかすかに聞こえる政治演説や戦況放送、ジャズ、スティーブ・ライヒ、クィーン、'80年代ポップスにテクノミュージック……。“時代にチューニングを合わせる”という言い回しはよく比喩的に用いられるが、ここにあるのは、まさに歴史年表をスキャンしていくラジオなのである。

時の流れを周波数に見立て、チューニングを合わせていく。巨大なスクリーンは写真用の背景紙を用い、平野氏が自作したもの
時の流れを周波数に見立て、チューニングを合わせていく。巨大なスクリーンは写真用の背景紙を用い、平野氏が自作したもの



重なるノイズとディープな残響。際立つソリッドな打鍵音

音響を担当した有馬氏によると、「ずいぶん歴史の勉強になったよ。イメージはデジタルチューナーじゃなくて旧式のラジオ。だからバッドチューニングノイズの出方も、古い回路図を分析してそこからシミュレートして音を作ったんだ」――。

有馬純寿氏。8月後半、IAMASでサマースクールが開催される話題のDSP環境“MSP”をフル活用した音づくりを行なった
有馬純寿氏。8月後半、IAMASでサマースクールが開催される話題のDSP環境“MSP”をフル活用した音づくりを行なった



4台のスピーカーから出る音もいわゆるサラウンド方式ではなく、音源によってチャンネルを分けている。重なり合うノイズやMSPによって作られた重層的な音は倉庫という環境がもつディープな残響の中で溶け合い、判別不能な情報の塊として聞こえるのだが、時おり明瞭な音でタイプライターの打鍵音が響く。あたかもスピーカーが実物のタイプライターに化けでもしたように。

「残響が長いから中低域から下の音は全部ぼやーっとしちゃうんだ。そこに高域の固い音を使ってやるとクリアに立ち上がってくる」(有馬氏)

パフォーマンスの後半、スクリーンには3台のチューナーが現われ、それぞれがバラバラに時代の音を拾ってミックスしていく。

「サウンドソースは100年分で400ファイルあるんだけど、Directorの容量を越えてしまうから全部は使えなかったね。細かく分割して入れてあるから時々音が途切れたりするし」と開発者の平野治朗氏は解説する。

平野氏はIAMASで教鞭をとっている。来場者の中にはIAMASの教員や学生も多数見られた。また“メディアセレクト展”出品者や関東関西のアーティストも多数来場
平野氏はIAMASで教鞭をとっている。来場者の中にはIAMASの教員や学生も多数見られた。また“メディアセレクト展”出品者や関東関西のアーティストも多数来場



回転式チューニングメーターを模したインターフェース。3者が自在に“時代”を操る。こんなラジオがあったらぜひ1台ほしいもの
回転式チューニングメーターを模したインターフェース。3者が自在に“時代”を操る。こんなラジオがあったらぜひ1台ほしいもの



この“歴史のラジオ”はMacintosh+Directorという組み合わせで誰もが実際に触ってみることができる20世紀最後の新案ラジオと言えるかもしれない。筆者は以前、平野氏が作った“SFモダン年表(1832~1960)”を見たことがあるが(美術、文学、科学技術上の事件がぎっしりと書き込まれている)、今回の音による歴史の表現も非常に魅力的だ。

時の流れに埋没した日常性を再考させるパフォーマンス

現在ある情報伝達の手段は、無線、有線を問わずほぼ19世紀末にそのアイデアが出そろっている。ベルによる電話の発明以後、1880年代には電話線を介したオペラやコンサートの中継が盛んに試みられた。これなどはインターネットラジオの遠い祖先と言えるだろう。発明と実験の前世紀末を経て、20世紀は100年かけて各メディアを生活に浸透させ、技術的改良を行ってきたわけだが、今回のパフォーマンスではそのありさまが独特の孤独感と詩情を伴って表現されていた。

“100光年”という単位ですら小さすぎる広大な宇宙に放たれた過去の電波を誰かが聞くことがあるだろうか? タイタニック号から発信されたモールス信号も、8月15日の玉音放送も、誰もが熱中した街頭テレビも、また全世界に支援を呼び掛けるウェブも、人々の切実な気持を伝えるメディアであり、時が経てば自然と日常性に埋没し、忘れられていく。歴史という非情な時の流れの中で、人間の作ったメディアの意味あいを再考させるパフォーマンスであった。

カテゴリートップへ

注目ニュース

ASCII倶楽部

プレミアムPC試用レポート

ピックアップ

ASCII.jp RSS2.0 配信中

ASCII.jpメール デジタルMac/iPodマガジン