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【メディアセレクト】出色のメディアアート展――名古屋港の倉庫で開催中

1999年07月02日 00時00分更新

文● Yuko Nexus6

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港の倉庫という独特のロケーションに、国内屈指のメディアアーティストが集結

世界デザイン博覧会の開催以来10年、会場跡地である名古屋港ガーデンふ頭は市民の憩いの場として定着してきた。加えて過去5回に渡って開催された“名古屋国際ビエンナーレ・アーテック”の成果もあり、メディアアートも浸透。7月11日まで開催されている“アートポート99 メディアセレクト”は、名古屋港の倉庫という独特のロケーションと国内屈指のメディアアーティストを集めた充実の内容で人気を集めている(アーティストの敬称略)。

会場の20号倉庫はガーデンふ頭の公園に隣接。水族館や港めぐり、夜景見物のついでに立ち寄るカップルや家族連れも多い
会場の20号倉庫はガーデンふ頭の公園に隣接。水族館や港めぐり、夜景見物のついでに立ち寄るカップルや家族連れも多い



ひんやりとした倉庫内に音と光が明滅する独特の雰囲気。初日には300人あまりが来場したが、平日も付近のサラリーマンや学生、カップルらが盛んに訪れる
ひんやりとした倉庫内に音と光が明滅する独特の雰囲気。初日には300人あまりが来場したが、平日も付近のサラリーマンや学生、カップルらが盛んに訪れる



“メディア”や“感覚”について、作家の個性が明確に表出した展覧会

会場に一歩足を踏み入れると、天井の高い巨大な倉庫いっぱいに17の作品が展示されている。大型ビデオスクリーン上ではスカイダイヴァーが落下を繰り返し(今義典『Jumper #2』)、膨大な数のLEDが場内に響く音量レベルをリアルタイムに表示する(加古浩昌『No Limit/Type B#1』)。かと思えばさまざまなセンサーシステムやソフトウェア自体を作品化したものもある。

“メディア”や“感覚”について、それぞれの作家がどう考えているか、そして作家によってその捉え方がいかに多彩であるかが明確に表現されている展覧会だといえよう。ビデオ映像、コンピューター、メカ、電波の送受信、ロボット、医療用機械、各種センサーから自動販売機まで、素材はいろいろ。そして嬉しいことにほぼすべての作品が、直に触れることのできるインタラクティブなものだ。

小林亮介『家族の肖像(ドリンク編)』は場内の自販機コーナーと一体化した作品
小林亮介『家族の肖像(ドリンク編)』は場内の自販機コーナーと一体化した作品





国民投票『見えるものと見えないもの』は会場周辺の音と映像をリアルタイムに中継する作品。FM電波で名古屋港の音をキャッチするレシーバーに惹きつけられる男性多数
国民投票『見えるものと見えないもの』は会場周辺の音と映像をリアルタイムに中継する作品。FM電波で名古屋港の音をキャッチするレシーバーに惹きつけられる男性多数



森脇裕之『Positronics Noosphere-BCD Addition』。光とともにガチャガチャと無骨な音が。原初の計算機そのままに演算処理のプロセスが機械音を響かせる
森脇裕之『Positronics Noosphere-BCD Addition』。光とともにガチャガチャと無骨な音が。原初の計算機そのままに演算処理のプロセスが機械音を響かせる



オープニングレセプションで音と映像のパフォーマンスを行なったedfは使用機材を展示。来場者が自由に触れ、音を出すことができる
オープニングレセプションで音と映像のパフォーマンスを行なったedfは使用機材を展示。来場者が自由に触れ、音を出すことができる



特に出色なのは前林明次の作品。人の身体と環境をつなぐ器官のひとつである“耳”をインターフェースとして捉え、コンピュータープログラムによって拡張する。外部の音を遮断する大型ヘッドフォンで耳を覆い、PowerBookの入ったリュックを背負って、体験者は場内を自由に歩き回る。ヘッドフォンからはマイクが拾った周囲の音、話し声などを徐々に遅らせた音声、バラバラに解体した音、折り重なった音などが聞こえてくる。

この装置を着けて誰かと会話をしようとしてもまず無理だ。自分の声が10秒あまりも遅れて聞こえるというのは非常に妙な感覚で、聴覚や時間の感覚がほんの少しズレただけで自分の身体を取り巻く環境がすっかり変わってしまうのがわかる。この装置をつけて他の作品を見る、外へ出て風景を眺める、それだけでも新鮮な感覚が味わえるだろう。

前林明次『Sonic Interface ver.1.0』。ヘッドフォン、マイク、リュックに納められたPowerBookのセットを体験者が装着することで、驚くべき感覚の変容が味わえるのだ前林明次『Sonic Interface ver.1.0』。ヘッドフォン、マイク、リュックに納められたPowerBookのセットを体験者が装着することで、驚くべき感覚の変容が味わえるのだ



あれこれ触って楽しんでいるうちにあっという間に時間が経ってしまう。片隅に藤の揺り椅子があった。ちょっと休憩……腰掛けるとポロポロと音がこぼれる。椅子のゆれがセンサーを通して音を奏でる作品(千野秀一『ゆり椅子'99』)だ。もちろんこの椅子が奏でる音だけが聞こえているのではなく、他の作品がたてる音も巨大な倉庫の残響を伴って聞こえてくる。椅子をゆすり、付属のタブレットを操作しながら環境音とミックスさせるように“演奏”してみるのもいいだろう。

特定の作品だけをじっくり見たい、聞きたいという気もするのだが、この会場では難しい。メディアアートの展覧会では“隣の作品の音がうるさくて集中して鑑賞できない”ことが問題になることもままある。しかし本展においては、それがむしろ効果的だ。様々な作品が光や音を発し、倉庫内で渾然一体となって混ざり合うさまは、実は日常的な都市の環境に近い。メディアと情報が溢れる街なかで、人は無意識のうちに注意のチャンネルを切り替え、興味対象にチューニングを合わせながら生活している。静かな美術館の展示とは違って“雑踏”の感覚に近いのだ。出品作家たちも、こうした無意識の交流を前提にして作品を展示しているようで好感がもてる。

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