(株)東芝は29日、都内のホテルに記者・関係者を招き、昨日発表した新DynaBookとDynaTopの製品説明会を開催した。マイクロソフト(株)の成毛真社長やインテル(株)の傳田信行社長も挨拶に訪れた。また、会場後方には新製品のほか、歴代のDynaBookが展示され、さながらDynaBook10周年記念パーティーという雰囲気であった。
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溝口哲也東芝上席常務兼デジタルメディア機器社社長 |
溝口哲也東芝上席常務兼デジタルメディア機器社社長は、10年前に初代DynaBookを発売して以来、'94年にはサブノートパソコン、'96年にはミニノートパソコンを開発してきたことや、'94年以来、世界のノートパソコン市場で5年連続シェア1位であることを挙げ、東芝がノートパソコンをリードしてきたことをアピールした。今後は、「ITの技術とPCの技術、それに通信の技術を合わせて新しい市場を創造する」と述べた。
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“DynaBook”の提唱者アラン・ケイ氏が東芝の青梅工場を訪れた時の画像がスクリーンに |
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米マイクロソフト社のビル・ゲイツCEOもビデオで登場「レガシーデバイスを排除したDynaTopはすばらしい製品だ」 |
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インテル(株)の傳田信行社長 |
挨拶に立ったインテルの傳田社長は、かつてインテルが“インテル入ってる”キャンペーン(当時は“Intel
In It”)を日本でも展開しようとしていたとき、DynaBookにシールをつけてもらおうとして、溝口社長に頼みに行って断られたことや、結局i386搭載のDynaBookで“Intel
In It”キャンペーンに参加してもらい、これが日本で最初のキャンペーン参加ブランドになった、といったエピソードが紹介された。また、初代DynaBook発売後、まだHDD搭載のノートパソコンがなかったころ、溝口社長が、ノートパソコンに必要なHDDについて、「20ミリの厚みで、20ミリセカンドの速さで、20MBの容量で、200ドル」と述べたことが印象に残っている、というエピソードも披露された。そして、東芝に対し「世界市場だけでなく、日本のノート市場でも1位になってもらいたい(編集部注:現在は3位)」とエールを送った。
また、記者からの「Windows CE機は発売しないのか」との問いには、ユーザーが求めているものは、『Libretto
ff』の下位モデルで吸収できるとしたが、同時に、企業用途などのバーチカル市場向けには、ある企業から“かなりの数”(溝口社長)を受注しており、製造するという。ただし、一般向けの販売はまったく予定していないとのこと。
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東芝最初のパソコン『T-400』 |
会場後方の展示スペースでは、東芝が'78年に開発し、7台が作られたという“日本メーカーで最初のパソコン”(溝口社長)『T-400』が展示されていた。'78年3月にドイツのハノーバーメッセで展示したものを、ドイツ人の社員が保存していたという。ただし、残念ながらもう動作はしないとのことだった。
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ずらりと並ぶ歴代の“DynaBook”一番手前が“初代DynaBook SS” |
