このページの本文へ

【メディアの足し算、記号の引き算 Vol.2】“アートとテクノロジーの境界線”--スコット=ソーナ・スニッブ氏と草原真知子氏によるシンポジウム

1999年06月29日 00時00分更新

文● 編集部 伊藤咲子

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

(株)NTTのインターコミュニケーション・センター(NTT ICC)は、東京・初台の東京オペラシティーで、“メディアの足し算、記号の引き算”を開催している。開催3日目の24日、神戸大学大学院自然科学研究科助教授を務める草原真知子氏と、メディアアーティストのスコット=ソーナ・スニッブ(Scott=Sona・SNIBBE)氏によるシンポジウムが開催された。テーマは“アートとテクノロジーの境界線”。アーティストであり技術研究者でもあるスニッブ氏の作品製作コンセプトなどについて、草原氏や会場の参加者とスニッブ氏の対話形式で進められた。

草原真知子氏(左)と、スコット=ソーナ・スニッブ氏(右)
草原真知子氏(左)と、スコット=ソーナ・スニッブ氏(右)



スコット=ソーナ・スニッブ:米ブラウン大学大学院の出身。米アドビシステムズ社を経て、現在はカリフォルニアのシンクタンクInterval Research社に勤務する。そこで、触覚学(コンピューターを用いた触覚に関する領域)やデジタルビデオ、インタラクティブグラフィックスなどを研究している。

草原真知子:東京工芸大学芸術学部教授を経て、現在、神戸大学大学院自然科学研究科助教授を務める。通信や人口生命など科学技術とアートとの関係を研究する


スニッブ氏が同展に出品したのは“Boundary Functions(境界線)”という作品。頭上から作品のフロアに投射される光線が、観客を分かつ境界線となる。作品のフロアに1人で入っても何も起こらないが、2人で入るとその間に1本の線が投影され、2人が動いても2人からの距離が同じになるように線も動く。さらにフロアに人が入ると、フロアは光線によって細胞状に分割され、それぞれを分ける。

会場内に設置された“Boundary Functions(境界線)”。フロア床面に光線が照射されている(写真提供:NTT-ICC)
会場内に設置された“Boundary Functions(境界線)”。フロア床面に光線が照射されている(写真提供:NTT-ICC)



“Boundary Functions(境界線)”


以下、スニッブ氏と草原氏の対談より。草原氏の質問に、スニッブ氏が答えるという形式をとる。なお、質問の一部には会場の参加者から寄せられたものもある。

――“Boundary Functions(境界線)”のように、コミュニケーションを視覚化するインタラクティブアートを継続して製作しているが、どういった狙いがあるのか?

「通常アートは1人で鑑賞、参加しても何らかの経験ができるのだが、“Boundary Functions”は、2人以上の人間がフロアに入った際、アクションが発生するというもの。空間のエネルギー化、コミュニケーションの視覚化を狙い、人間の身ぶりや非言語的なコミュニケーションを翻訳している作品だといえる」

――“Boundary Functions”というタイトルには何かいわれがあるとか

「セオドア・カジンスキー(Theodore Kaczynski)の'67年の博士論文のタイトルにちなんだものである。カジンスキーは、元科学者の爆弾テロリスト、ユナ・ボマー(Una Bomber)として知られる人物である。彼が“反科学”という立場で、科学技術は人を分断、阻害すると主張する。もちろん阻害するという面もあるが、携帯電話などのように、逆に技術によって結合させることもできるのだ。“Boundary Functions”ではそれを表現したかった」

――“Boundary Functions”は2人以上の参加者の領域を分かつわけだが、むしろ参加者間のコミュニケーションの分断を表現しているのではないか

「おっしゃるとおりである。しかし、参加者間の領域を分かつだけではなく、実は2人が抱き合うと境界線が消えるようになっている。ムキになって他者の領域に進入しようとしたり、線を踏もうとしたりと参加者反応はさまざまだ」

「また、人と人の距離から比較文化を行なう学問があるが、参加者の反応は展覧会をする国によっても異なる。オーストリアで抱き合う人はあまりはあまり見なかった」

今回の展覧会を運営するNTT ICによると、“Boundary Functions”のフロアではナップサックを床において自分と荷物との間に照射される境界線を楽しむという反応が多いそうだ。また、フロアが込んでくると何人までシステムが認知できるのだろうと、実験をする来場者の姿が見られたという。抱き合っている人は見なかったとのこと。



サイエンティストでもありアーティストでもある

――アーティストとしての製作活動と同時に、サイエンティストとしても活動されているわけだが、何かジレンマはあるのか?

「芸術の世界、工学の世界それぞれで評価されなければならない。しかし、もともと人間の中に同じようにあったものを1つの作品として具現化するわけで、それぞれ別個の学問として細分化しようとするのは現代の教育の悪弊だと思う」

――あなたはアドビシステムズのデジタルムービー作成ツール『After Effects』の開発者の1人でもあるが、アーティストとしての考え方がソフト開発に与える影響はあるか?

「アーティスト創造の手段のツールを作るという意味で、アーティストの活動としての一環と捕らえている。また、シンクタンクでのリサーチ作業も同じだ」

――インタラクティブアートができるアーティストとできないアーティストがいるが、その境は何か?

「アーティストの中には、自分が定義した作品をその通り見てもらいたいというタイプと、自分自身の考えているものを観客が勝手に解釈しても構わないというタイプがあると思う。そのタイプが境となる」

――テクノロジーの分野でアーティスティックな感覚を持っている人が少ないと思うのだが

「お互いの話し合いの“言語”がないのが問題ではなかろうか。コラボレーションを行なう上で、お互いがお互いの立場を尊重することが良い作品を創造する大前提となる。最悪のケースはアーティスト側が、エンジニアの人に下請け業者的な感覚で接することだ。エンジニアの技術は、アーティストが持つ“感覚”と異なる創造のアプローチであるといえるのだが」

今回、シンポジウムのコーディネーターを務めた草原氏は、作品に参加する一般来場者側の立場について、「インタラクティブアートは、組み込まれたシステムによって来場者の行動がハンドリングされる。アートに参加した人は“あれはなんだったんだろう”と考え、その作品によって考え方を触発されるというメリットがある」とする。その上で“Boundary Functions”を、「インタラクティブアートの特性を良く表わしている作品」と評価する。

同展は7月20日まで開催。まずはインタラクティブアートを、実際に体験してみては。

カテゴリートップへ

注目ニュース

ASCII倶楽部

最新記事

プレミアムPC試用レポート

ピックアップ

ASCII.jp RSS2.0 配信中

ASCII.jpメール デジタルMac/iPodマガジン