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立ち上るアジアのLinux インド編 その2

2000年11月18日 05時49分更新

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前回に引き続いて、ばんび氏によるインドLinux事情レポート第2回目をお送りいたします。

インドのLinuxerとの出会い

( ばんび)

私は、Indeia LUGのMLに参加しています。インドのLinuxerに、「『BANG!inux』に行くので会場で会いましょう」と連絡を入れておきました。ちなみに、インドではLUGはいくつか存在しています。

http://www.linux-india.org/

実際に「会いましょう」と約束したものの、メールだけなのでお互い顔が分かりません。インドのあるLinuxerは「僕は、こういう髪型をしていて、洋服はこうでうんぬん」というメールをくれました。私も一応「目印に黒のリュックに赤いハンカチをつけておくから」というメールを送っておきました。

BANG!inux会場写真
「BANG!inux」カンファレンスのようす

いざ会場に行ってみると、私は30秒と経たずに探すのを諦めました。私から探すのは到底無理だったからです。いくら風貌を言われても、全員インドの方なので、私からは同じに見えてしまうのです(苦笑)。

そんな無駄(?)なことはやめて、日本人は私たったの1人ということにすぐに気がついたのでした。私は目印がなくても誰でも気がつくという状況でしたから(苦笑)。しかし、結局1日目のカンファレンスでは、会うことはできませんでした。ただ、1日目の夜にはSCO主催のパーティーがあり、「Linuxerの集まりだからきっとそこで会えるに違いない」と確信し、パーティー会場へ出かけて行きました。

ダウンタウンからだいぶ離れたところに、お城が建っていてそこを借り切ってのパーティーです(すごく素敵でびっくり)。会場は、ガーデンパーティーでした。ライトアップされているお城をバックに、ビール片手でふらふら会場をさまよっていると、うしろから追いかけてくる人がいます。

[インドのLinuxer “Archan”] 「ばんび? メールで会おうって約束していたArchanだよ!」
[私] (おおおー感動! やっと会えたじゃないか)「探してくれてありがとう。こんなに人がたくさんいるのによくわかったね~」
[インドのLinuxer “Archan”] 「そりゃそうだよ! 日本人の女性はほかに誰もいないじゃん。準備日も今日のカンファレンスの時も、皆が日本人がたった一人いたけどあっちで見た、こっちで見たと教えてくれたので探しにいって、でもすでに移動したあとで会えなかったんだよ。君は目印なんていらなかったね。だって誰かに、「日本人の女性見なかった?」と聞けば皆“!”と言うから(笑)。この中では目立つからね」
[私] 「あ゛~ごめん」

確かに、私は両会場を行ったり来たりして各会場でもちょろちょろしていたもので^^; でも、両会場の参加者を数えても2000人はいたと思うのですが、日本人は私1人だけで、あとは皆インドの人ばかりなので目立つといえば目立つ……。

ということで、Archanに連れられて仲間のところに行きました。その途中、周りの人が「あーやっと見つかってよかったじゃん!」「ばんび、ML見たよ。本当にインドに来たんだね!」、「皆が探してたんだよ!」との声援? が飛び交い、なんだか恥ずかしかったです。

そして数人の仲間と合流し、インドのLinux事情についてと日本のLinux事情について話をして、さんざん盛り上がりました。

以前も書きましたが、インドでは15程の言葉があり、代表的なものは、ヒンディー、ベンガル、ウルドゥ、タミル、パンジャーブ等です。公用語はヒンディー語、英語は準公用語となっています。

たいていのインドの人々は、英語の読み書き会話は問題なく使っていますので、Linuxディストリビューションは皆英語版を使っており、ヒンディー語では使っていません―というより存在していません(私はインドの各LUGの人のネットワークを使い実はいろいろ調べましたが、存在していませんでした)。準公用語の英語は共通言語みたいな感じで使っているのでしょう。

「日本では日本語環境で使っている」と言うと、皆びっくりしていました。皆の一声はほぼ同じで、「えー入力の日本語できるの?)」などから始り、実に多くの質問が飛んできました。とにかく漢字、ひらがな、カタカナが使えるというのにかなり驚いていました。そんなに驚かれたこと事態、私はかなり驚きましたが(笑)。

今回インドで会うことができたArchanは25歳で、マドラスにあるLateral Linux Labsという会社でプログラマとして働いています。LinuxerでありLinuxを仕事に活かしている一人です。そのほかにも何人かいますが、ほとんどの人々は仕事でLinuxを使っている人達ばかりです。

インドのLinuxerは、仕事でLinuxを活用しているか、学生でLinuxを使っているというスタイルに分かれており、目的は1つ=「Linuxを仕事に生かす」ということのようです。そして、皆フレンドリーで上下関係もなく、Linuxの呼び方も“リヌックス”、“ライナックス”、“リナックス”どれでも通じますし、皆呼び方もばらばらで気にしていない。ようするに“Linux”なんだからそれでよいのです。

私自身実はいくつかの海外のLUGに参加しており、実際にミーティングに参加する機会もありますが、国によりLUGの体質はさまざまです。どこにいっても、俗にいう“オタッキー”じみた人もたくさんいます。どこの国でも一目で分かるところが面白いですね^^;

MLへの参加の仕方も、「こうじゃなきゃいけない!」などという“しきたり”のようなものもなく、実に自由に楽しく参加できる海外のMLが、私は好きです。MLは、同じLinuxという共通点を持った人々の情報交換ができる憩いの場なのです。

さて、話をパーティーに戻しましょう。
私はこの夜Archanをはじめ多くのLinuxerと、ディスコタイムは皆で踊りまくりインド風ダンスを教えてもらい、ディナーを食べながらインド料理やその文化について教えてもらい、さらにLinuxについての話でおおいに盛り上がりました。気がついたらあっという間に4時間が過ぎていて、シンデレラではないのですが24時に会場をあとにしました。

窪田敏之/くぼた としゆき

プロフィール
'84年東北大学歯学部卒。その後、東京医科歯科大学博士号取得。 大学院在学中、五橋研究所を設立する。'93年CD-ROM shop Laser5を 設立。国内初のLinuxパッケージを発売する。'95年、国内初のLinux専門 誌「LinuxJapan」を創刊。'96年Red Hat Linux(US)の日本でのメインプロモ ータとして「日本語Redhat Linux」を開発し、販売。 '99年8月レーザーファイブ株式会社を設立と同時に代表取締役CEOに就任。 Red Hat Linux(US)をベースにした「LASER5 Linux」ブランドをリリース。 機能、性能、信頼性に優れたオープンソースソリューションビジネスを 提供している。

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