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Linuxビジネスバブル

1999年11月10日 00時00分更新

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 Linuxを取り巻く現状で筆者がとても心配な事がある。それはLinuxビジネスバブル、つまり「名声に実態が伴わず、いつしか破綻してしまう」という事だ。Linuxビジネスバブルの兆候について挙げてみよう。

1. イベント、コンベンションが多すぎる

 イベント、コンベンションが多いのは、お祭りなのでそれそのものは楽しい事だ。

 けれどもこれを支えるにはお金が必要だ。小さなブース1つ維持するのだって概ね100万円以上の費用はかかる。まして4コマ、8コマといった大きなブースには500万円から1000万円の桁のお金が必要になる。今年に入ってから数えるだけでも3月の「LinuxWorld Conference Japan'99」から始まって、6月の翔泳社「Linux Business Solution」,7月の日経「Linux Exhibition '99」、9月の「LinuxWest'99」、日経「World PC Expo 99」、IDGの「LinuxWorld Expo/Tokyo'99」、11月の「オープンソースまつり'99 in 秋葉原」、ソフトバンクの「COMDEX/Japan '99」、12月のJLA(日本Linux協会)の「Linux Conference '99」、と実に大き目のコンベンションだけで年に9回もあるのだ。このほか米国でも3月と8月にはSan Joseで「LinuxWorld Conference&Expo」、5月にはRaleighで「Linux Expo」、11月にはLas Vegas「COMDEX Fall'99」、来年2月にはNew Yorkで「LinuxWorld Conference&Expo 2000」……と誠に数が多い。

 このうちのすべてに4コマのブースを出展したとすると、12回×1000万円で広告宣伝費は1億2000万円。世界で1番売り上げの多いSuSEでも年商15億円。売上高経常利益率を多めにみて8%としても1億2000万円。つまり経常利益に匹敵する費用になる。このほかに雑誌広告やWeb広告にも同様の費用がかかる。これは世界中のほとんどの商業ディストリビュータの体力の限界を超えており、ビジネスが成り立たない。「儲かるのはイベント業者ばかりなり」、というわけだ。そもそもインターネットで成立したLinuxをコンベンションを中心にプロモーションする、という事に意義があるのだろうか、という疑問がある。San Joseでも東京でも、商業ブースには不思議な倦怠感が漂いはじめているような気がするのは筆者だけだろうか?

 今後望まれるイベントとしては、やはりカンファレンス主体のものや、フリーコミュニティに重点を置いたものがいいのではないかと思う。カンファレンスでは実務的なテーマに沿って、事例を中心につっこんだ議論ができるようなものがいいだろうし、またフリーコミュニティに関しては、日頃ネット上でしか会わない仲間達と直接会って意見を交換したり、OFF会では一献交わしたりすると、また楽しさも違うと思う。展示会は年に1、2回で十分だ。

2. 雑誌や書籍の数が多すぎる

 これも雑誌や書籍が多いこと、それそのものはLinuxの情報が得やすくなったという事でたいへん喜ばしいことだ。2、3年前は本屋の片隅にひっそりと置いてあったLinux関連本も現在はLinux関連書籍専用棚を設置するまでになっている。これだけ出版点数が増えると、内容の薄い本も見うけられるようになる。「Linux関連の本を出せば赤字にはならない」という安易な企画はそろそろ通用しなくなってきていると思う。

 今年の8月から五橋研究所の「Linux Japan」が月刊誌へ移行、9月には日経BPの「日経Linux」、ASCIIの「Linux magazine」が相次いで月刊誌へ移行、またIDGコミュニケーションズの「Linux World」も創刊されている。また、その他のUNIX関連誌も一斉にLinux誌化の傾向を強めている。確かに読者層の急増がこれを支えているのだろうが、多くの広告クライアントが、まだLinux上での妥当なビジネスモデルを見出していないため、Linux関連の広告費は盛り上がらない。Linux各誌の中でも広告に依存している部分が多い雑誌では、経営上厳しいところも出てくる。

3. ビジネスプランが定まらない

 Red HatへのIntel、Netscape両社の出資によって、Linuxビジネスというものが現実性を持って見つめられるようになった。またRed Hatは米国NASDAQに1番乗りを果たし、Linuxの夢と期待を一身に集めて、株価は天に届くかと思われるほどに上昇した。しかし時価総額で約500億円に達するRed Hatは米国の金利を考えると年間40億円もの利益(売り上げではない)を期待されているという事だ。サービス、サポート中心だとはいってもまだまだパッケージ販売がLinuxディストリビュータの売り上げの中心になる。

 期待の星「Red Hat 6.0」は5月に発売され素晴らしい反響だったが、第2、4半期の売り上げは5億円。その間のコストは8億円。収支は3億円の赤字だ。第2、4半期で今回IPOで調達したお金の5%を使ってしまったわけだ。40億円の利益を売上高経常利益8%から逆算すると、必要な売り上げは500億円ということになる。つまり2、3年以内に売り上げを最低でも50倍は上げる必要がある。

 7月には早くも刺客が出現した。MandrakeとMacmillanが仕掛けた「Complete Linux」は全米で7月のベストセラーになり、同期間のRed Hatの2倍も売れている。さらに9月にはCalderaも最新鋭の「Cardela Open Linux 2.3」を投入してきた。8月にSan Joseの本屋をうろついた人は、売り場で1番幅をきかせていたのはMandrakeとCardelaで、RedHatは隅のほうに追いやられていたのを見ただろう。やっとGUIのインストーラを搭載したRed Hat 6.1の発売がアナウンスされたが、次の日にはMandrake 6.1がアナウンスされた。Red Hatはこの綱渡り、つまり押し寄せるライバル達と戦いながら、パッケージ販売からサービス、サポートへ投資家たちが失望する前に転換し、さらに売り上げを50倍に伸ばすことを演じなければならない。しかも、多くのライバルたちは資金的には潤沢ではないが、配当義務という重い足かせを負っていないグループも多い。冒険活劇を演じて見せるのはまさにベンチャーの面目躍如といったところだが、勇気と無謀は紙一重だ。

 実際、世界のディストリビュータのうち、利益が出ている会社は2、3社しかないのではないかと思う。

 最近のNTT法改正により、「ドライカッパー」つまり各家庭への引きこみ電話線と、NTTの交換局との間の銅線「カッパー」をレンタルすることが原則的には可能になった。これを利用して、xDSLによる高速インタネットサービスを安価に提供しよう、というビジネスが始まっている。米国では早くも普及が始まっている。これはT1回線に近い1.5Mbpsにものぼる速度を、月100ドル前後で提供しようというもので、これが出てくるとLinuxをftp経由でまっさらのマシンにインストールするまで40分ぐらい……ほとんどのユーザーにとってはアキバに行くより速いのだ。まぁxDSLもいろいろ問題があり、一筋縄ではいかないようだが、それでも「パッケージによるディストリビューション」ビジネスの首を締めることは確実だ。

 LASER5、Turbo、Vine、Red Hat、KondaraMNU、Debian、Cardera、Mandrake、Corel、Storm、GreenFrog、LinuxPPC、Slack、Plamo、Conectiva、YelloDog、SuSE、LinuxOne、Definite、Alzza……ディストリビューションも百花繚乱といったところだが、嵐の予感もある。みんな頑張ってもらいたいものだ。

 Linuxは非常に急速な進化を遂げており、これはコンピュータの世界でも、過去に類を見ないほどの技術革新のスピードだと思う。速すぎて人の心がついてこれないのではないか? 「Linux総論はOK、でも実際には仲間の会社のどこががうまくやったのを見てから」という横並び意識は、日本だけではなく意外にも米国でも多い。「サーバならLinux」というイメージがIT企業に根付くには、もう少々時間がかかりそうだ。Linuxでビジネスを志す人達は、足を地につけて落ちついていったほうがいいのではないかと感じる。

(窪田敏之)

窪田敏之/くぼた としゆき

プロフィール
'84年東北大学歯学部卒。その後、東京医科歯科大学博士号取得。大学院在学中、五橋研究所を設立する。'93年CD-ROM Shop Laser5を設立。国内初のLinuxパッケージを発売する。'95年、Laser5出版局から、国内初のLinux専門誌「LinuxJapan」を創刊。現在レーザーファイブ(株)取締役社長。

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