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デザインツールで変わる大学教育 第2回

伝え方を発明する授業──多摩美大永原教授に聞く

2009年03月17日 16時00分更新

文● チバヒデトシ

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美大は兵隊ばかりを作っている


 永原教授は学生に対してはどのように接しているのだろうか。デザイン事務所に入ってきた新米デザイナーを研修するような、そんな気持ちで教鞭を振るっているのだろうか?


 「そういう部分もありますが、大学でものを創ることには違う意味があると思います。もちろん技術という面では仕事でも使えるものを教えますが、。私のゼミのテーマは『伝え方を発明する』なんです。いまは何なのか分からないもの、未知の分野・領域の開拓が大学教育には必要だと考えています」


 永原教授は「日本の美大、特にデザイン領域はダメ」と話す。大学は社会をリードするものであり、実社会にぶら下がるものであってはいけないという持論からだ。美大は「兵隊を作るばかり」と嘆く。


 「学生にはせめて、数年後の不況が終わったときのことを考えてほしいし、僕らは100年先、200年先を考えなければならない」


 同学科の情報芸術コースでは、原田大三郎氏や三上晴子氏といったメディアアート、コンテポラリーアートのアーティストが教員を務めている。情報デザインコースにも、永原教授のほか、AXIS誌のアートディレクターである宮崎光弘氏が教授として教鞭をふるっている。デザイン業界の現役バリバリのクリエイターが教員を務める事で、美大がデザインシーンを牽引する存在へと変わっていく可能性は高い。

訂正とお詫び:公開時、「芸術デザインコース」とありましたが、正しくは「情報芸術コース」です。該当箇所を修正しました。(2009年3月18日)



多様性に富んだ、学生たちの作品


 永原教授のゼミでは、実にさまざまな作品が制作されている。特に4年生の卒業制作になるとかなり面白いものが出てくるようだ。永原教授の印象に残っている作品をいくつかご紹介いただいた。

プレゼンテーションと対話の中で、学生の意図を汲み取り、作品に落とし込んでいく作業がゼミで繰り広げられる

 今年の卒業制作の「テンキパン」は、ネットワークから天気の情報を取得し、パンにトースターで焼く作品だ。膨大な時間と学生にとっては安くはない制作費をかけて、ジョークを実現しようとしている。その努力にシニカルなメッセージを感じるという。永原教授は、その根底に便利になった世の中、役に立つ技術が遍在していく社会に対する、不愉快な思いがあるのではないかと分析する。そこにデザインのメタメッセージとして、意見があり、発言がある。

 「点字」をテーマにした学生もいた。3年前、はじめて多摩美で持った卒業生である。その学生は「駅には点字ブロックがある、でも気付かれていない。文字なのに、気付かれていないのは、なぜなんだろう」と素朴な疑問を永原教授に投げかけたという。


「最初は意味が分からなかったんですが、聞いていくうちに『伝えたいってこと』を伝えたいんだなと思った。例えば、女子高生のメールは交わしている内容に意味はなくて、『伝えたい』とか『つながりたい』とかそういう欲求だけがある」


 結局その学生は「点字に穴を開けて、その穴を読み取って音が出るオルゴール」を制作したという。「ありがとう」とか「ごめんなさい」とか、照れくさくて言えない言葉を点字に書いて、オルゴールのサウンドとして渡す。「何かのメッセージであることは分かるんだけど、それが自分たちには分からない。それが面白くて印象に残っている」と永原教授は話す。

 「変換」というテーマで行なった3年ゼミでは、「百人一首の音を音階に変換して、100枚のCDにした作品」があった。CDラベルのデザインも、読み手の名前を色に変換してあり、100枚いっせいに風車のように壁で回る。「自分の写真を撮って、色の情報をRGBの数値に変換する作品」では、その値に基づいて野菜ジュースのレシピ表がプリントアウトされる。飲むと罰ゲームのようにまずい──など、独創的な作品があったという。

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