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松村太郎の「デジタルとアナログの間」 第6回

松村太郎の「デジタルとアナログの間」

ソフト開発を「できない」から始めない──木下誠氏

2008年12月21日 12時00分更新

文● 松村太郎

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iPhoneアプリの「らしさ」

 HMDTのオリジナルのiPhoneアプリケーション第1号はOrbClockだが、同社はすでに多数の人気アプリケーションをリリースしている。そのひとつに、2008年7月11日という日本におけるiPhone 3Gの発売と同時にApp Storeで配信を始めた「駅探エクスプレス」がある(iTunes Storeへのリンク)。

駅探エクスプレスの検索画面。トレーを引き出すと詳細検索ができる

駅探エクスプレス

検索結果の画面でiPhoneを横方向に持つと、経由する駅をグラフィカルに表示してくれる


木下氏 機能を確定するところからアプリケーション作りは始まります。高機能が求められる一方で、そのうち何をユーザーに見てもらいたいかを決める必要があります。1画面にたくさん詰め込むと、高機能に見えますが一度も触らないボタンがあったりして使いにくくなります。そして何より見た目が美しくない。そこで、いちばん大切な機能だけを前に置き、それ以外はバックグラウンドに隠すようにしています。


 このような思想によって、基本アイテムが3つだけというシンプルで実用的なデザインに辿り着いたという。経由駅を設定したい場合は、アプリケーションの検索ボタンの下に「ノブ」があり、これを下に引き出すと、経由駅を設定するトレーが出てきて、高度な検索が可能になる。「高度な機能には、インターフェースによるガイドと誘導が必要」と木下氏は語る。


木下氏 iPhoneでアプリケーションを展開するには、iPhoneらしいインターフェース、iPhoneらしさが絶対必要です。開発の打診を受けてプレゼンテーションをした際に、この点を強調したところ賛同を得て、素晴らしいインターフェースのアプリケーションを実現できました。


デザイナーには、まずは「何でもできる」と言う

 木下氏は学生時代から趣味でプログラミングにのめり込み、ソニー就職後もMacプログラミングの趣味は続行していたそうだ。そして会社を辞めてフリーランスへと転向し、Macによるプログラミングを仕事にする夢が叶った。HMDTを設立したのは2007年4月。木下氏が運営していたMac向け開発情報のウェブサイトと書籍「Happy Macintosh Developing Time」(BNN新社刊)の頭文字が由来だ(Amazon.co.jp)。

同社の仕事のひとつ、バルミューダデザインの企画を実現した、iPhoneをMacのテンキーに変えてしまうアプリケーション「NumberKey」は、iPhoneとMacを無線LANで接続する(iTunes Store)。iPhoneはBluetooth対応だが、ほかのコンピューターなどと接続するプロファイルに対応していないためだ。Mac側に専用の常駐アプリケーションが必要だが、そもそもMacのアプリケーション開発はHMDTのお家芸。これまでのノウハウを生かしてアプリケーションを作り上げた。

NumberKey

NumberKey


木下氏 iPhoneアプリケーションの開発はMacによる開発と非常に高い親和性があり、難なく始めることができました。特にMacでの経験はグラフィックプログラミングの実装力としてOrbClockに表れています。このアプリケーションは、起動したタイミングによって、少しずつ穴の形状が異なったものになります。また、穴がくっついたり離れたりする際に、穴の形状をその都度計算をしており、滑らかな動きになるようチューニングしています。


 このグラフィックプログラミングによって、アナログのような滑らかな動きを確保しつつ、金属板の上を穴が移動し有機的に形状が変更するという、アナログが縛られている物理的な条件を完全に超越した時計が作り出されている。


木下氏 アナログではそういうわけにはいきませんが、ソフト開発においてはデザイナーは技術制約を考える必要はないと考えています。技術で解決することができるのがデジタルの強みです。そのため、開発の全権利を握っているとも言えるプログラマーが「できない」とデザイナーに告げてしまうと、その時点でインターフェースデザインの発想は止まってしまいます。物理的な制約がないのだから、まずは「何でもできる」と言うこと。自由にやることが大切なんです。


 木下氏はデザインオリエンテッドなアプリケーション開発について、「テクニカルなトライアウト」と表現する。そこで時の流れを穴で表現してみたいという発想も生まれるし、それを実現するよう技術の鍛錬も進む。グラフィックプログラミングの手法によって、iPhone上で「アナログを超越するアナログらしさ」が生み出されているのだ。

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