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松村太郎の「デジタルとアナログの間」 第3回

松村太郎の「デジタルとアナログの間」

アナログシンセは同志──「モーグIII-C」と松武氏

2008年11月25日 18時00分更新

文● 松村太郎

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アナログシンセで音を出す

 電気信号を音に変える。複雑そうな作業に思えるが、ブラックボックス化されている現在のシンセサイザーより明解な点もある。


松武氏 アナログシンセは、ツマミを回すとすぐに音を変化させられる。波長や周波数といった電気の基本を勉強すれば、自在に操れるようになる。例えば、継続時間が短いとスタッカートだし、音が減衰していけばピアノっぽくなる。一定の音を続ければオルガンのように使える。操作と音を体感しながら楽器の音を再現し、シンセにしか出せない音を作っていく作業だった。


 モーグIII-Cは、波形を作り音質やキャラクターを決めるオシレーターのパート、音にフィルターをかけて音色を作るパート、音量変化を制御するアンプのパートに分けて音作りをする仕組みだ。各パートの間をパッチと呼ばれるケーブルでつないで回路を作ることで、それぞれの制御を経て音が出力される。


松武氏 プリセットのないシンセサイザーでの音作りは、完全に経験知の世界と言ってもいいかもしれない。手探りで音を探しながら、ここが気持ちいいだとか、かっこいい音が出た、という経験を耳で覚えてレコーディングや演奏でそれを使っていく。いまよりも途方もなく時間がかかるものだったし、電気と音に身体で向き合っていかなければならない楽器だった。


 松武氏はシンセサイザーのマニュピレーターとしてYMOのライブに参加したり、松田聖子などのスタジオレコーディングの打ち込み音源を担当したりと幅広い活躍をしてきた。ときにはミュージシャンからの抽象的な要求に応えることもあったそうだが、アナログシンセサイザーで音を作る、という職人技があったからこそ対応できたのではないだろうか。


松武氏 すでに誰かがサンプリングした音を使うデジタルシンセ、その都度自分でサンプリングした音を使うアナログシンセという大きな差。デジタルは楽だけれど、マウスで操作パネルを開いて階層を開いて──という操作は音作りのインタラクションに欠けていると思う。


TANSU MATRIX

松武氏のテクノ生活30周年である本年にリリースされたアルバム「TANSU MATRIX」。価格は2625円

 松武氏の音楽ユニット「LOGIC SYSTEM」が7月25日にリリースした新作アルバム「TANSU MATRIXAmazon.co.jp)は、この「タンス」にしか出せない音をもう一度世の中の人に楽しんでもらおうというコンセプトで、すべての曲をアナログシンセサイザーによって作り出して制作したそうだ。


松武氏 「LOGIC SYSTEM」を最初にやったときはアナログシンセしかなかった。今回のアルバムではその原点に戻りたいという思いがあった。「アナログの音をもう一度聴いてくれない?」という感覚。デジタルシンセも使ってきたが、やっぱりどこか感動が来なかった。リズムだけを作るにも2日間かかるような、非常に覚悟のいる作業だったけれど、感動するし、すべての音を作ったという非常に満足度の高い作品になった。


 現在のデジタルシンセサイザーは1000も2000も音色が用意されているが、松武氏は「そんなにあっても選べない」と言う。自分の記憶にない音は面白いけれど使えないのだそうだ。

ライブの様子

8月3日にApple Store Ginzaで開かれたライブの様子

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