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世界企業パナソニック 90年目の決断 第5回

日本企業は世界でどう戦うべきか?

パナソニックの社名変更を支える「衆知を集めた全員経営」とは

2008年10月29日 04時00分更新

文● 大河原克行

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創業者の経営理念以外、聖域はない

 パナソニックの歴代経営者は、困難に遭遇すると、必ず創業者の経営理念に戻ることを繰り返してきた。

 中村邦夫会長は、「創業者が逝去して長い年月が経つが、当社には、その存在がまだクリアに残っている。決断を迫られるたびに、創業者であればどうするかを常に考えてきた。私は、創業者の言葉のなかでは、“日に新た”が好きである。これによって、勇気を持って改革ができたと思っている」とする。

 中村会長は、社長在任期間に、「中村改革」と称される一大構造改革に取り組んだ。

 創業者である松下幸之助氏が敷いた事業部制の解体、海外事業部門の再編、重複する事業体制の見直し、福祉年金制度の改革、松下電器と松下電工の統合など、まさに「大鉈を振るう」改革の連続だった。

 そのなかでも、「最も大きな試練は、聖域と言われた家電流通改革に最初に取り組んだこと」と、中村会長は振り返る。

 「最初に流通改革に手をつけた時に、あちらこちらから破壊なんてけしからん、という声が聞こえてきた。やっていることには自信があったが、この時ばかりは本当に苦しかった。その時に、こう考えた。創業者ならばどんな決断をするのか。それが改革の自信、推進の原動力につながった」

 家電流通改革とは、営業体制の抜本的な改善とともに、地域販売店であるナショナルショップの自主自立運営を促し、量販店との関係も同時に見直すといった改革に加え、マーケティング本部を新設し、事業部と営業、マーケティングが対等に議論できる体制を確立したことなどを指す。

 従来はタブー視されていた領域に踏み込んだものともいえた。

 中村社長は「創業者の経営理念以外、聖域はない」と語り、これら一連の改革を進めてきた。

 「決断を迫られる度に創業者であればどう決断するかを考えてきた。創業者が残してくれた言葉を、ひとつひとつ大事にして、改革に取り組んでいくことが必要である。そして、全社員が一致してよりどころにしているものだと確信している」と語る。

 そして、大坪社長も異口同音に、「周囲の環境が変化していくなかで、見失ってはならないのが創業者の理念だと思っている」と語る。

 「日に新た」は、意訳すればイノベーションとなるだろう。中村社長時代を象徴する創業者の言葉は、まさに「日に新た」ということになる。

 中村社長時代を「日に新た」とするのであれば、社名変更という大きな転換を迎えた大坪社長時代を象徴するのは、とりもなおさず、「衆知を集めた全員経営」ということになる。

 実は、大坪文雄社長は、2006年2月の社長就任会見の際に、すでに、この言葉に触れている。

2006年2月の大坪氏への社長交代会見で握手する中村邦夫会長(左)と、大坪文雄社長

 記者の質問に答える形で大坪社長は、「中村邦夫社長(=当時、現会長)の経営スタイルである、公平、公明の手法、そして、常に戦う姿勢や、シナリオ性のあるマネジメントを継続させたい。一方で、中村社長の経営手法のなかで、私が真似できないのは、大局観に基づく判断だろう。中村社長にできて、私にはできないことが多いが、それを衆知を集めることで克服したい」とした。

 大坪社長は、自らの経営の役割を、「衆知を集めた経営」に置くとともに、社名変更、ブランド統一という大きな変化に対しても、これを経営の根幹に据えて取り組んでいる。

 「創業者の経営理念は日常的に意識している。環境変化が大きければ大きいほど、見失ってはいけないのが経営理念であり、それに対する考え方を教えてくれるのが創業者の理念だ」とする大坪社長は、この言葉をよりどころに、社名変更という大きな改革に踏み出したのだ。

 1972年に、松下幸之助氏は、「衆知を集めた全員経営」について語っている。

 大坪社長は、ここにパナソニックが社名変更、ブランド統一によって、目指す方向性が示されているとする。

 今回、特別に、この内容の全文を掲載しよう。

 逆説的ではあるが、パナソニックが社名変更に乗り出した理由が浮き彫りにされるようでもある。

衆知を集めた全員経営

松下幸之助歴史館にある幸之助氏の銅像

松下幸之助歴史館にある幸之助氏の銅像

 いわゆる衆知によらざるところの経営をしておるところの会社、集団というものは、概して成績があがらない。

 成績が上がらないだけではなくして、むしろ衰退していくということを、この目で確かめてまいりました。

 何故、その会社はうまくいかんのだろうか、原因はいろいろありましょう。

 けれども、結局は、立派な人々が何とかして会社をうまくやろうという熱意はあってもですね、みんながバラバラである、衆知というものが集まっていない、衆知によるところの経営というものが行われていない、という傾向があるように思うのであります。

 それは、大なる会社を問わず、小なる会社を問わずですね、一様にそういうことがいえると思うんであります。

 うまくいっている会社と申しますか、多少とも発展している会社、また時代の変遷につれてその変遷に対応して発展していってる会社は、概して衆知による経営というものが行われているように思うのであります。

 いいかえると、みんなが経営に興味をもって、そしてお互いに知恵を出しあって、そしてそれをうまく収集して、経営の芯としているというような会社は、概して発展している、それを特にうまくやっている会社は急速に発展している、こういうふうに思うのであります。

 衆知による経営、誠に結構である。

 言いかえると、全員経営である。全員経営ということは、随分昔から私どもは頭で考え、また、身をもって、そういうことを行なってきたつもりでございますけれども、もちろん充分ではございません。

 そういうように考えてきたのでありますが、実際において、それが最も良好な形において現れているかというと、必ずしもそうではないと思うのであります。

 そして経営体が大きくなれば大きくなるほど、それがだんだと低下していくんです。衆知を集めて経営していくというそのことが効率的にあらずして、だんだんと低劣化していくというきらいがございます。これはどういうものでありましょうか。

 それがいかに難しいかということを力強く物語っているという感じがするんであります。

 三人なり、五人なり、あるいは少人数であれば衆知も集めやすい。

 しかしそれが何千、何万となりますと、衆知を集めなければいかんということをお互いに理解し、努めてそうしているけれども、それがだんだんとむずかしくなってくるということが世の姿ではないかと思うのです。

 何と申しましても“人の和”ということがいわれますが、“人の和”が大事だと思うのであります。

 私は、今まで“人の和”というものにつきまして、ある程度考えてまいりました。

 しかし、“人の和”というものが大事であると、衆知を集めるということも、和をもって初めて衆知も集まりやすいし、また生きてくるんだという感じがするのであります。

 そういうことを申しながら、自分自身は“人の和”ということに具体的にどのように努力してきたかと、自問自答してみますと、やはり不十分であったということをしみじみ感ずる次第であります。

 それで私は皆さんにこういうことを申しあげてお願いする以上、自分自身も“人の和”にもっとかみ砕いて努力をしなくてはならない、今年は大いに反省して臨まなければならないと、かように存じる次第でございます。

 なお、「衆知を集めた経営」のビデオは、大阪・門真の「松下幸之助歴史館」で、常時見ることができる。

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