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企業・業界レポート 第1回

誰も語らない ニッポンのITシステムと業界

インターネットが止まる日

2008年10月20日 05時00分更新

文● 清水真砂(構成)  聞き手●政井寛、企画報道編集部  協力●アスキー総合研究所 遠藤 諭

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インターネットは今この時も止まっている

政井氏(左)と武藤氏(右)

「トラフィックジャムの影響はどこにあるんでしょうか?」(政井) 「特にeMuleの影響が大きいですね」(武藤)

政井:気になっているのが企業システムとインターネットの関係です。日本のITはウィークポイントをいっぱい持っているわけですが、それを掘り下げていくと、まずそこに突き当たる。

武藤:もともとインターネット自身は、当初は限られた人が使えるもので、関わる人間が「信頼できる人」という前提で動いていたものです。ところがここまで世の中に浸透してしまうと「信頼できない人」も関わってくる。すると、「脆弱」であることが当たり前のことになってしまいますね。

 それだけではなくて、多くの人間が同時に利用しているわけですから、たとえば動画データのようにデータ量の大きな送受信などで、情報のトラフィック・ジャム(交通渋滞)が頻繁に起こるというような問題が出てきます。

ASCII.jp:日本の企業は、ビジネスを本質的に変えるようなITはできていないのに、通信インフラとしてのインターネットには依存しきっている。それが、しょっちゅう止まっている?

武藤:実は1日に何回も起きています。Webブラウザーのアクセスが遅い時がありますよね。なぜだか、なかなか画面が出てこない。こういった現象がまさにそれです。一時間以上止まればニュースになりますが、ちょっとしたことはしょっちゅう起きていて話題にすらなっていない。しかも、ネットの至る所で起きている。

政井:トラフィック・ジャムの原因はどこにあるんでしょうか?

武藤:P2Pアプリケーション、特にeMuleの影響が大きいですね。公開されたばかりの映画がダウンロードできてしまうということが実際に起こっています。音楽のプロモーションビデオ、日本でいえばコミック丸ごと一冊ダウンロードなどといったことも。映画などでは1本1GBくらいあります。それを大勢が毎日ダウンロードしているわけです。しかも、インターネットの全パケットの80%を、全体のわずか1%のユーザーが利用しているのです。

インターネットのトラフィック状況

武藤先生の論文「Can We Survive an Internet Blackout?」で示されたインターネットのトラフィック

一日中、日本のネットが止まることもあり得る

ASCII.jp:パレートの法則(※)にすらなっていないですね。日本のマンガを英語に翻訳して違法にネットに流している人は、実は十数人しかいないという話もあります。少数の人がやっていることが、全体にもの凄い影響を与えているというような話ですね。

武藤:プロバイダはそこらへんのデータは持っているはずですが、パケットを自主規制してブロックしてしまうと、顧客が他社に移ってしまうのではないかという懸念を彼らは抱いているわけです。そういう情報は2ちゃんねるなどで簡単に広まってしまう。

ASCII.jp:こうしたトラフィック・ジャムの危険性は日本だけではなく、世界的な問題になっているということでしょうか?

政井:インターネットの構造からして、ある経路が塞がれれば、自動的に別の経路を選んでしまう。世界的に拡大していく可能性がありそうです。

武藤:YouTubeをユーザーは簡単に使っていますが、3分の動画でも20~30Mを占有してしまう。回線が100Mでも、3~4人でいっぱいになってしまいます。一時的にそこが塞がって、別の経路を選んでも、そこにもYouTubeユーザーがいれば、連鎖的にトラフィック・ジャムが拡大してしまいます。で、実際に頻繁に止まってしまっています。一カ所が止まってしまえば、末端の毛細血管まで止まってしまうというようなことが起こりやすい構造なのです。

政井:とはいえ、物理的な回線の太さが結局問題になってくるわけですから、日本は比較的安心と言えるのではないですか。

武藤:そうも言えない事情があります。インターネットの根っこになっているドメインネームサーバ(※)は世界に13台しかありません。そこへのアクセスが遮断されればどこにもつなげられなくなります。メールすら使えなくなってしまう。

ASCII.jp:ドメインネームサーバ自身が動画のデータを受け取っているわけではないですよね。ドメイン名とIPアドレスを対応させているだけです。

武藤:ですが、動画のおかげでトラフィック・ジャムが発生すれば、リクエストすらドメインネームサーバに送られないという事態が発生するのです。

政井:ではやはり大元の回線を増強するしか手がないのでは?

武藤:それはそうなんですが、経験則として、回線は増強された分、新たに巨大なデータによってすぐ占有されてしまいます。しかも、実際の回線の増強は、必要な分だけ増強するというやり方なんです。

政井:トラフィック・ジャムを未然に防ぐために増強しているのではなく、トラフィック・ジャムが発生したからその分増強している。突発的な大規模障害を想定して増強しているわけではないということですね。延々追っかけっこをしている。

政井:可能性として一日中日本のネットが止まるようなことは実際あり得るんでしょうか?

武藤:あり得ます。今年起きてもおかしくない。インターネットは世界に繋がっていて、相互作用を及ぼしますから、仮に日本だけがよくても海外で障害が発生した場合の影響も、もちろん受けることになります。

脚注

※:パレートの法則
本文中では「経験則として“物事には偏りが存在”するが、これは極端すぎる」という意味で「パレートの法則ですらない」という使われ方をしている。
※:ドメインネームサーバ(domain name server=DNS)
DNSはツリー構造をとっているが、その大元になっているDNSは、世界に13台しかない。これら13台のDNSが停止した場合、原理的にはどこにもアクセスできないことになってしまう。DNSは協調して動いており、1台が停止しても全体が止まらないようになってはいるが、仮に何かしらの原因ですべてが停止した場合、インターネットそのものが停止することになる。

次ページ「インターネットだけではだめか」に続く

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