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Letter from Silicon Valley 第10回

XGP−−次世代PHSはアジアに定着するか?

2008年11月21日 04時00分更新

文● 秋山慎一

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日本発の次世代PHSは、ラスト1マイルを埋める技術として優れた点がある。しかし世界標準のWiMAXやLTEに伍して生き残れるだろうか?

ネットワークマガジン2008年12月号掲載

ITUが主催するテレコムのオリンピックともいわれる大展示会、 ITU Telecom World。そのアジア版のITU Telecom Asia 2008(以下ITUT-A)を視察する機会がありました(9月2日〜5日開催)。タイのバンコクで開かれたのでシリコンバレーからは長旅でしたが、実は日系の航空会社を使うと、アメリカから日本へ行くのとアジア各国へ行くのとはほとんど料金が変わらなかったりします。

※  ITU
International Tele communication Union、国際電気通信連合。無線周波数の割り当てや、通信系の国際規格の制定などを行なっている国際機関です。ITUが定める国際標準は「勧告」と呼ばれますが、非常に影響力の大きいものです。XGPはITU-R(ITU-Radiocommunications Sector、ITUの無線通信部門)のM.1801勧告という形で国際標準の規格となっています。

さて、そのITUT-Aですが、今回はいろいろな見どころがありました。なかでもおもしろかったのは、日本からウィルコムが出展していたことです。なぜ日本のPHS会社が、アジア向けの展示会に出展するのでしょうか? それは、実質的にウィルコムが中心となって策定した XGP という技術をアジア各国に売り込んで、XGPを実質のともなった世界標準として発展させたい、ということなのです。

※  XGP
次世代PHSのこと。筆者はneXt Generation PHSの略と信じていたのですが、どうやらeXtended Global Platform の略のようです。

かつてPHSは利用料金の低さから普及しましたが、現在は携帯電話にシェアを奪われて苦戦しています。ただ、データ通信には有利な点があり、一定のユーザーを確保しているようです。とはいえPHSも携帯電話も、モバイル通信はまだまだ速度が遅く料金も比較的高いため、ユビキタス・コンピューティングの障壁になっています。この状況は日本もアメリカも、アジアも同じです。今このモバイル通信が次世代の BWA へと進化しようとしています。

※  BWA
Broadband Wireless Access。実効速度が1 Mbps程度以上の通信ができるワイヤレス通信。現在公衆無線LANがありますが、エリアが限られるなど制限があり普及は限定的です。

表 代表的な次世代モバイル通信

表:代表的な次世代モバイル通信)

表 代表的な次世代モバイル通信

2009年に日本で商用サービス開始を予定している二大技術が、XGPと モバイルWiMAX です。XGPもWiMAXも30Mbps程度の通信が可能で(将来はさらに高速化)、現在の家庭のADSL並みの速度と料金でモバイル通信を利用できることになるでしょう。これが実現すれば、外出先でのコンピュータ利用が今よりもっと便利になり、クラウドコンピューティングが加速するなど、ICT環境の大きな変化につながっていくことと思います。

※  モバイルWiMAX
最大数十Kmをカバーする固定ワイヤレス通信規格であるWiMAX(Worldwide Interoperability for Microwave Access)を移動通信向けにアレンジしたものです。「ワイマックス」と読みます。

バンコクのまちかど

バンコクのまちかど:バスは庶民にとってもっともポピュラーな交通手段で、いつも人でいっぱい。そんなバス停でWi-Fi(公衆無線LAN)の広告が目につきました。安価で高速なラスト1マイルが実現すれば、幅広い層を巻き込んでネットの利用が爆発的に普及すると思われます。

バンコクのまちかど

XGPとWiMAXは実はよく似た技術ですが、WiMAXは世界でいくつかの通信事業者が採用を決めている実質的な世界標準技術である、という強みがあります。一方のXGPは マイクロセル 方式が特徴で、初期投資コストが少なく済みスケーラビリティもあり、都市部など過密アクセスに強い、などの優位点を持っています。ただ、ITU勧告として形式的には世界標準となっているのですが、実際の採用キャリアが(筆者の調べた限り)今のところウィルコムのみである、という弱点があります。キャリアが少ないということは、部材コストや国際ローミングなどの面、加えて多くのメーカーから端末が提供されるかどうか、といった点で不利になるわけです。

※  マイクロセル
小規模な基地局を数多く設置する方式。同じ周波数を別のセルで再利用しやすいので電波の利用効率が高いのが特徴です。

また、NTTドコモをはじめとする世界の多数の携帯キャリアは LTE という新技術を使った次世代携帯を計画しています。こちらは、XGPやWiMAXに2年程度遅れて商用化される見込みです。XGPを推進するウィルコムとしては、LTEが普及する前にモバイルWiMAXと競争しながら実績を確保しなければ、厳しい立場に追い込まれるでしょう。アジアへの展開も生き残りのための大事な戦略と思われます。中国やタイなど、アジアではある程度PHSが普及しており、XGPはそのインフラを流用して基地局を整備できるので、初期投資コストが安く済みます。比較的人口密度が高い地域が多いこともXGPに有利です。アジアでの採用が、XGPの生き残りに大きな影響を持っているのかもしれません。ウィルコムが展示に力を入れるのも頷けます。

※  LTE
Long Term Evolution。3.9世代携帯(現在は3.5世代まで実用されています)。理論的には下り300Mbps以上を実現。携帯の世界標準として世界の多くのキャリアが採用する見込みです。

いずれにせよ来年には、日本の都市部では「いつでもどこでもブロードバンド」が現実のものになりそうです。アメリカでもモバイルWiMAXの商用化が実現しつつありますが、普及にはまだ時間がかかりそうです。次回はアメリカのBWAの状況をレポートしましょう。

※  本当の速度は?
最大速度というとき、理論的な最大速度や物理的な転送速度など、いろいろな尺度や前提条件があって混乱させられます。いずれにせよ、1端末が実際に送受信できる速度は、10分の1など、はるかに小さく考えておくのがよいでしょう。動画をストレスなく見られる、実効1Mbpsくらいが、ユビキタス・コンピューティングへの臨界点ではないでしょうか。次世代モバイルはいずれもこれをクリアすることになります。

ウィルコムのブース

ウィルコムのブース:ウィルコムのブースというより、XGPのブースという感じです。日立やシャープ、京セラといった基地局などの部材メーカーも協賛しての出展でした。XGPのアジアでの成功は日本の部材メーカーにも好ましいことと思われますが、実は各メーカーは競合のWiMAX向け機器もきっちり押さえています。

ウィルコムのブース

筆者紹介─秋山慎一


Letter from Silicon Valley

日立システムアンドサービス にてシステムエンジニアやプロダクトマネージャ、 マーケティングを経験。現在Hitachi America Ltd. に駐在し、シリコンバレーの技術動向の調査やビジネス開発などに携わる。「SEのためのネットワークの基本」(2005年・翔泳社刊)、ネットワークマガジン連載「トラブルから学ぶネットワーク構築のポイント」(2005.12〜2006.12)などを執筆。


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