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Letter from Silicon Valley 第8回

ARPAnetプロジェクトに加わったシリコンバレーのエンジニアに聞く

2008年09月12日 13時00分更新

文● 秋山慎一

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スー氏は1976年にウイスコンシン大学の大学院で博士号を取得して卒業し、当時ARPAnetプロジェクトで重要な役割を担っていた BBN に入り、ARPAnetの衛星通信に関わる設計を担当しました。コンピュータアーキテクチャとオペレーティングシステムデザインを専攻しており、漠然とこの業界への就職は考えていましたが、「ARPAで仕事をすることになったのは偶然なんだ。当時の教授がBBNに招かれてARPAnetで重要な役割を果たしたんだけれど、その教授が私の履歴書を勝手にBBNに送ってしまってね、それで採用されてしまったんだよ」といいます。微妙な口ぶりですがまんざらでもないようで、スー氏にとって渡りに船だったようにも聞こえました。

※  BBN
それを立ち上げた3人、ボルト、ベラネック、ニューマンの頭文字を取った名前です。ネットワークのコンセプトを発案しARPAnetの開始に重要な役割を果たしたJ.C.R.リックライダ(その筋ではかなり有名)も、BBNからARPAに招へいされています。

スー氏のオフィスにて

スー氏のオフィスにて:シリコンバレーのベンチャー企業などでよく見られる典型的な個室です。

スー氏のオフィスにて

ARPAnetは政府主導のプロジェクトではありますが、実際には多くの研究や設計が民間に委託されました。BBNもその1つです。IMP(インターフェイスメッセージプロセッサ)と呼ばれる、ルータのルーツに相当する機器のインターフェイス仕様を作ったのもBBNでした。これはARPAnetの中核ともいうべき重要な仕事です。最初の4台分のIMPの契約額は100万ドルだったといわれています。

スー氏がこのプロジェクトに関わったのは1976年から1978年にかけてのおよそ2年間です。この時期には、「パケット通信衛星回線がARPAnetに接続される」、「電子メールの仕様が完成して公表される(RFC733)」、「電話回線経由でARPAnetにモデム接続できるAppleIIが発売される」、「TCPがTCPとIPに機能分割される」など、ネットワークが実用に向けて大きく成長した時期です。

スー氏が担当したのは、その衛星回線を経由した通信方式の設計や実装、性能テスト、といった作業でした。

「あの頃はそもそも Ethernet TCP/IP も、まだきちんと確立していなかった。だからパケットの衝突をどう防ぎ、検知するかといったことから考えなきゃならなか ったんだ」

※  TCP/IPとEthernet
TCP/IPの概要が発表されたのと同じ1974年、ゼロックスはEthernetの公開実験を行ないました。

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